踏み出す勇気

文字数 1,995文字

 結婚して十年。
 短大を卒業すると同時に長年付き合っていた人と結婚をした。
 私たち夫婦に未だ、子はいない。
 要らない、と言うわけではない。
 作りたくない、と言うわけではない。
 私も主人も新しい家族を迎えたいと望んでいる。
 けれど、私も主人もまだ若いから、二人のままでもいいと思っていたことも事実だ。
 主人は、十年経っても変わらず私を愛してくれる。
 私も彼を愛している。

 お互いに、

 お互いだけ。

 けれど。
 最近になって、友人達が結婚し、一年も経たないうちに新しい命が宿ったと産まれたとSNSにあげていたり、楽しげに話しているのを見ると羨ましくてたまらなかった。
 職場の孫もいる先輩に言われたことがある。
「貴女、子供は?」
「え、まだですけど・・・」
「そう。良いわよねぇ、若いって。でもね、さっさと早く子供を産んで育てないと、大変よぉ」
「はぁ・・・」
「ま、私はとっくに閉経してるからぁ、もう関係ないんだけどねぇ。貴女も早く子供作りなさいよぉ?」
「・・・そうですね」
「私ぃ、思うんだけどねぇ。男と女って子供を育ててやぁっと一人前になると思うのぉ。娘と息子を育てるの手探りで大変だったけれど、おかげで人として大きく成長できたと思うのよぉ」
「・・・そうですか」
「だからぁ、貴女も早く子供を作りなさい?でないといつまでも半人前のままだし、旦那さんも可哀想よぉ。子供も出来ない嫁を貰った、って会社できっと言われてるに違いないわぁ」
「・・・ははは」
 なんでそんなことを言われなくちゃいけないの。子が出来る出来ないって、個人差もタイミングもあるのだから、放っておいてくれればいいし、何と言ってもプライベートな話だ。他人が、経験しているからと言って安易に土足で踏み込んできていい領域ではない。私は、苦笑を返すくらいしか出来なかった。心の中は悔しさと怒りの嵐が吹き荒れていたけれど、職場の人間関係を思うと私が言葉を飲み込むしかなかった。
 私だって望んでいるのに!
 営みだってないわけじゃない。
 月の物も正常に来る。
 けれど、いつまで経っても私たちの元にコウノトリは来てくれない。
 検査に行かなくてはいけないと思う。
 原因は、私かも知れないし主人かも知れない。行かなければ分からない。
 けれど。
 分かってはいるけれど。
 どうしても、行くことが出来ない。
 心が、行きたくない、と叫ぶ。
 理由は分かっている。
 実の母親の言葉だ。私は、試験管ベビーだったという。つまりは、治療で産まれた子供だ。
 夫婦で望んで、でも自然に出来なくて、どうしても欲しいと望んで、そうして産まれたはずの私は、両親に望まれない子供だった。だから、私も受けて出来たことに負い目を感じないかといえば、自信がない。
 そこまでして子を望んで、育てることが出来るのだろうかと。
 二人の問題なのだから、不安も期待も二人で話し合うべきことだろう。

 そうして、悩んだ先は、自分へと帰結する。
 出来ない自分が悪いのだと。
 

と。
 ―――

、と。

 そんなどうしようもない自責が心の隅っこで燻っていた、ある日のこと。
 久しぶりに会う友達と会話していた時。

「私・・・出来なくて、病院、通ってるんだ・・・」

 ぽつり、と呟かれたその言葉は、重くて悲しくて辛くて、でも、新しい命を迎えるために頑張っている、彼女の気持ちが痛いほど伝わってきた。
 彼女の言葉で、悩んでいるのは自分だけではないのだと実感した。
 周りの人は、みんな普通に望むまま出来て、産んで育てている。出来ない私を遠回しに責められている様な気がしていた。だから、出来ない自分を恥じて隠して、相談も出来なかった。自分を責め続けるしか、なかった。
 彼女は、きっとそんなつもりはなかったのだろう。辛くて苦しくて、頑張りたくて呟いたのだ。
 けれど、彼女のその呟きが、私の背中をそっと押してくれた様な気がした。

「・・・ねぇ」
 ソファで寛いでいる主人に声をかけた。
「ん?」
 携帯から目を離さない主人の横に腰掛ける。じっと見つめる。深呼吸をする。
 ぎゅっと両手を握りしめる。
 私の決意に気付いてか、主人が携帯から目を離した。
「どうした?」
「・・・明日・・・」
「うん」
「び・・・病院」
「うん」
 言いたいことは分かっているのにも関わらず、私が最後まで言うのを待ってくれる。
「ついて、来て・・・くれる・・・?」
「わかった」
 ぎゅうと握り続ける私の手をそっと包み、甲にキスをし、ぎゅっと抱きしめてくれた彼の腕の中で、ほっと安心する。
 ずっと待ってくれていた、待たせてしまっていた。
「っ、あ、り、がとぅ」
 安心した為か、涙が溢れ言葉にならない。抱きしめてくれる彼に縋り付きながら泣き続けた。
 翌日、やっぱり行くの止めようかな・・・なんて怖じ気づく私を主人はぐいぐいと引っ張って病院まで連れて行ってくれた。
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