第1話
文字数 1,989文字
私には――人には見えないものが見える。
それは私の中の日常で、私にとっての当たり前だった。人は、人とは違う。
そんな当然をはじめから知っていた。
他の人はそうではない、と、知ることができたのは違うことへの反発や恐れ、不安からのいじめ、迫害を何度か経験しての結果だった。
自分の知らないことはとても怖い、理解できないことはとても怖い。
知らない、わからない、それなら――いらない、と。
見えないものにしてしまう。
「おっはよう! しおりん!」
朝、駅の改札をすぎ、ホームへの階段を降り切った所で友人の郁(いく)美(み)が階段の勢いを利用しながら私にダイブしてきた。
「落ちちゃう。危ないから。」
「しぃちゃんはかったいなぁー」
「どお、学校」
「うん……、まーまーかな。」
「あんま、無理すんなよ」
「わかってるよ。」
――「えぇ、ご連絡いたします。4番線7:30分発快速○○行の電車ですが××駅で接触事故発生により只今運転を見合わせております。尚、復旧の目処は未だ立っておらず……」――
自分の待っていた電車が来なくなった知らせが構内にこだまする。
ああ、予定が崩れた。
『接触事故? どうせ自殺だろ?』
「あ、もしもしー、私。今日○○線でいくから少し遅れるねー」
『はぁー。ホントやめてほしい』
「おはようございます。高橋です。列車事故で……ええ、申し訳ございません」
『迷惑、迷惑、迷惑』
「ッチ、死ぬならよそで勝手にやれ」
『何が社会人として不測の事態を想定した行動だ、クソが。じゃあお前は俺の不測の事態を想定して行動できてたのかよ』
私の予定が崩れたように、その場で電車を待つ人たちの不平不満、溜息、どこかへ連絡を入れている声が残響になり駅が普段とは違う騒がしさをみせる。
人は思いもよらない事態や自分の思い通りにならないときにとても身勝手になる。
人は誰かの死を想起させるようなことが起こっても第一にあるのは自分の日常なのだ。
だからその日常を守るために、異常さを垣間見せることがある。
それほど余裕がなく、誰か、何かに追い立てられるように過ごしている。
私も別の方法を探さなくてはならなくなった。
「げ、タイミング悪」
「ねぇ。郁美はどうするの?」
「うー、どうしよっかなー、考え中」
「そ。遅れないようにね。私は別のを待つよ。」
「えー、このままサボっちゃおうぜー」
「ダメ。そんなこと言ってもかえるつもりもないくせに。今日はあの先輩のとこにいかないの?」
「あ、もしかして、バレてるぅ?」
「先輩、彼女いない、って。よかったね。先輩が私に教えてくれたんだ。」
「もー、違うってば! そんなんだからねー」
「そんなんだから? 私が、そんなんだから。なに?」
私は私の予定をさらに崩そうとする友人に尋ねてみた。
「アタシはわがままな人間なのかも。何か気に食わないことははっきり態度に出すし、ある程度上手くいかないことがあっても「そっか」って笑ってられる、大抵のことは何でもなく振る舞える自信もある。誰にも気づかれない。そう、そうやって上手くやってきた。でもね、あー、やっぱり駄目なものってあるんだー」
ヘラヘラしながら少し自嘲気味に答えた郁美の顔から急に表情が消えた。
「無理すんな、って何度言ったらわかってくれるの? ねぇ」
『おまえ目障りなんだよ』
私には見えないものが見える。
「言ったよね? 何度も、何度も」
『さっさと消えちゃえよ いらないんだよ』
人には、見えないもの。
「どうしたらわかってくれるの?」
『あいつ見たいに飛び降りちゃえよ』
それは、――人の心――
「わかってよ、アタシの気持ち」
『いくら虐めても平気な顔で登校してくる。アタシ何回言った? 無理すんなよ、って。いい加減、いなくなるなり、どこかで飛び降りるなりしろよ』
郁美は持っていたスクールバックから刃物を取り出すと力いっぱい私に向けて突進してきた。
「死ね!」
「わかってるよ。だから、あなたがこうするのを待っていたの。」
私は郁美が向かってくる方向で鞄を構え、刃物を避けつつ、突進の勢いを利用して郁美を反対の線路側に押し飛ばした。視覚障がい者用の点字ブロックに足をとられ、郁美は転ぶように黄色い線の外側に前のめりになる。
その瞬間、通過の列車に郁美の体が接触し、郁美の肢体は人形のように宙を舞った。
数メートルも弾かれた郁美の体は地面に打ち付けられ小刻みに痙攣しているようだ。
私はすぐさま郁美に駆け寄った。
「あなたが利用する駅を毎日使い、あなたが好きな先輩にもわざと近付いた、あなたの目に留まるように行動して、虐めたくなるように仕向けたのも私。」
「あっ……あっ……あっ……」
郁美の微かな呼吸音が声にならない音を漏らす。
「ねぇ。苦しい? 苦しいよね。もしかしたら、今ならあの子の気持ちも理解できるんじゃない?」
