第1話

文字数 1,998文字

 ここは中世ヨーロッパに似た異世界だ。
 貧乏貴族にアルノは呼び出されて、貧乏貴族の屋敷の客間にいた。

 アルノが訊ねる。
 「私を魔界探偵だと知って呼び出したのか?」
 魔界探偵とは魔女や魔法使いが就く事の出来る、魔界を調査する職業だ。悪魔と関わる事になるので、魔界を調査したいモノはそういない。
 
 「知っている。娘が行方不明になって、何処を探しても見つからない。後は魔界探偵に頼るしか……」
 「警察や探偵に相談したのか?」
 「相談した。だが一向に行方が知れない」
 「もう娘は死んだんじゃないのか?」
 「娘には護衛妖精をつけていた。護衛妖精から連絡がない。死体も戻っていない」
 「護衛妖精は旦那の持ち物か?」
 「私の妖精だ」
 持ち物の妖精が死ぬと、自動的に持ち主の前に現れてから消滅する。しかし魔界で死んだなら屍は戻らない。
 
 「それなら可能性はあるな」
 「ああ、だからアルノを呼んだ」
 「けれど、旦那に料金が払えるのか?」
 「もちろん払う」
 「私の調査料金は高いぞ」
 「分かっている。アルノへの依頼が高額と言う事くらい、誰でも知っている」
 「金が払えるなら問題ない」
 
 アルノが叫ぶ。
 「アテリナ!」
 すると、何処から湧いたのか、長身の美しい妖精がアルノの隣に立っていた。背中にはトンボのような羽が生え、キラキラと輝いている。
 それを見た貴族に驚く様子はない。妖精が名を呼ばれて、いきなり現れるのは常識だからだ。しかし妖精の美しさには驚く。
 「美しい」
 「こいつは綺麗なだけではない。魔界にいるモノを憑依させる事ができる」
 「そんな事が……」
 
 アルノが笑う。
 「もし魔界に旦那のお嬢さんがいれば、アテリナに憑依させられる」
 「憑依するだけか。連れ戻せないのか?」
 「悪魔と契約して、悪魔の花嫁になっていなければ、呼び戻しもできるが、契約していたら打つ手はない」
 しばし貴族は無言になる。

 アルノが急かして問う。
 「連れ戻せないかもしれないが、憑依させるか?」
 貴族は決断した。
 「憑依させてくれ」
 「了承(わかった)!」

 アルノがソファから立ち上がり、腰から杖を抜く。杖の先に魔法を溜めて魔法陣を作った。アテリナにその魔法陣を押し付ける。アテリナは魔法陣を押し当てられ、みるみる姿が変わっていく。そして若い女の姿になった。
 「お父様、久しぶりです」
 憑依が成功したと言う事は、ロザリーが魔界にいる証だ。
 「ロザリー、何故魔界にいるのだ?」
 「私が行方不明になった日に、大人になったからです」
 「それはつまり……」
 「初潮を迎えたのです」

 貴族は眉をひそめる。
 「大人になったからと言って、どうして魔界へ行ったのだ?」
 娘は悲しげだ。
 「30歳も年の離れた大富豪ペルノ様に、嫁ぎたくなかったのです」
 「知っていたのか……」
 「存じてます。我が家は貧乏で、借金がたくさんあります。私が大人になったら、ペルノ様に嫁ぐことで、我が家に金品が贈られると……」
 アルノは呆れる。
 「娘を売る気だったのか? 鬼畜だな」
 
 娘は言う。
 「ペルノ様の花嫁になるくらいなら、悪魔の花嫁になりたいと願い、叶いました」
 貴族は落胆の表情を浮かべる。
 「ロザリーがペルノに嫁がなければ、私は破産だ。家も途絶える」
 「安心してください。悪魔の花嫁になるのと引き換えに、今後お父様がお金で苦労しないようにと、悪魔(おっと)に願いましたから」
 悪魔の花嫁になる契約すれば、それと引き換えに希望を1つ叶えてもらえる。
 
 貴族は安堵の表情を浮かべた。
 「感謝する」
 「そろそろ限界です。悪魔(おっと)に見つかりそうです。さようなら」
 言い終わるとロザリーは消えて、アテリナの姿に戻る。
 
 ホッとした表情の貴族にアルノが言う。
 「私の仕事は終わった。代金を払ってくれ」
 アルノが請求書を渡した。
 「こんなに……」
 「初めに言っただろ。高額だって」
 「私には、初めから払う気などない」
 「はぁ?」

 貴族が廊下に向かって叫ぶ。
 「この魔女と妖精を殺せ!」
 松明と武器を持った従者たちが客間になだれ込んできた。

 「下級貴族は下卑(げび)で困る。私が魔女だからと火炙りにするつもりか?」
 アテリナが命令を求める。
 「やつらを殺しますか?」
 「貴族を殺すと面倒になる。従者だけを皆殺しにしろ」
 アテリナは腰から剣を抜くと、従者を撫で切りにしていく。従者は抵抗虚しく次々に倒れて、手に持った松明が部屋に転がり、床や家具を燃やしていく。

 恐怖に立ち尽くす貴族が、怯えた目でアルノを見ていた。それを尻目に、アルノは死んだ従者の魂を集めて回る。回収を終えると貴族に領収書を渡す。
 「従者たちの魂で料金を回収した事にする。これにて完遂(おしまい)! 旦那もこのまま燃えて死ねば、悪魔との契約通り、もう金で苦労しなくて済む。善なり(一件落着)!」
 
 笑顔のアルノは杖を振り、燃え続ける客間からアテリナと共に消えた。


  完
 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み