第1話
文字数 1,848文字
街灯ひとつない真っ暗な公園の樹木に背中を預け、眠っていた人間に寄生し、体を借りた。
明日から開始する地球侵略を促進するため、いずれ滅ぶであろう人間の生態を調べるのが我々レオン星人に任された指名だ。
擬態した人間の脳を分析し、個人情報を手に入れる。
こいつの名前は大津青葉。
性別は男。
年齢は十四歳。
そして、兵庫県神戸市の鈴蘭台に住まいがあることが分かった。
いつ屋根が崩れ落ちてもおかしくない古びたアパート。
家の扉を開けると、腐ったコオロギの内臓のような酸っぱい香りが漂ってきた。
足の踏み場のないほど乱雑な廊下を抜けると、部屋の奥に人の気配を感じた。おそらくこいつが青葉の母親である緑だろう。
「ただいま」
人間の言葉を使い話しかけてみると、緑はこっちを振り向いたと同時に、手元に落ちていたトマトを投げつけてきた。
「帰ってくるなって言ったでしょ!」
トマトが僕の頭に命中し、透明な液体が弾け、飛び散った。
人間は我が子にも暴力をふるう、残虐な生物であることが分かった。
夜が明け、青葉がほぼ毎日通っている学校という場所に出向いてみた。
教室に入るなり、人々の目が自分に注がれた。その眼差しには、ひどく冷たいものが感じられた。
その中でも最も青葉が恐れていた鳥田という男が席を立ち、答えた。
「お前、臭いんだよ」
鳥田に続きその取り巻き達も席を立って、青葉を取り押さえ、トイレに担ぎ込んだ。
汚水を身体に浴びせられ、便器に顔を押し込まれ、挙げ句の果てにはカエルの死骸を食えと迫られた。
幸いカエルは好物だったので、一口で飲み込むと「本当に食いやがった、気持ち悪い」とののしられた。
弱者をいじめ、差別することにより自分たちの団結力を高めているのだろう。人間は何て愚かな生物なのだろうか。
人間の生態を探るため、学校のパソコンを使い情報を集めていると、気になったサイトを見つけた。
匿名で書き込める掲示板のようなサイト。
「死のうと思っています」という大きな見出しが目についた。
それから「今まで色んな仕事をやってきましたが、自分が不器用なため、どこも長続きしませんでした。もう疲れました。最近、自分と似た境遇の人が通り魔や放火で人を殺しています。とても他人事とは思えず、自分もいずれ人を殺めてしまうのではないかと不安を感じています。だからこそ、これ以上迷惑をかけないため、私は……」と、文章は続いていた。
人を殺したり、自分を殺したり。なぜ人間は命を粗末に扱うのだろうか。僕は不思議に思った。
地球の調査は済んだ。この情報をレオン星に持ち帰って、侵略を開始せねばならない。
街灯ひとつない真っ暗な公園の樹木に背中を預け、大津青葉から借りていた体を返そうと目を閉じた瞬間、太い木の枝で殴られたような衝撃を頭に感じた。
今まで感じたことのない深い激痛。
何が起こったのか分からないまま目を開くと、予想通り僕は木の枝で頭を殴られていた。
暗くてよく見えないが、フードを深く被った黒服の集団が僕のことを見下ろし、嘲笑っている。同じ学校の連中だろうか。
そのうちの一人が僕の腹を正面から殴ってきた。強烈な痛みに耐えきれず腹を抱え地面に倒れ込むと、顔や背中に次々と蹴りが飛んできた。
今まで色んな惑星を渡ってきたけど、ここまで愚かな星は見たことがない。早く侵略を終わらせて地球に住む人間を一匹残らず駆逐してやる。
血の香りが口の中で広がり、視界が揺れて意識が飛びそうになった瞬間、遠くのほうで声がした。
「やめなさい、警察がくるよ」
こっちに近づいてくる小さな足音に、遠のいていく大勢の乱れた足音。
「大丈夫?」
誰かが僕の肩を揺すった。
僕は体を起こし、目を擦った。ボヤけた視界に少女の姿が映る。可哀想な目をした髪の長い同い年くらいの少女だった。
「……ありがとうございます。もう大丈夫です」
「うそ、血が出てるよ」
少女はポケットからハンカチを取り出し、僕の口元にこべりついた血を拭いてくれた。そのとき服の裾がめくれ、手首に刻まれた無数の傷痕が目についた。
なぜこの少女は、自分も青葉のように深い悲しみを背負っているはずなのに、その悲しみを優しさに変えることができるのだろうか。
「……ごめん……」
「えっ? なんで謝るの」
どうせだったら地球人が全員虐待やイジメ、そして人殺しや自殺を繰り返す哀れな生物だったらよかったのに。
そしたら何の罪悪感もなく地球を侵略できた。
