第3話 逢えたらまたね

文字数 1,119文字

「あたしのことはうさ吉と呼んでください。」
宇佐美もというさ吉は、お尻を手ではたきながらベンチから立ち上がる。
「連絡先。LINE交換しようよ」
ユキタは慌ててポケットからスマホを出す。うさ吉とはもっと話すべきことがたくさんある気がする。せっかくの縁をこの場だけでは終わらせたくない。しかし彼女はきっぱりと
「悪いけどあたしそういうのやってないから。また、偶然会えるのをお楽しみに。ユキタくん。」
そう笑って言うのだった。
「いや待って、うさ吉って、いつもこの時間にここに来てるの?」
「まあたまにね。あたし夕方って好きだから、外の空気を吸いたくなるんだよね。」
うさ吉はばいばい、と手を振る。暗闇に白いもやを残して、彼女はあっという間に消えてしまった。まるで本物の幽霊みたいに。家はどこだろう。せめて電話番号だけでも。
…いや、そんな詮索をするのは意味がない。こうして偶然だけで繋がってることが面白いんじゃん。ユキタはここへ来た時とはうってかわったゆかいな気持ちだった。
立ち上がって塾へ向かう。テストの結果はともかく、足取りは軽い。

以来、ユキタはこの時間、うさ吉のことが気になって、時々塾の行き帰りにこの公園を覗きに来るようになった。あの日座ったベンチだけじゃなく、遊歩道とか、グラウンドとか、遊具の周りだとか。ヤンキーの姿がある時は、絡まれないように気づかれないように、ただの通りすがりを装いながら彼女を探すのに苦労した。だけどうさ吉にはちっとも会えやしない。あの日の記憶自体幻だったのかもしれないとすら、思うこともあった。

まだ少し肌寒さの残る三月の終わり。夕方6時。ユキタは件のベンチで夜桜を見ながらスーパーで買った3本パックのみたらし団子を咥えていた。広い公園には、ユキタ以外にもぽつりぽつりと花見客がいて、浮かれた雰囲気が漂っている。桜、綺麗だし。こんな日はアイツに会えそうな気がする。そう思って花盛りの桜の木を仰ぎ見たその時。
「いいもん持ってんじゃん、よこしな」
視界に飛び込んでくる明るい緑色の髪の毛、そして見覚えのある切れ長の瞳。久しぶりに会ったうさ吉の頭はまた色が変わっていて、オーバーサイズのピンク色のセーターと合わさってまるで桜餅だ。
「…カツアゲ、やめてもらっていいですか」
ユキタは笑って一本みたらし団子を差し出す。
お前のものはおれのものー、どこかで聞いたことのあるような調子外れの歌を機嫌良く歌ううさ吉の隣でユキタは思う。残りの一本も、おそらくうさ吉の腹の中に収まるんだろうな、と。100円ちょっとで、こいつを誘き寄せられたのなら安いものだけど。
白い桜の花びらが、芝生みたいな緑色の頭に落ちる。まるで公園の景色みたいだ。春はすぐそこ。
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