第1話

文字数 1,380文字

夜中の3時に電話が来た。

提携している老人ホームからの電話で、ついさっき入居者さんが息を引き取ったという。
眠い体に鞭を打ち、喪服に袖を通しながら、今日の段取りを考える。

世間では24時間営業の職と言ったらコンビニやスーパー、ファミレスというイメージが多い。
まさに丑三つ時という時間に死者に会いに行く、私のような人間を想像することは、ほとんどいないだろう。
私たちに休日はない。毎日誰かが死ぬのなら、毎日誰かが弔うことになるのだから。
それが葬儀屋という仕事だ。

ホームの場所は県を二つ越えなければいけないので、高速道路での移動になる。
すぐさまいつものように運転手に連絡を取った。
基本お迎えには二人で行く。
ご遺体を運ぶための人手も欲しいし、長距離の場合、運転を途中で交代する必要があるからだ。
しかし、電話のコール音を10度繰り返しても、運転手の声が聞こえてこない。

「…酒は飲むなよと言ったのに。まったく」

これではお迎えの時間がおしてしまう。仕方ない。
今日は一人で行くしかなさそうだ。
県を二つ超えるといっても、だいたい2時間ほどの運転だし…。
ご遺体は老人ということもあり軽いため、まぁ、一人でも問題は無いだろう。

ポンポロポンポンポン。ポンポロポンポンポン。

「はい。えびすや葬儀社です」
『もしもし、えびすやさん? 先ほど電話した福笑い老人ホームの者です。ご家族の方の到着が明日になるそうなので、今日は預かりしてもらえます?』
「かしこまりました。また何かあればご連絡ください」

預かりとは、葬儀社でご遺体を預かること。安置所の棺に寝かせてご遺体を保管しておくことである。
電話をきって、安置所の準備に向かう。
倉庫から白い布棺をだし、蓋を開け中に布団を敷く。これから迎えに行く方はこの中で家族との再会を待つことになる。
線香とりんの確認をしているとき、呼び鈴が鳴った。

こんな時間に…? 飛び込みか?

「はい、どちらさまでしょうか?」

誰もいない。
確かに呼び鈴はなったはずなのに。
インターホンの履歴を確認すると、確かに呼び鈴はなっている。
しかし録画された画面には、誰も写ってない。

故障か?

不審に思ったが、客を待たせていることもあり、すぐにまた安置所に戻った。
さっさと棺を運び出そう。

「あれ…?」

置いた場所に蓋がない。
開けたはずの棺の蓋が、閉まっている。

あ、これは…。

こういう仕事をしているせいか、不思議なことは何度か体験してる。
棺の天窓を開けると、枕が凹んでいる。誰かが寝ている。
見えない誰かが、そこにいる。

手を合わせて、天窓を閉める。
棺の乗ったストレッチャーを押せば、ご遺体が入っているときと同じ重さを感じた。
そのまま霊柩車に棺を乗せて、お迎えに行く。

「お待たせしました」
「ご苦労様です。あちらに寝かせておりますので」
「かしこまりました。それでは、お預かりさせていただきます」
「早く来てくれて助かりました。大本さん、せっかちなんです」
「そうなんですか」
「ええ、自分の入る棺のことも、ずっと気にしておりました。綺麗なお棺で、大本さんも喜んでるんじゃないかな」
「そうだったら嬉しいですね」

納棺師と現地で落ち合い簡易的なお着替えをしてご遺体を棺に寝かせると、まくらの凹みとご遺体の頭がぴったりと一致した。
ストレッチャーは、来た時と全く同じ重みだった。

なるほど、たしかに大本さんは、せっかちらしい。
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