一

文字数 1,138文字

 今の御時世(ごじせい)となると、都が荒れて人が其処(そこ)ら辺で()えている。後から人間の話を盗み聞きしたのだが、飢饉(ききん)とか云っていた。(だから)、幾らニャー、ニャーと鳴いたって誰も食い物なんてくれはしなかった。食べれるものとすれば、溝鼠(どぶねず)が私に(おび)えて置いて行った餌のみである。()れは()い。でも大抵は塵芥(ごみ)(ばかり)(だから)まぁ不味(まず)い。
 都を歩くと、道の両脇に人が襤褸襤褸(ぼろぼろ)の着物を着て横たわっている。()は、(ほとん)ど開いていない。でも死んじゃいない。穴の多い、此れも又襤褸襤褸の(むしろ)を敷いている。(ひげ)の量が凄い。関公(かんこう)と競える程だ。都の道をずぅっと歩いて行くと曲がり角がある。其処を曲がった先の家々は他の家より余程(よほど)壊れている。恐らく戦火が酷かったのだろう。私は此処(ここ)の空き家に勝手に居座っている。別段(べつだん)迷惑も何も無い。燃えて真っ黒染めで人も住めないほどなの故。曾雌(そし)て、此の辺りには魚屋の男が(くるま)を押してやってくる。此の男は金持ちらしい。私は、成程(なるほど)故あんなにも苛立(いらだ)つような顔でやってきて、人が買えないような金を求めるのか。彼の男は存外自慢が好きな様で、俥を押して来れば飢えた庶民が買えない様な値段で魚を売り付けてくる。庶民が
其様(そんな)値じゃ、誰も買えねえや」
 と文句を云って、安くしろと云う。魚屋は嘲笑(あざわら)って「貧乏野郎共め」と罵詈(ばり)を浴びせてスタスタと帰っていく。大変胸糞(むなくそ)悪い奴である。故、此の間やって来た時に、胡麻鯖(ごまさば)を多めに盗んでやって、
()れ、無い、無い」
 と焦っていた姿は最高だった。庶民が、私が魚を盗んでいる所を見たとしても、皆彼奴(あいつ)(きら)(だから)何も云わない。其れ(どころ)か、私の真似をする者迄現れた。最近は、親が仔に、私が魚を盗んでいる所を見させて、同じことをさせているのを見掛けた。(とて)も面白い物故(もんだから)、何時しか魚屋が来るのを皆で楽しみに待つ様になった。
 とは云え、此処(ここ)の都の郊外が余程古くて貧しいのは重々承知している。何故飢饉が起きたかは存ぜぬが、人間(いわ)く、天災だ天災だと自棄(やけ)に騒いでいる。
 (ちな)みに、私は遂最近(まで)、都近くの山村に棲んでいたのだが、其処が余りにも、何というか、莫迦(ばか)げた村だったので、都の方が()いだろうと思って山村を捨て此処迄来たのだ(実際、(ほとん)ど変わらなかったが)。第一、畑が小さい。(だから)、作物も少ない。第二に、土地が物凄く悪い。近くに河川がある。一寸(ちょっと)でも雨が降れば洪水になる。少々の地震でも山が崩れる。雪でも積もれば雪崩(なだれ)が起きる。私が村を出ていく一月前(ひとつきまえ)、雪崩で一つ二つ程、家が(つぶ)れた。如何して此様(こんな)所に村を建てたのか、建てた奴の(おろ)かさは計り知れぬ。
 兎角、此前の村や、今居る此の都も、古くて貧しい所に何時迄も棲んでいたら、(いづ)れ私は死ぬ。死んでも(魚を盗みに盗んだから)屹度(きっと)、浄土には行けぬ。浄土に行けないのは(いや)なので、私は此処(ここ)を離れることにした。
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