パスタの上の闘技場

文字数 1,193文字

 パスタを茹でるとき、私は人差し指と親指で一人前を測る。
 二本の指で輪っかを作る際に、人差し指を親指の第一関節にあてる。男性ならその倍は食べるかもしれないけれど、私にはそのくらいの量が丁度いい。

 そして、今まさに私はパスタの上に立っている。
 私が立つ地面は一見すると黄色っぽく見えるけど、それこそがパスタの色。地表に無数のパスタが刺さっている。私は2メートルか3メートルの高さにいる。その地表からの高さはパスタの長さとイコールで、一本の麺の太さは私が丁度お腹いっぱいになるくらいの太さだ。
 ロングパスタにはその太さによって名前が付いている。そのへんについて私はちょっと詳しい。細い順にカッペリーニ、フェデリーニ、スパゲッティーニ、スパゲッティ、スパゲットーニ。でももちろん、私が立っているパスタに名前などないでしょ。こんなに太く長いパスタは地球上には存在しないもの。

 これが彼らの闘技場。事実、私はこのパスタの上ですでに彼ら二人を倒した。そして、これから三人目との決闘が始まる。5本のパスタ麺で作られた棒人間のような彼ら。胴体部分、手の部分、足の部分、ちなみに頭の部分には何もないのだけど、人間を模してるだけあって茹でる際についた塩味くらいの人間味は感じられる。

 彼らは大抵の場合、手の部分で攻撃してくる。足の部分での、いわゆる蹴りはこれまで一度もなかった。それにはこの闘技場の地面が関係している。無数のパスタの上ではその隙間に足を落としやすい。彼らの足の部分ならなおさらだ。私のほうがこの地面に立つのに適した足をしていた。おっと、油断してると彼らの手の部分がムチのように飛んでくる。私はそれをひらりと交わして、勢いを失った彼らの手の部分を掴む。力点と作用点を考慮して力を加えるとこれが案外簡単に折れるのよ。所詮パスタだからね。私は右腕一本で今日も三連勝することができた。

 ガスコンロの火を止め鍋を両手に湯切りを始めたところで、一応セットしといたアラームが鳴る。そんなアラーム音など気にも止めず、予め準備していたソースをフライパンで絡める。二、三回フライパンを煽ってから、「あんた、うるさいわね」と一声かけてキッチンタイマーを止めた。

「いただきま〜す」
 一口食べてみる。やっぱり私のほうが優れていることを確認する。麺の袋に記載されてる茹で時間よりも私の感覚のほうがアルデンテにより近いのよ。私が好むアルデンテに。
 その感覚を説明するのは難しい。しいて言うなら素早く三人目を倒した直後が丁度いい。

 パスタを食べ終えて、私は考える。もしも彼氏ができて二人前を茹でるようになったなら、彼らを何人倒せばいいんだろう…と。でも考えるだけ無駄だった。そのためにキッチンタイマーがあるんだと思うことにした。その点においては彼氏をつくる準備は万端だった。私は「ごちそうさま」の代わりに溜息を一つついた。

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