第1話

文字数 653文字

「行こうか」
この町は君には似合わない。どこか淵のようで、乾いたこの町には。

「もう少しだけ」
でも君は、そうやっていつも窓を閉めて座っている。月色の瞳にちいさなよろこびとわがままを宿して。まるで二人で世界が完結しているのを、僕に教えるみたいに。
まるで僕たちに時間がまだたくさんあるみたいに。

「ねえ」
「今日で最後にするから」
「うん」
「行かない、って聞いていい?」
「もう聞いてるじゃん」
「でも」
君が嫌がることはしたくないから。
その時まで笑っていてほしいから。
でも、二人であの何もない部屋(君も「回転率を上げたいのかな?」と良くないジョークを言っていた)から出てきて、僕の大学用に借りた安いアパートで「終わり」なのは、君は嫌じゃない?
「分かった、でもいつか分かんないから運転はお願い」

君はすごくおいしそうに何かを食べていた。同じのにしなきゃよかったねって君が言うまでは、僕は自分の海鮮のり弁が開けられていないことにすら気が付かなかった。君はずっとしゃべり続けていた。好きな曲とか、嫌な麻酔のにおいとか。もう君のことで僕が知らないことなんてないのに。僕は運転に集中しているふりをした。まるでどこかに行けば明日や明後日が優しく僕たちに与えられるかのように。こういうときに限って、僕は車を走らせることしかできなくなる。前は君が入院して、病室から僕が弾き出されたときだった。その時は海のそばの高台まででてしまって、僕は青い青い空に泣いた。君の話が聴きたいのに、ハンドルを強く握り込んでしまう。ついてしまう。旅館に。早く早く。



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