通訳業でヒルズ族

文字数 1,148文字

『何でも屋は全てを投げ出した』


 確かに俺は何でも屋だ。
電話1本なんでもやります!
このキャッチコピーで営業している。
だが何でも「やる」のであって何でも「できる」訳ではないのだ…。
今俺は俗に言う無茶振りの被害にあっている。

 事の顛末はこうだ。

 朝イチでかかってきた電話。
呼び出された先は都内の一等地にある三ツ星ホテルの最上階。
イカツいボディガードに身体検査を受けた俺が通された部屋には、いかにもな見た目のTHE・石油王が執事と愛犬と共に待ち構えていた。
サッと俺に近づき耳打ちをする執事。
依頼内容を聞かされた俺は己の耳を疑った。

「…ご主人様は愛犬との会話をご所望です」

「はい?」

「…ですから、あなたに通訳をしろと仰っておられます」

「あのー、はい?」

「…あなたのお気持ちはお察ししますが、このお方は強大な権力をお持ちの御人です。お気を損ねるような事があれば、あなたの国から石油が消えかねませんよ?」

「マジでございますか?」

「…マジにございます。ですがお気に召した際の報酬もガチにございます」

「どのくらいガチでございますか?」

「…六本木ヒ○ズに引っ越せるかと」

「この依頼、謹んでお引き受けいたします」

 やるしかない。この大仕事を。
 俺は…六○木ヒルズに住みたい…!

 幸い俺と石油王の間には高い高い言葉の壁がそびえ立っている。
そうだ。人を楽しませようとする心さえあれば言語など必要ない。
なぜならこの世界の共通言語は、英語ではなく笑顔なのだから…!
つまり身振り手振りのボディランゲージで石油王を楽しませる。
それさえ成し遂げれば俺はヒルズ族にクラスチェンジできるのだから…!

 目を閉じて、深呼吸をする。
 今の俺には笑いの神が憑依している。
 そう自己暗示をかける。
 意を決した俺は第一声を発した…!

「オ、オーウ…! ディス イーズ… ベリベリ プリティ ドーッグ アーハーン?」

 そこから先の記憶がない。
意識が戻った俺の前には、腹を抱えて笑い転げる石油王と、ゴミを見るような目で俺を見つめる執事、ホテルのカーテンをズタズタに引きちぎるバカ犬が居た。

 一体なにをしたんだろう。俺。
まぁいいや。石油王の笑いのツボがイカレてて助かった。成し遂げたぜ…。

 達成感に浸っている俺の前に執事が歩いてきて、再び耳打ちをする。

「…ご主人様はあなたの猿芝居が大変お気に召したようで馬鹿笑いをしておられました。今度はパンダと話してみたいそうです。金ならいくらでも出すと仰っておられますが、いかがなされますか?」

その言葉を聞くやいなや食い気味でスマホを取り出し…


『彼はパンダへ連絡を取った』
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