第1話 黎明

文字数 6,556文字


硬骨漢
黎明



      登場人物



       海浪 わだなみ

       黒夜叉 てんま

       龍海 たつみ

       玉緒 ぎょくお

       无音 ぶおん

       理斗 りと

       李詞 りし































 「勝つ」ことではなく「負けない」ことにホンモノの強さはある

          桜井 章一





































 第一飛沫【黎明】



























 雨も降っていないのに、身体が冷たくなっていく感覚がある。

 いつもは思った通りに動くはずの身体は、今に限って動こうともせず、ただただ、重力に逆らうことなく横たわる。

 生きているはずなのに、張りつめていた糸が切れてしまったというのか、魂が抜けてしまったというのか、とにかく、身体が一向に言う事を聞こうとしない。

 いや、それとも身体は分かっているが、脳が動かないように指示でも出しているのか。

 どちらにせよ、今かろうじて出来ることは、浅い呼吸と、ゆっくりとした瞬きだけだ。

 「・・・・・・」

 誰かが近づいてくる足音が聞こえたような気もしたが、わからない。







 ―遡ること、数日前。

 「お主ら、何用かな?」

 「じいさん、あんたには死んでもらうよ。大人しくしてて」

 「こんな老いぼれを殺して何になるというのか。どうせ短い先、このまま静かに死なせてくれんかのう・・・」

 「ダメダメ。そうしてあげたいのは山々なんだけどね、自然に死ぬのと殺されるのとじゃ、僕達の計画に随分と差が生じちゃうんだよね」

 ここは、とある山奥にある洞窟の中だ。

 そこで暮らしているのは、髭を生やした白髪の老人ただ1人。

 1人のんびりと隠居生活をしていただけだというのに、そこに現れた若い男たち。

 青い髪を1つに縛り、黒のランニングシャツに黒のズボンを穿いている男と、茶色の髪に甚平姿の男の2人だ。

 先の男は「李詞」と名乗り、後の男は「理斗」と名乗った。

 男たちは老人のことを知っているらしく、その2人と男たち以外にも、顔も身体も黒の布で覆い隠している若い連中が、ざっと見ただけでも100人ほどいるだろうか。

 昔であれば、これだけの人数でも簡単に倒せたかもしれないが、この歳ともなるとその人数さえ危ない。

 「森蘭、時代の残骸のあんたには、ここで死んでもらう」

 「僕もやっていいんだよね」

 「扇たちに任せておけ。何の為に連れて来たと思ってるんだ。俺達は帰るぞ」

 「殺したいのに」

 ブツブツと文句を言っている理斗を他所に、李詞はどんどん背を向けて歩いて行く。

 2人の男が去って行くと、その場にざざ、と並んだ黒頭巾の男たちが一斉に襲いかかってきた。

 洞窟の中では動き難いと外へ出ると、そこにも男たちがいた。

 そして老人1人と100人以上の男たちとの戦いが始まり、時間にして2時間ほど過ぎたころだろうか、老人は地面に伏していた。

 沢山の血を流し、動かなかった。

 男たちは老人の周りに集まってくると、確実に死んだかを確認し、その後、指示されていたことへ行動を移す。







 「おい天馬、さぼるな」

 「さぼってねぇし!猿と知恵比べしてただけだし!!」

 「それで負けてちゃわけねぇな」

 「なにをおおおおおおおお!!」

 「うるせぇぞお前等」

 のんびりとした時間が流れ、いつものようい薪割りをしていた。

 縁側で太陽の陽を浴びながら新聞を読んでいると気配を感じ、首をひょいっと傾ければ、何かが勢いよく後ろにある柱に刺さった。

 「師匠!死にましたか!」

 「生きてら、馬鹿が」

 瞬時に警戒してはみたが、とっくに気配はどこかへ消えていたため、柱の方へと視線を動かす。

 「矢文?」

 柱に刺さっていたのは矢文で、巻き付けられている文の方だけを広げて読んでみる。

 目を細めて険しい表情になったかと思うと、ぐしゃ、とそれを丸めて握りしめたまま、2人に向かってこう言いながら走りだした。

 「2日して俺が戻らなかったら此処離れろ!いいな!!」

 「え!?師匠!!」

 詳しいことを何も話さずに何処かへ向かって走って行ってしまった男、海浪のことを追う事も出来ず、残された2人は互いの顔を見合わせた。

 「はあっ!はあっ!」

 ぎゅっと握りしめられた文が、なぜか赤く滲んでいた。

 全速力で走って、目的の場所に着いたのは翌日の夕方だった。

 こんなに必死に走ったのは久しぶりで、珍しく息が上がっていたが、そんなことは今はどうでもいい。

