ビルの屋上は銀河

文字数 1,680文字

 リバーサイド川辺ビルヂングは、まわりに川など無い。
 メイン通りから三筋奥まった道沿いにあり、色あせたコンクリの陰気な建物だ。
 周囲の建物に比べ階層が多い分、背が高く目立っている。
 それでも「リバーサイド川辺ビルってどこですか?」と問われて説明できる者はいない。

 牛のマークでおなじみのコンビニ「ベコマート」で立ち読みをしていると、地球人の女が入ってきた。
 唯一の従業員である店長に視線を送ると、知らない女ですと答えが返ってくる。
 テレパシーの一種であるため、女に聞こえることは無い。
 黒のキャップに同色のジャケット。
 ショートパンツから覗く足は、なかなかの美脚。
 地球人に興味は無いが、若い女をジロジロ見る演技は習得済みだ。
 舐めるように視線を這わすと、不快そうな表情をくっきりと顔に貼り付けて睨んできた。

「ちょっとあんた!」

 居丈高な口調に文句が続くのかと思われたが、こちらを指さしたまま動きを止める。

「もしかして宇宙人?」

「ナンオコトレスカ? サパーリサパーリワカラントデス」

 もちろんプロのワタシは、こんな事ではうろたえない。
 地球式日本語準弐級の実力は、だてではない。
 店長がレジから、感心した顔でワタシを見ているほどだ。

 それでも女は怪しんでいる素振りで、ワタシのまわりを行ったり来たりしはじめた。
 さすがのワタシも、変な体汁が出はじめて服が溶けそうだ。

「このビルの上って、何があるか知ってる?」

 女が異常に近い距離から、私の目を見て詰問する。

「弐カイワLoSt、三カイワ無印猟奇品、四カイカラ七カイワオカマバーオカマバーオカマバーオカマバーレス……」

 一瞬、言葉を失った女が「その上は?」と問い詰めてくる。

「キョジュウクレス。モチロンミナ地球人レス!」

 マニュアル通りに返答し、とっさにアドリブまでキメちゃうワタシを誰かほめて欲しい。

「その上にまで連れて行って」

 女の要求に、ワタシは思わず漏らしかけた。
 これ以上、体汁が出ると服が全部とけてしまう。
 すでに半裸なのに、怪しまれてしまう。

 女はかなり愚かなようで、まだワタシの正体には気付いていない。
 かわいそうだが、始末するしかないようだ。

「ナラバコノエスカレーターデ、アンナイシマショウ」

「それ、エレベーターね」

「ゴメン、イツモマチガエチャウ」

 小粋なトークで女を油断させつつ、エスカレーターへ誘う。
 ちがう、エレベーターだ。
 ややこしくない?

 エレベーターには、一から十までのボタンと屋上と記されたボタンがある。
 だが、屋上ボタンだけは上からガムテープが貼られ、地球人にはわからないようにしてある。

 女が、ガムテープごと屋上ボタンを押した。

「フワー、マジカルボンバー!!」

 あまりのショックに最近マイブーム(死語らしい)の奇声と、体汁が漏れた。

「アアア、ハダカニナテシマイモウシワケゴザランレス……」

「いや、服着てる方がおかしいから」

 女の意味不明なツッコミに頭をかしげているうちに屋上についた。
 ドアが開くと、女が悲鳴を上げてしゃがみこむ。
 あまりに高度な科学力に腰を抜かしたのか、うずくまるように我らの宇宙船を撫で回す。
 愚かな地球人よ、指紋つけんな。

「これじゃあ、無理じゃん。こんな世界から逃げ出したかったのに」

 女が途方に暮れたように、肩を落とした。
 何が不満なのかわからないが、確かに地球人には小さいかもしれない。
 ネコトイレ型宇宙船も、ネコ鍋型宇宙船も、ネコお出かけカゴマークⅡも。
 ワタシにはジャストサイズなのだが。

 絶望する女の肩に、なぐさめるように前足をおいてやる。
 肉球で肩を揉みほぐすように、ぷにぷに二十回三セットをサービスしてやると、女はようやく落ち着いた。

「ここに来たら、星も飛びこえるぐらい遠くに行けるって聞いたの」

 女が夜空を見上げながらつぶやいた。
 気のきいたセリフを言ってやろうと思ったら、女は指でワタシの口を押えた。

「貴方しゃべらない方がいいわ」

 そなの?

「ニャーとか言っといてよ」

 かなり不愉快なリクエストだったが、試しに「ニャー」と言うと女は笑った。
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