第1話

文字数 1,116文字

1年半片想いし続けて、最後はあっけなく終わった人にどこか似ていた彼。それだけの理由で惹かれた。


社会人になって、上京して初めての一人暮らし。右も左もわからないまま、住む部屋を探しに東京に向かった。たまたま見つけた不動産屋さんに入ると、同い年くらいの男の人が迎えてくれた。それが彼だった。

探し始めた時期が遅かったからか、希望の条件を満たす部屋はその地域では見つからなくて。

別の不動産屋さんに行こうかな。諦めて腰を上げようとしたとき、
「遠いけどここ見に行ってみますか?」
そう彼が提示してきたのは、お店から車で1時間以上かかるところにあるマンションだった。

たしかに『他に検討している駅』としてあげていた住所。だけど、新社会人というような人たちの浮かれた空気が充満する店内。すぐ隣で対応に追われる店員さんが目に入った。
「いいんですか?」
遠慮がちに聞くと、
「大丈夫です!僕が息抜きにドライブ行きたいんですよ」
そう言って彼は笑った。

ああ、似てるなあ。
片想いしていた彼も、相手の気持ちを軽くする言葉を選んで届けてくれる人だった。


車内では「ここ僕の地元なんですよ」
なんてたわいもない話をして、
「お腹すいたね」
ってごはんも一緒に食べた。

結局お店とマンションの間を2往復して、さんざん悩んでひとつめに紹介してもらった部屋に住むことにした。
帰り際、
「契約のやり取りとか、気軽にできた方が楽でしょ?」
そう言われて連絡先を交換した。その言葉の裏側にある別の浮ついた意図に気がつきながら。


思った通り、彼からは契約に関すること以外の連絡もくるようになった。

電話越しに聞こえる声のトーン、
「会いたいな」なんて期待させてくるところ。
あの人に似ていると思って接すれば接するほど、どんどん重なるような気がした。

けどそれと同じように、似てないところが見えるようにもなった。
「もう彼女だと思ってる」なんて、決定的な言葉を言ってくるところ。
他の男の子の話をしたらやきもちをやくところ。

似ているのに、違うから。
だから、彼とならうまくいくのかもしれない。

そう思って彼の告白を受け入れた。


そこから約一年半、彼と過ごした。旅行にも行ったし、なんとなく結婚の話も出たこともあった。

けど、結局はうまくいかなくなった。


別れるときはそれなりに悲しかったし涙も出たのに、今思い返すと彼のことがなにもわからないことに気づいた。

彼はなにが好きで、なにが嫌いなのか。どんなことで笑って、どんなことで泣いていたか。なにも知らない。きっとずっと、彼を通して別の人を見ていたのだろう。

今、ひとりぼっちの部屋で思う。

これからはもう二度と、誰かを通して他の人を見たりしない。


さようなら。
彼と、ずっと好きだった人。
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