第1話

文字数 1,601文字

まあ、今年の夏の暑さには本当に参ったな。
うちの建造物も完成してから、はや三十年が経つのだが、建物自体も部屋の内部も灼熱地獄だったからな。
そうだ、建てられた施工主さんが入居してきたのは、今からもう十七年も前のことだったっけ。
そして今年の五月には、その奥さんも入って来られたんだったよな。
その二人とも、元は恰幅の良い人だったみたいだけど、こちらへ入居して来た頃には、そんな面影もすっかりと無くなっていたもんな。
それこそ肉全体が削げてしまい、血色もなく、色白な地肌ばかりが目立っていたっけ。
だけど不思議なんだよなあ?
隣近所には多くの人たちが訪ねて来るのだが、うちにやって来るのは、いつも同じ人ばかりだな。
それも中年の男性。
うちに入居している二人とは、どのような関係なのだろうか?

それから一年が経過して秋の彼岸を迎えようとしていた。
俺は月に一度は必ずやって来る、その中年の男性が手を合わせ、涙しながら発していた言葉に聞き耳を立てていた。
「父ちゃん、母ちゃん、ごめんな。
来月で墓じまいをすることにしたからさ。
前々から考えてはいたんだ。
俺はずっと独身だっただろ。
するとこのお墓も俺の代で終わることとなる。
そしてもし、俺になんかあった時には、ここも維持できなくなるし親戚にも迷惑を掛けるようにもなってくる。
そこで俺は決心したんだ。
ここを解体して更地に戻し、父ちゃん母ちゃんのお骨を自宅に持ち帰ることにしたよ。
そして暫くの間、また一緒に暮らそうよ。
しかし、まあそれも一年が限度だな。
そしたらその後、小さな骨壷を買ってきて、その中に二人の骨を分骨して仏壇に奉ってあげるから。
そしてそれ以外のお骨は俺が粉々に粉砕して、二人の思い出の土地に撒くことにするからさ。
それで勘弁してくれよな」

ああそうか、そういう事だったのか。
人にはそれぞれの悩みや考え方があるんだな。
え、すると俺自身も来月までの命になるのか。
しかしこれからの時代、少子化や晩婚化、それに地方の過疎化により散骨などが増えてくるのも自然の流れなのかも知れないな。
俺は自分自身が墓石であるという立場上、こんな事は言いづらいのだが、生物は本来、死後は土に還るのが有史以来、綿々と続いてきた自然な葬られ方だと思っている。
土葬が行われてきた時代ならばともかく、現代のように火葬が一般的になってきて遺体からの伝染病の心配が無くなった昨今であるのならば、もっと海洋葬や樹木葬などの散骨が一般的になってきても良いのだと思う。
墓石の下にある納骨堂という所は、お世辞にも決して居心地のよい場所だとは呼べず、一年中真っ暗闇だし、そして結露が発生しやすく骨壷の内部にも蓋の隙間から水蒸気が侵入してきて、お骨自体を劣化させてしまうのだ。
果たしてそのような状況が死者を弔う供養になるのであろうか?

所詮、生物の遺骨は主にリン酸カルシウムで出来ているのであるから、自然に還すのが一番よいのだと思う。
例えば粉末状にしてから樹木葬にすれば、その樹木の栄養源にもなる訳だし、また土の上に撒けば鳥たちが啄んできたり、はたまた小動物や昆虫たちがそれを口から体内へと取り入れ、そして寿命が尽きると息絶えてそれが死骸となり、それをまた摂取する動物も現れる。
するとそれこそが、人間も自然界における壮大な連鎖のサイクルの一部に組み込まれるという事にもなってくる。
そう考えると広義における万物に対しての畏敬の念や、その対義にある身近な物への感謝の気持ちが自然と満ち溢れてくるのではないのだろうか。
そういう考え方が一般的になってくれれば仏壇に供える位牌や私自身でもあるお墓を、亡くなった人の霊魂が宿る場所だとして敬い、そして亡骸は自然に還すという風潮が世間に広まっていってくれることを私は願うのであった。












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