 ようやく辿りついたその場には、すでに人形のように動かなくなっている、しかし数日前までは確実に生きていたであろう老人。

 ゆっくりと近づいて行くと、そこに倒れている老人の身体から出ていたであろう血液はすでに固まっており、鮮血ではなく黒っぽくなっていた。

 そして、文と一緒に入っていた、小指。

 老人の手を見ると、片方の手の小指が切断された痕があった。

 「おい、クソジジイ・・・」

 両膝を地面につき、先程からピクリとも動かない身体に触れてみる。

 触れて確実となる冷たさも、揺さぶってみて思い知らされる硬さと。

 「冗談だろ・・・。死んだフリして、前みてぇに俺を遊んでんだろ?」

 返事などしないその身体に向かって話かけていると、何かに気付き老人の身体から勢いよく離れる。

 土の下から、男たちが現れたのだ。

 避けた先にだけでなく、いつの間にか周りを囲まれていることも知る。

 「(気配が薄い・・・いや、俺が気付かなかっただけか?)」

 顔も見えない相手だが、この男たちが老人を殺したことには間違いないだろう。

 「てめぇらか?この爺さん殺したのは。何の恨みがあったか知らねえが、良い趣味とは言えねえな」

 「・・・我々は任務を遂行するのみ。森蘭が弟子、海浪とは貴様のことだな」

 「だったら何だ」

 「ならば、今この場で殺そう」







 海浪の腕力が見せる物理的攻撃に、男たちは次々に怪我をし、さらには夜明けが来たことを太陽に知らされると、撤退し始めた。

 口から血を流している海浪は、男たちが撤退したことにホッとし、その途端、身体から力が抜けてしまった。

 普通の人間相手であれば、すでに決着が着いているだろうが、多分何かしらの戦闘訓練を施された者達だろう。

 海浪は未だ倒れている森蘭のもとへと向かおうとするが、身体はなかなか言う事を聞かない。

 その場に倒れ込んだ海浪だが、顔をあげて、目の前で野ざらしにされている師匠に、歯を食いしばる。

 そして、冒頭へと戻る。

 「すごい怪我じゃないか。何処で拾ってきたんだ?」

 「森の中」

 「雑な回答。知り合い?」

 「知らん」

 「知らんのかい。お前が人を連れてくるなんて珍しいとは思ったけど、まさか瀕死の状態だとは思わなかったよ。ていうか、普通なら死んでるよ」

 「頑丈な奴なんだろ」

 「意外と頭使うこと嫌い?」

 ここは、とある城の中にある一室。

 その部屋には今、寝ている海浪以外に2人の男がいる。

 1人は黒髪に、全身黒の服を着て、更には首にも黒い布を巻いている男。

 もう1人は、黄土の髪に綺麗に着こなされた武士のような格好、ここの城に仕えている男だ。

 「で、どういう経緯?黒夜叉」

 武士の様な格好をした男が、黒夜叉に尋ねる。

 「・・・俺が着いたときには、もうその状態だった。そいつの他に、爺さんが1人死んでた。あとあったのは、コレだ」

 そう言うと、黒夜叉はある物を懐から出してきて置いた。

 「扇子?」

 「龍海!やばい!仕事終わらない!助けてくれ!!!!」

 「瑠堂様、五月蠅いです。今取り込んでおりますので、御自分でお願いします」

 「やばいって、まじやばいの」

 話している途中で、一応、この城の城主であって武士の様な格好の男、龍海の雇い主でもある瑠堂が現れた。

 何やら仕事が終わらないと訴えているようだが、いつものことだからか龍海は特に慌てた様子もなく、瑠堂を部屋から追い出す。

 そんな様子を、黒夜叉は部屋の隅の壁に背をつけて胡坐をかき、腕組をした状態で見ていた。

 ふう、と息を吐きながら戻ってきた龍海は、話の続きをする。

 「表には梅の絵、裏には白のツバキか。何か思い当たることある?」

 「・・・絵自体は多分、縁起の良い紅白とかそういう意味だろうが、扇子自体はきっと、『神の子』と称されている『扇』の集団を示してるんだと思う」

 「扇?そんな集団あるのか?」

 以前なら、忍としてメインに情報集めなどそちらのことをこなしていた龍海だが、最近は瑠堂の仕事の手伝いもあり、奥底に隠されたところの情報までは分からない。

 一方、以前雇われていた城の城主が失踪し、さらには戦で負けてしまったこともあり、放浪の旅をしているため、あちこちで色んな情報が入ってくるらしい。

 「昔からあっただろ。ガキを連れてきて戦闘訓練させるってのは」

 「まあね。小さいうちに洗脳して、恐怖を取り除いておくってのは、兵器を育てることにおいては常套手段だろうから」

 「『扇』ってのはそういう集団だが、俺達の頃みたいに、ただ戦闘能力を高めるだけじゃない。基本の忍術、剣術、武術等に加えて、毒ガスの製造、呪術や幻術の習得なんかもやってるらしい」

