第1話

文字数 1,963文字

昔々、ある三つの国がありました。
一つは文学国
二つめは音楽国
そして三つめは絵画国
といいました。

その名の通り、文学国の民は朝も夜も
本を読み耽っています。
音楽国の人達はいつも音楽を聴いています。
絵画国の人々はこよなく絵を愛して
書いたり観たりしています。

国の人同士はとても仲が良く、毎日楽しく好きな
ことをして平和に暮らしていました。
しかし残念なことにその三つの国の間柄は仲が悪く、ときには争いさえ起こっていました。

さて、三か国にはそれぞれ偉い人がいます。

文学国には、文学君(ぶんがくん)という王様。
音楽国には、音楽君(おんがくん)という大統領が、
絵画国にも、絵画君(かいがくん)という総理大臣がいました。

ある日、文学君はいいました。
「わしは誰よりも本を読んできた。
わしの心の山は他の誰よりも誇り高く、
天を昇り突き抜けるようじゃ。
それに比べて音楽国のやつらといったらなんじゃ。
本を一冊も読まん者が溢れているというじゃないか。まったく怪しからん!」

一方、音楽君はこういっています。
「ああ今日も音楽を聴いていると、心があらわれて穏やかで気持ちが良いな。
まるで常夏の海にぽっかり浮かんでいるように清々しいよ。
しかし私が聞くところによると絵画国の人ときたら音楽を聴かずに絵ばっかり書いたり見たりしているっていうじゃない。
本当に困った連中だとおもうね」

そしてある時、絵画君はこう呟きました。
「僕の絵がやっと完成した。
なんて達成感なんだろう。
まるで澄みきった空が心に
広がっていくように爽快だ。
この絵を皆にみせて何か感じとって欲しいな。
でも、文学国の人間などにはこの絵の素晴しさは
きっとわからないことだろう。可哀想に…」

三国の君様たちはこのように満足なようでご不満ですが、各国の庶民の者たちはどうでしょうか。

ある者はこう言っています。
「この本は面白いなあ。あ、この音楽もすき。そうそう今日は絵を観に出かける予定だったね。」
あら、ちょっと君様たちとは違って、庶民は自由に文化を楽しんでいるようです。

そんな風に人々が暮らしているとき、大変なことが起こってしまいました。

大きな大きな、

「ド、ドドドドドッシーン!!!!」

という騒音と共に突然地響きがして国全部が揺れ始めたです。

「じ、じじ、じしんだーーーー!!!」

庶民の人達はパニックになり、泣き叫んでいる人もいます。
君様たちも例外ではありません。

「一体何事だ!!??戦争がまた起こったのか?ああ、本棚がこんなに!?この宮殿がこんなに揺れたことなんてこれまでなかったぞ!」

「ひぃー!!あぶない!これでは音楽の音も聴こえない。いやそれどころか立ってさえいられないよ!」

「ああ僕の絵が落ちて壊れてしまった!せっかくの絵が……でもそんなことより早くおさまってくれ!こ、こわいよ、こわいよぉ…」

とてつもないこの揺れは、まだ続いています。おさまったと思ったら、また激しく上に下に、縦に横に、あるいは斜めかもわからないほど、大地は森や家や人を全部ひっくるめて苦しみ暴れ廻っているようです。

とうとうあの巨山もつられて驚いたのか怒ったのか赤い紅いマグマの炎を天に向かって次々と吐き出しました。

大海は荒れ狂い、ついには恐ろしい津波が大地に押し寄せすべてを蛇のように飲み込んでいきます。

虚空(そら)はそれを哀れんでいるのか、それとも一緒になって混乱しているのか、黒い雲をたくさん漂わせて大地に雨を降らし激しい竜のような雷鳴を轟かせはじめました。

「て、天変地異だー!!!!」
と誰かが大声で絶叫しました。

「もうおしまいだ………」
とあるひとはあきらめました。

しかし、ひとの体が心が、もう粉々ににひび割れて壊れて、元にもどれないとおもわれた頃、やっと地震はおさまりました。

「ああ、たすかった…すくわれた…」

生き残った人は幸せでしょうか。いいえ違います。
森の木は巨人が踏み潰したように崩れ果て、家々は木っ端微塵になぎ倒されあるいは流され、人々は……言葉もありません。

この悲しみは……山も海も空も二度と見るのが嫌になるくらいに耐え難いものでしょう。
もちろん三か国の被害も大変な有り様でした。

しかし、地震が破壊したのは大事なものばかりではありませんでした。

三か国の国境にまたがっていた高い高い壁。
争いあっていた兵隊さんたち。
鉄砲や大砲や爆弾や人を殺すための乗り物。

そんなものをも引っくるめて消え去らせていたのでした。


それから何十年か後───


たくましい庶民はまた以前と同じように本を読み、音楽を聴き、絵を書いて観て、平和に暮らしています。

いまではあの君様の一族たちも、前のように他国の人を詰(なじ)ったり嘲(あざ)笑ったりする者もありません。

天災は人々に深い深いかなしみをもたらしましたが、また少しずつ少しずつ人々は希望を取り戻していったのです。
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