お願いだから僕なんかに優しくしないでくれ。
明日から開始する地球侵略を促進するため、いずれ滅ぶであろう人間の生態を調べるのが我々レオン星人に任された指名だ。
擬態した人間の脳を分析し、個人情報を手に入れる。
こいつの名前は大津青葉。
性別は男。
年齢は十四歳。
そして、兵庫県神戸市の鈴蘭台に住まいがあることが分かった。
いつ屋根が崩れ落ちてもおかしくない古びたアパート。
家の扉を開けると、腐ったコオロギの内臓のような酸っぱい香りが漂ってきた。
足の踏み場のないほど乱雑な廊下を抜けると、部屋の奥に人の気配を感じた。おそらくこいつが青葉の母親である緑だろう。
「ただいま」
人間の言葉を使い話しかけてみると、緑はこっちを振り向いたと同時に、手元に落ちていたトマトを投げつけてきた。
「帰ってくるなって言ったでしょ!」
トマトが僕の頭に命中し、透明な液体が弾け、飛び散った。
人間は我が子にも暴力をふるう、残虐な生物であることが分かった。
夜が明け、青葉がほぼ毎日通っている学校という場所に出向いてみた。
教室に入るなり、人々の目が自分に注がれた。その眼差しには、ひどく冷たいものが感じられた。
その中でも最も青葉が恐れていた鳥田という男が席を立ち、答えた。
「お前、臭いんだよ」
鳥田に続きその取り巻き達も席を立って、青葉を取り押さえ、トイレに担ぎ込んだ。
汚水を身体に浴びせられ、便器に顔を押し込まれ、挙げ句の果てにはカエルの死骸を食えと迫られた。
幸いカエルは好物だったので、一口で飲み込むと「本当に食いやがった、気持ち悪い」とののしられた。
弱者をいじめ、差別することにより自分たちの団結力を高めているのだろう。人間は何て愚かな生物なのだろうか。
人間の生態を探るため、学校のパソコンを使い情報を集めていると、気になったサイトを見つけた。
匿名で書き込める掲示板のようなサイト。
「死のうと思っています」という大きな見出しが目についた。
それから「今まで色んな仕事をやってきましたが、自分が不器用なため、どこも長続きしませんでした。もう疲れました。最近、自分と似た境遇の人が通り魔や放火で人を殺しています。とても他人事とは思えず、自分もいずれ人を殺めてしまうのではないかと不安を感じています。だからこそ、これ以上迷惑をかけないため、私は……」と、文章は続いていた。
人を殺したり、自分を殺したり。なぜ人間は命を粗末に扱うのだろうか。僕は不思議に思った。
地球の調査は済んだ。この情報をレオン星に持ち帰って、侵略を開始せねばならない。
街灯ひとつない真っ暗な公園の樹木に背中を預け、大津青葉から借りていた体を返そうと目を閉じた瞬間、太い木の枝で殴られたような衝撃を頭に感じた。
今まで感じたことのない深い激痛。
何が起こったのか分からないまま目を開くと、予想通り僕は木の枝で頭を殴られていた。
暗くてよく見えないが、フードを深く被った黒服の集団が僕のことを見下ろし、嘲笑っている。同じ学校の連中だろうか。
そのうちの一人が僕の腹を正面から殴ってきた。強烈な痛みに耐えきれず腹を抱え地面に倒れ込むと、顔や背中に次々と蹴りが飛んできた。
今まで色んな惑星を渡ってきたけど、ここまで愚かな星は見たことがない。早く侵略を終わらせて地球に住む人間を一匹残らず駆逐してやる。
血の香りが口の中で広がり、視界が揺れて意識が飛びそうになった瞬間、遠くのほうで声がした。
「やめなさい、警察がくるよ」
こっちに近づいてくる小さな足音に、遠のいていく大勢の乱れた足音。
「大丈夫?」
誰かが僕の肩を揺すった。
僕は体を起こし、目を擦った。ボヤけた視界に少女の姿が映る。可哀想な目をした髪の長い同い年くらいの少女だった。
「……ありがとうございます。もう大丈夫です」
「うそ、血が出てるよ」
少女はポケットからハンカチを取り出し、僕の口元にこべりついた血を拭いてくれた。そのとき服の裾がめくれ、手首に刻まれた無数の傷痕が目についた。
なぜこの少女は、自分も青葉のように深い悲しみを背負っているはずなのに、その悲しみを優しさに変えることができるのだろうか。
「……ごめん……」
「えっ? なんで謝るの」
どうせだったら地球人が全員虐待やイジメ、そして人殺しや自殺を繰り返す哀れな生物だったらよかったのに。
そしたら何の罪悪感もなく地球を侵略できた。
お願いだから僕なんかに優しくしないでくれ。