 「魔女みたいだな」

 「現時点でおよそ5320人。そのうち8割が10代以下のガキだってんだから、相変わらずクソみてぇなことしてるよ、この国は」

 「・・・・・・」

 黒夜叉の話を聞いていた龍海は、横になっている男が目を開けていたことに気付いた。

 「あ、起きてたんだ」

 「・・・もっと詳しく教えてくれ」

 「え?」

 ずっと天井を見ていた男が、壁によりかかっている黒夜叉の方を見る。

 「頼む」

 「・・・・・・」







 龍海はとりあえず自分と黒夜叉のことを紹介してから、名前を聞いた。

 海浪と答えた男は、それよりもさっき話していたことをもっと聞きたいと言ってきた。

 身体を休めてからでもとは言ったのだが、どうにも言う事を聞く気配がなかったため、黒夜叉は口を開く。

 「俺が知ってることは、さっき話した『扇』のことと、あとはそいつらを作ろうと言いだした男のことだけだ」

 「それで十分だ」

 黒夜叉の話によると、『扇』と作りあげたのは『玉緒』という男らしい。

 玉緒とは、代々権力を持っている家系で、政界にも司法にも顔が利くという。

 ちなみに、いつも綺麗にアイロンがかかった白シャツに紺のベストを羽織り、腕まくりしているとか。

 「玉緒か、聞いたことある。確かそいつには忠実な部下の『无音』って奴がいるはず。いっつもスーツ着てるって」

 瑠堂の付き添いで色んな城へ行ったり、他にも政治的関係のある人間にも会う事のある龍海が、玉緒のことを知っていた。

 「ああ。无音、それから2人」

 理斗と李詞という2人の男は、主に『扇』と共に行動しており、云わば『扇』の頭的役割を担っている。

 「こいつらも油断出来ない。人数的にも、兵力の差は明らかだ」

 森蘭、その名は黒夜叉も龍海も知っている。

 そんな男が、歳老いていたとは言え、殺されてしまうほどの戦闘能力の高い集団がいる。

 そして圧倒的な兵力、その後ろにある絶対的な権力。

 その場にいる3人の男たちが黙り込んでしまった。

 「龍海――――――!!」

 そして空気も読まずに、瑠堂が再来。

 「やっぱりダメだ!やっぱり無理だ!頼む!龍海が手伝ってくれないとどう頑張っても間に合わない!俺が逆立ちしても終わらない!だから助けてくれ!!!!」

 「・・・逆立ちする暇があるのなら仕事をしてほしいところですが」

 「ものの例え!」

 ぐいぐいと龍海の袖を引っ張って、自分の仕事場に連れていこうとしていると、それまで壁に凭れて胡坐をかき、腕組をしていた黒夜叉が立ち上がった。

 そして瑠堂が入ってきた襖とは逆の方向にある襖を開ける。

 「俺はもう行く」

 「・・・気をつけて」

 襖が閉まると、龍海は瑠堂が五月蠅いため仕方なく仕事を手伝うことにした。

 「ああ、傷が癒えるまで、ここに泊まって構わないから」

 「龍海!!早く!!」

 「はいはい」

 「はいは1回!」

 「どの口が言いますか」

 1人部屋に残された海浪は、しばらく天井を眺めていた。

 いつもとは違う天井に、いつもとは違う空気、いつもとは違う自分。

 「・・・っ!」

 海浪は自分の腕で目元を覆った。







 「殺したのか」

 「森蘭抹殺は無事任務遂行致しましたが、その、海浪の方が・・・」

 「まさか、殺し損ねたのか」

 「申し訳ございません」

 「次は確実に殺せ。森蘭のもう1人の弟子である男がまだ見つかっていないのか」

 「は・・・。それが、どのような顔かもはっきりと分かっておりませんので、難航しております」

 「早く見つけだし、森蘭同様に殺せ。時代の残骸など誰も追い求めん」