ま、無理か。――「じゃ、無理すんなよ。」
それは私の中の日常で、私にとっての当たり前だった。人は、人とは違う。
そんな当然をはじめから知っていた。
他の人はそうではない、と、知ることができたのは違うことへの反発や恐れ、不安からのいじめ、迫害を何度か経験しての結果だった。
自分の知らないことはとても怖い、理解できないことはとても怖い。
知らない、わからない、それなら――いらない、と。
見えないものにしてしまう。
「おっはよう! しおりん!」
朝、駅の改札をすぎ、ホームへの階段を降り切った所で友人の郁(いく)美(み)が階段の勢いを利用しながら私にダイブしてきた。
「落ちちゃう。危ないから。」
「しぃちゃんはかったいなぁー」
「どお、学校」
「うん……、まーまーかな。」
「あんま、無理すんなよ」
「わかってるよ。」
――「えぇ、ご連絡いたします。4番線7:30分発快速○○行の電車ですが××駅で接触事故発生により只今運転を見合わせております。尚、復旧の目処は未だ立っておらず……」――
自分の待っていた電車が来なくなった知らせが構内にこだまする。
ああ、予定が崩れた。
『接触事故? どうせ自殺だろ?』
「あ、もしもしー、私。今日○○線でいくから少し遅れるねー」
『はぁー。ホントやめてほしい』
「おはようございます。高橋です。列車事故で……ええ、申し訳ございません」
『迷惑、迷惑、迷惑』
「ッチ、死ぬならよそで勝手にやれ」
『何が社会人として不測の事態を想定した行動だ、クソが。じゃあお前は俺の不測の事態を想定して行動できてたのかよ』
私の予定が崩れたように、その場で電車を待つ人たちの不平不満、溜息、どこかへ連絡を入れている声が残響になり駅が普段とは違う騒がしさをみせる。
人は思いもよらない事態や自分の思い通りにならないときにとても身勝手になる。
人は誰かの死を想起させるようなことが起こっても第一にあるのは自分の日常なのだ。
だからその日常を守るために、異常さを垣間見せることがある。
それほど余裕がなく、誰か、何かに追い立てられるように過ごしている。
私も別の方法を探さなくてはならなくなった。
「げ、タイミング悪」
「ねぇ。郁美はどうするの?」
「うー、どうしよっかなー、考え中」
「そ。遅れないようにね。私は別のを待つよ。」
「えー、このままサボっちゃおうぜー」
「ダメ。そんなこと言ってもかえるつもりもないくせに。今日はあの先輩のとこにいかないの?」
「あ、もしかして、バレてるぅ?」
「先輩、彼女いない、って。よかったね。先輩が私に教えてくれたんだ。」
「もー、違うってば! そんなんだからねー」
「そんなんだから? 私が、そんなんだから。なに?」
私は私の予定をさらに崩そうとする友人に尋ねてみた。
「アタシはわがままな人間なのかも。何か気に食わないことははっきり態度に出すし、ある程度上手くいかないことがあっても「そっか」って笑ってられる、大抵のことは何でもなく振る舞える自信もある。誰にも気づかれない。そう、そうやって上手くやってきた。でもね、あー、やっぱり駄目なものってあるんだー」
ヘラヘラしながら少し自嘲気味に答えた郁美の顔から急に表情が消えた。
「無理すんな、って何度言ったらわかってくれるの? ねぇ」
『おまえ目障りなんだよ』
私には見えないものが見える。
「言ったよね? 何度も、何度も」
『さっさと消えちゃえよ いらないんだよ』
人には、見えないもの。
「どうしたらわかってくれるの?」
『あいつ見たいに飛び降りちゃえよ』
それは、――人の心――
「わかってよ、アタシの気持ち」
『いくら虐めても平気な顔で登校してくる。アタシ何回言った? 無理すんなよ、って。いい加減、いなくなるなり、どこかで飛び降りるなりしろよ』
郁美は持っていたスクールバックから刃物を取り出すと力いっぱい私に向けて突進してきた。
「死ね!」
「わかってるよ。だから、あなたがこうするのを待っていたの。」
私は郁美が向かってくる方向で鞄を構え、刃物を避けつつ、突進の勢いを利用して郁美を反対の線路側に押し飛ばした。視覚障がい者用の点字ブロックに足をとられ、郁美は転ぶように黄色い線の外側に前のめりになる。
その瞬間、通過の列車に郁美の体が接触し、郁美の肢体は人形のように宙を舞った。
数メートルも弾かれた郁美の体は地面に打ち付けられ小刻みに痙攣しているようだ。
私はすぐさま郁美に駆け寄った。
「あなたが利用する駅を毎日使い、あなたが好きな先輩にもわざと近付いた、あなたの目に留まるように行動して、虐めたくなるように仕向けたのも私。」
「あっ……あっ……あっ……」
郁美の微かな呼吸音が声にならない音を漏らす。
「ねぇ。苦しい? 苦しいよね。もしかしたら、今ならあの子の気持ちも理解できるんじゃない?」
ま、無理か。――「じゃ、無理すんなよ。」