りっちゃんのあし。

文字数 2,434文字

りつこちゃんは、男勝りの活発な女の子でした。
特にお友達をいじめる男の子に対しては、掴みかかって喧嘩をするほど、お友達思いの女の子だったのです。
彼女はとても足が早くて、リレーではいつもアンカーだったから、いじめっこが逃げても逃げても逃げ切れなかったんです。


そこまで話をして、バスガイドのお姉さんは、「寝ている子はいないかな?」と確かめるように、四年三組のみんなを右から左に見渡した。

遠足の帰りのバスの中の空気は、ディズニーランドで遊んだ興奮が冷めやらぬ感じと、あとはうちへ帰るだけだという弛緩した空気が入り混じっていて、斑模様である。
乗車後しばらくは子どもたちの好きにさせていたバスガイドのお姉さんは、そのぬるい空気を捉えたのか、前方に据え付けられていたモニターで今人気のアニメのビデオを流しましょうと提案した。みんな大賛成だったがしかし、お姉さんがいくらリモコンを操作しても、画面はずっと砂嵐のままになっている。
どうも機械が故障をしたようで、一向に映像は流れてこなかった。

しばらくモニターと格闘していたバスガイドさんは、マイク越しに軽くため息をつくと、ニコッと表情を変えて、みんなの方に向き、面白い話とこわい話どっちがいい?と明るく聞いた。
男子が、絶対こわい話!と盛り上がり、反対にこわがりの女子が悲鳴を上げて、委員長が男子やめなよーと牽制する。ひとしきり両陣営でやりあったあと、結局軍配はこわい話に上がったのだった。


りっちゃんはある日、上級生の男の子たちと度胸試しをすることになったんです。度胸試しってわかるかな。わざと危ないことをして、勇気を見せる、というような意味ですね。もちろんみんなはそんなことはしないでね。りっちゃんはお友達のお姉さんがいじめられていて、それを助けるためにという事情があったのです。
その度胸試しというのは学校の裏手の丘の上にある祠の中から、小石をとってくる、というものでした。
りっちゃんは怖かったけれど、お友達のために、ひとけのない神社に行きました。古くて立派な神社の裏にその祠はありました。扉を開けて小石をとろうとしたとき、りっちゃんは後ろから引っ張られるような感じがして、「おいとけ」という声を聞いたんですって。りっちゃんとても怖かったけれど、もう小石は目の前だったから、目を瞑ってそれを掴んで、それから一生懸命駆けて駆けて学校まで戻ろうとしたんです。
でも。
あんまり慌てていたからなのか、学校の前の大きな道路でトラックに轢かれて死んでしまったんだって。
りっちゃんの両足は、事故の衝撃と大きなタイヤの下敷きになったことで、とれちゃったんだって。


こわがりの女の子たちが、ヤダ!と耳をふさぐ。


耳をふさいじゃダメよ、ここからが大事なの。
バスガイドさんが明るい声で注意を促す。


このお話を読んだり聞いたりした人は、今晩夢に、りっちゃんが出てきます。りっちゃんの足はグシャグシャで、両腕には誰のものかわからない脚を抱えているの。りっちゃんは、ずっと代わりの脚を探していて見つかってないんだ。だから。りっちゃんに出会ったら、必ず逃げて。


聞かなきゃよかった!なんでそんな話するんだ!と男子も女子も悲鳴を上げた。ベソまでかいている子もいる。

バスガイドさんはそれを無視して、よく通る声で言った。
「よく聞いて、逃げる方法があるんです。」

スッとバスの中が静かになった。

いい?りっちゃんに出会ったらすぐに後ろを向いて走り出すの。きっとみんなは夢の中で、みんながよく知っている場所にいるはず。
最初の分かれ道は左、次も左、その次は三叉路を真ん中へ、それから右。突き当りに小屋が2つあるから、向かって左側の小屋に3回ノックしてから入ってね。
りっちゃんはすごい速さでついてくるけれど、全力で道を間違えないように走れば追いつけないから。とにかく落ち着いて、間違えないように選んでね。


追いつかれたらどうなるの?と質問する子がいた。バスガイドさんは、ニッコリ笑って、そんなこと考えちゃダメ、と言った。

みんな、絶対に忘れないようにブツブツと道順を反芻している。

さらにバスガイドさんは、小屋に入ったら最後に呪文を唱えます、わたしは一度しか言えないルールだから、聞き逃さないようにね、と言った。

呪文は4文字、ソ、ダ、ヨ、ウです。

みんな、忘れないように繰り返してね。

子どもたちは真剣に、素直に繰り返す。

そのうち何人かの子がトリックに気がついた。
ソダヨウソダヨウソダヨウそだようそだよ嘘だよ。
嘘だよ!

え!?嘘?嘘なの!
エー!なんだー、嘘かー…。
すごくこわかった!
そんなことだろうと思ってた!
必死に覚えて損したよ。

安堵としらけの空気がバスの中に広がった。
バスガイドさんはやはりニコニコと笑って、怖かったかな?ごめんねと、べそをかいていた女の子に謝っていた。

その時黙って聞いていた担任の先生が、変なことを言った。
面白いお話だったから、明日の国語の授業で復習しましょう。このお話を、特に夢の中での約束事を、全員暗記して来なさい。

みんなは不思議そうな顔をして、頷いた。
先生は真面目な顔をしていたから。
バスガイドさんはそれをじっと見ていた。

翌日、四年三組は児童の約半数が学校を休み、3日間の学級閉鎖と決まった。校内では突然のことに、感染症か、学級崩壊かと噂になった。
その晩に夢を見た子達の口に戸は立てられない。さりとてとても公文書で説明できるような事柄でもなかった。結局、保護者説明会での公式見解は、集団ヒステリーということに落ち着いた。

その小学校はりっちゃんの学校だった。事故そのものはもう二十年も前の話である。ベテランの先生は、あまりに出来すぎた話の符合に、万が一の保険をかけたのだ。

おかげで、脚を持っていかれた子は1人もいなかった。バスガイドは失踪し、ことの真偽はわからない。
祠の祟りか、りっちゃんの無念の怪異か、なにか別のものか。

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