 玉緒が座っているデスクの上には、綺麗に並べられた資料が沢山あった。

 その中には、『扇』に関する機密事項が書かれたものもあり、メンバーの写真の中にはまだ幼い子が多くある。

 しかし、その表情は何を見ているのかも分からないほど冷たく、そして無だ。

 そんなこと気にもしていない玉緒は、綺麗に並んでいる資料とは別に、鍵のかかっている引きだしの鍵を開けると、そこから出した森蘭の資料をデスクに置く。

 しばらく眺めたかと思うと、何かのハンコに朱肉をぺたぺたつけながら、至極満足気に写真の顔の横辺りにそれを押した。

 『処理済』

 朱肉が乾くまで待つと、それを再び鍵のついた引き出しにしまう。

 「・・・まったく、世話をかけられる」

 すると、コンコン、とノックをする音が聞こえて来た。

 入るようにと伝えると、自分の忠実な部下の无音と、先頭集団『扇』を率いている実戦部隊の理斗と李詞だった。

 「森蘭の始末の件は見事だった。だが、海浪をみすみす逃してしまうとはな。誤算だ」

 「ですが、相手は瀕死の状態のはず。すぐに見つけ出し、止めを刺します。そして、我等の新しい世界を作りましょう」

 「ああ、勿論。あんな奴らさっさと皆この世から消して、私が作る私のための世界を作るのだよ。そのために、お前達にはしっかりと働いてもらわないと」

 「僕よく知らないんだけど、あの森蘭って爺さん、そんなにすごい人?正直、ただの老いぼれにしか見えなかった。僕1人でも殺せたんじゃない?」

 「俺も同感。てか眠い。腹減ったし」

 「理斗、あの老いぼれはただの老いぼれじゃないよ。奴が現役だったら、『扇』全勢力をもってしてようやく殺せるくらいかな。それから李詞、私の部屋にいるときは欠伸をしないように」

 2人して適当に返事をしていると、玉緒は1枚の写真付きの資料をスッと出した。

 そこには、海浪と名が書かれている男が写っており、備考欄には森蘭の弟子兼養子とも書かれていた。

 どこでそんな情報を得たのかは知らないが、玉緒のことだから、使えるものは全て使って調べたのだろう。

 「私の時代には、森蘭のような力を持つ野蛮な輩はいらないのだよ」







 「森蘭。たった1人で、一国に相当する、もしくはそれ以上の力を持つと言われていた。だが、何者にも靡くことなく、何者にも縛られることなく、その力は本人の信念によってのみ使われていた。確か、そのような人物だったと」

 「そうだ。そんな力を持っているならず者の男たち・・・」

 今回の森蘭を始め、冰熬、琴桐、ローラン=クロムウェル=ロイ、空也、空蝉、デスロイヤ・イデアム、紅頭、オーディン、レイラ=モンド=チェルゴ、伊勢、信楽・・・。

 「そしてそのならず者たちによって派生してしまった毒芽とも言える存在たち・・・」

 それが海浪、銀魔、丗都、ブライト、祥哉、カシウス等々。

 「それから、時代の狭間で生きているウジ虫共・・・」

 伝導者、ジャック、ぬらりひょん、鳳如、イオ、紅蓮、隼人、曇旺、シュドレ、ノア、亜緋人、氏海音、グラドム=シャルル四世等々。

 「はたまた、正義の本質を見誤っている同業者・・・」

 将烈、そしてその取り巻き、鬧影、相裏昌史等々。

 「皆、これからの時代には・・・私の時代には不要だ。1人ずつ、この世から葬ってやろう。その第一歩として森蘭には消えてもらったのだ。そして次は・・・お前だ。海浪」

 玉緒たちは、高らかに乾杯をする。

 訪れるべく時代に。

 「そう、奴らは、『六日の菖蒲』」


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