第14話 過去

文字数 2,615文字

 ――三年前。

 トラヴィス・トラバンはとある国へ調査にやって来ていた。

 その国は数年前の革命で内戦が勃発。街は今も激しい戦火に包まれていた。

 トラヴィスは歴史的事実を調査するため、密かに大図書館(パウデミア)から送り込まれていた。

「酷いな」

 市民による革命という名のクーデターが起きたきっかけは、王家に対する反発からだったとされていた。

 革命軍のリーダーは平民を先導し、王家に反旗を翻した。それらは当初一人の男の仕業と思われたが、事実は少し違う。

 確かに彼はこの騒動を引き起こした最重要人物の一人ではあったが、首謀者は別にいた。

 裏で手を回していた人物こそが、真の黒幕。

 男の名は――アブセル・セボリック。

 国王の実弟に当たる人物。この国の大公である。

 野心家のアブセルは密かに玉座を狙っており、兄である王を糾弾することで自身が王に就こうと企んでいた。

 アブセルの計画は見事に成功、民衆の反乱によって国はまたたく間に財政難に陥った。

 王は民衆を掌握できなかった責任を門閥貴族をはじめとする臣下たちに責め立てられ、愚王として断罪。死刑台へと誘われた。

 しかし民衆にとって、革命軍にとって予想外の事態はその後に起きることになる。

 先王に代わり新たな王として君臨したアブセルは、特権身分者の免税を破棄、さらに平民に課せられる税の軽減を革命軍と密約していたのだが、これらを一方的に破棄した。 

 当然のように怒り狂った革命軍は反撃に出るが、彼らのパトロンだったアブセルはもういない。資金が底をついた革命軍はあっという間に捕縛され、リーダーをはじめとした幹部は民衆をそそのかしたとして次々に処刑された。

 トラヴィスがそれらの事実を突き止めた時には、すでに革命軍のリーダー――ユセル・バイア・スカーレットの父の首ははねられ、晒し首にされた後だった。


『どうして、どうして父ちゃんが悪者にされて死ななきゃいけないんだ!』


 広場で晒された父の首を見つめながら、幼かったユセルは泣き叫んでいた。

『父ちゃんはみんなのために戦ったんだ、父ちゃんは悪者なんかじゃないんだ!』

 やり場のない怒りを嘆くユセルは、涙と鼻水まみれの顔でトラヴィスへと突っかかった。

 されど、この頃のトラヴィス・トラバンは師匠であるエトワールに捨てられたことで荒れており、他人の痛みにも鈍感になっていた。

 よって、

『くだらん。泣き叫んだところで何か変わるのか……?』

 突き放すように幼い少女を目下に睨みつけ、不幸なのはお前だけじゃないと突き飛ばしてしまう。

 その目は屍のように冷たかった。

『つーか触んじゃねぇよ。てめぇの汚ねぇ鼻水で汚れるだろうが。ったく、鬱陶しいガキだ』
『あっ、あんたには人の心ってもんがないのかい!』

 ユセルは拳が真っ赤に染まってしまうほど、何度も何度も石畳の大地に拳を振り抜いた。悪魔を見るような目でトラヴィスを睨みつけていた。

『あんたあの大図書館(パウデミア)司書(ブックマン)なんだろ! ならせめて、せめて父ちゃんが悪者じゃないってみんなに言ってくれよ! 真実を伝えるのがあんたらの役目なんだろ!』

 懇願するユセルを、トラヴィスは蔑むようにぼーっと眺める。

 そして『知るか』、くだらねぇと一掃してその場をあとにした。

 泣き叫ぶ少女の声に一切耳を傾けない、冷酷非道な少年がそこにはいた。


 それから一月余り。
 かの国の事態を重くみた法王は、人の名誉、尊厳は軽視すべきではないと判断。

 それにより事実を公にするよう大図書館(パウデミア)司書(ブックマン)たちに通達した。

 幼かったユセルにとって、それは神の裁きのように思えた。

 法王の一言で腐りきったかの国は、長きにわたる争い、諸悪の根源が現国王――アブセル・セボリックに有ると知ったのだ。

 膨れ上がった民衆の怒りは凄まじいものだった。

 アブセルは氾濫した川のごとく押し寄せる民によって串刺、収拾のつかなくなった国では多くの貴族が他国に亡命する結果となった。

 こうしてかの国は他国に侵略され、地図上からその名前を消した――が、ユセルの父たち革命軍の名誉だけは守られることとなった。

 あの頃の幼きユセル・バイア・スカーレットにとって、父の汚名を晴らした法王はまさに正義を司る神だったのだろう。

 それはかつてのトラヴィス・トラバンがエトワールに抱いた感情に似ていたのかもしれない。以来、彼女は神に仕えるべく、協力者(サポーター)としての道を歩むことを決意した。


「どうかしたんですか?」
「いや……なんでもない」

 正面に向き直ったトラヴィスは、足早に街の西側へと足を向ける。人通りが少なくなったことを確認した彼は、少し離れた位置に立ちすくむユセルへと体を向けた。

「いつまで離れて歩くつもりだ?」

 うつむき加減のユセルはエリーを警戒しつつも、挑み顔でトコトコ二人へと歩み寄る。

 そしてすぐさま、トラヴィスの背後に回り込んでしまう。

「近くで見るとほんっっとうに可愛いですね!!」

 野良猫を手懐けるみたく手を伸ばしたエリーは、愛らしいかんばせを花のように綻ばせる。見方によってはかなり危ない人のようにも見えた。ユセルもどこか思うところがあったのか、総毛立つ猫のように喉を鳴らしては威嚇を繰り返していた。

「あんたと組むような奴だからきっとおかしな奴に違いないと思っていたけど、やっぱり変なやつじゃないか! とあたいは思ってみたりする」
「トラヴィスさん、私変な奴って言われちゃいましたよ!」

 侮辱的な言葉を浴びせられたというのに、なぜかエリーは嬉しそうにトラヴィスの肩をバシバシと叩いていた。

「やだ、私なんか真剣に目覚めちゃいそうですよ!」

 ――きもっ! つーか一体全体何に目覚めるんだよ。

 まるで水中を漂う海藻のような気持ちの悪い動作に、トラヴィスとユセルは完全にドン引きしていた。ユセルに至っては額に青筋を立てている。

「こいつ本当に司書(ブックマン)なのか!? とあたいは変態じみた女に身の危険を感じ始めていたりする」

 ユセルは恐ろしい怪物を見るような目でエリーを見やり、警戒レベルを最大限引き上げた。
 そんな二人を見ては青息吐息のトラヴィス。

「ちっ、近づくな変態っ! とあたいは全力で拒絶してみたりする」
「そんなに逃げなくてもいいじゃないですか〜」

 少年の周囲をぐるぐる走り回っては追いかけっこをする二人に、トラヴィスは参ったなとこめかみを押さえ込んだ。

 ――こんなのと一緒で本当に事件を解決できるのか? 見事に不安だ。
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