鈍色の出逢い Ⅳ

文字数 1,626文字

 ビルの隙間を抜けた風は、埠頭の先に吹き抜けて、海原へと消えていく。雲に隠れていた月が、覗き込むように地上を見下ろす。
 埠頭の先でじっと佇む昂生の姿があった。空を見上げているのか、それとも水平線の向こうに思いを馳せているのか、皆目見当がつかない。
 齢は十八歳。年齢にそぐわない、憂いを帯びた眼差しは、見ている者を惹きつけて、いつしか魅了してしまう。
 それは天が彼に与えた資質なのか。それとも、これまで歩んできた道程(みちのり)から得たものなのか。それも見当がつかない。
 関東圏屈指のアークの首領でありながら、昂生にはこうして時折り一人になりたがる孤独癖があった。何者も寄せつけない雰囲気を醸し出し、一人遠くを見つめている。この時ばかりは、片腕である八神 千聖も、情人である高坂 楓も、昂生に近寄ろうとはしない。
 昂生には元々、孤独を好む傾向があった。ひと仕事終えた後は、必ず一人になりたがる。楓を抱いた後、一人ビルを抜け出して、こうして埠頭の先に来ていた。
「ひっひっ、いたいた。おめぇがCLAYMORE(クレイモア)の頭、天海 昂生か」
 金切り声のような、甲高い笑い声。それは耳にするのが不快になるような声でもあった。
 破けたジーンズと壊れたチャックが目立つジャケットに身を包んだ坊主頭の男は、顔に大きな傷を負っていた。取り巻きか、手下か、傷の男に従う男が九人いた。
 一人の時間に水を差された昂生は、傷の男を見て眉間に皺を作った。不快感はすでに根強く感じているようだ。
 そんな昂生の心情を知ってから知らずか、傷の男は捲し立てるように話しはじめた。
「おめぇが時たま一人になることがあるって聞いてなぁ。こりゃ、首を獲って名を挙げるいいチャンスだと思ってな。機会を窺ってたのよ。まさかこんなに早くチャンスが訪れるたぁな。ひっひっ、俺の野望の踏み台にさせてもらうぜぇ、小僧」
 男たちは懐からコンバットナイフや、バタフライナイフを取り出して身構えた。しかし得物を持った男たちを前にしても、昂生自身は身構える気配すらない。それを訝しんだのか、傷の男がわずかにたじろいだ。
「どうした? 名を挙げるチャンスなんだろ。何もしなきゃ、時間だけが過ぎていくぞ」
 傷の男の心理を見透かしたような、昂生の言葉。すでに昂生は見抜いていた。男たちが、取るに足らないゴロツキだということを。
 舌打ちをした傷の男は、手下たちに合図を送った。並々ならぬ昂生の気配に気圧されていた手下たちは、襲いかかるのを躊躇していた。
「なにしてやがる! やれ! ここでこの小僧を()れば、金も女も思いのままだぞ‼︎」
 あからさまな餌をぶら下げても、手下たちはまだ躊躇っていた。それほど昂生の気迫は圧倒的だった。
 痺れを切らした傷の男が、手下の背中を押す。スキンヘッドの手下が、一歩、二歩、前へ出た。
 その時、昂生の姿は、男たちの眼前から忽然と消えていた。
 月明かりが陰る。遮ったのは、雲ではない。月を背に跳躍した昂生は、一足飛びでスキンヘッドの間合いに入り、スキンヘッドの顎に強烈な蹴りを炸裂させた。
 着地した昂生は、スキンヘッドの顎に追撃。左の拳を振り上げてアッパーカットを見舞う。次の瞬間、腰を捻り、がら空きになった胸に、勢いを乗せた拳の突きを叩き込む。
 昂生の拳に、胸骨が折れる確かな感触が伝わった。体を痙攣させたスキンヘッドは、言葉を発することなく地面に崩れ落ちた。
 ゴロツキたちは、言葉を失っていた。昂生を小僧、と侮っていた傷の男さえ、口を開けて唖然としている。一連の昂生の攻撃。それを目で追うことすら出来なかったからだ。
 彼らは今悟った。戦う相手を間違えたことを。
 月下。赤い鮮血を、月光が妖しく照らし出す。地に伏した十人の男たちからは、心音も呼吸も聴こえない。
 一人佇む昂生は、夜空に妖しく浮かぶ月を見上げた。
 
 




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