私信

文字数 4,599文字

私は54歳の男性であり、私の仕事は公園で人々に罵倒されたり殴られたり唾を吐きかけられたりバケツに入っているドブ水を浴びせられたりすることで、そのことはインターネットに記載されているし、お望みならばそこに記載されたダイヤルに電話してもらえれば、あなたは私に対して上述したような行為を有料で行うことができる。

あなたが有料で様々なことができるのは事実であり、そのことはインターネットに記載されているのだから、あなたは否認することなく事実を認めるべきなのだろう。

私は54歳の男性であるわけだが、かつて若くイケメンであったということや、派手な女性遍歴を繰り返してきたことなど、これらが実際にあったことなのかわからない。何かそんなことがあった気はするが、それは経験したわけではなく、どこかでそのような情報を得ただけなのかも知れない。思い込みか妄想か。確認したいが、そのことは残念ながらインターネットに記載されていない。あなたは知らないだろうか。

《刑務所で知り合った中川義秀という男。背が高く全身の筋肉が発達。眉が濃くて彫りの深い顔立ち。雄臭い雰囲気をムンムン漂わせている色男だった。「お前、いいケツしてんな!」中川にすれ違いざま尻を揉まれ、肩を掴まれ、強く抱きしめられた。濃厚な甘い雄の香りが私を眩惑した。中川は私にキスした。中川の熱い舌が、濃厚な甘い雄の香りのある唾液が、私の口腔を満たした。「愛しているよ」中川は甘い声で囁く。私たちは同じ部屋だった。全裸で朝まで抱き合う。私は中川の官能的な胸毛に顔を埋める。中川の濃厚な甘い雄の香り。「ぼくも愛しているよ」私が言った。自分の声が酷く幼い声になっているように思って、恥ずかしかったけれど、言わずにはいられなかった。「すごく好きだよ」二人は見つめ合い、濃厚なキスを交わして。夜がそのまま明けていく。熱くとろけるような愛の時間が過ぎていく。裸の胸をくっ付け合う。互いの心臓の音を感じるのだ。二人の唇はくっついたままである。甘い愛の唾液を交換し続けて。》

《「愛しているよ」とかフィクションならともかく、生きている現実の人間が言うだろうか? 熱いまなざしで見つめ合い、唇を重ねて? そんなことがあり得るのだろうか? 疑問である。間違いなく中川義秀などという人物は存在しないし、この刑務所のエピソードも夢物語でしかない。《濃厚な甘い雄の香り》や《官能的な胸毛》《熱くとろけるような愛の時間》《甘い愛の唾液》などのワードからわかるのはこれを書いた人間が《非常に性的に飢えている》ということだろう。書いた人間の《現在の状況》に存在しないそれらを連呼することで埋めようのないものを埋めようとしたのではないか。》

《その解釈は全くの妄想以外の何物でもないと断言できます。私は中川と私自身の愛の物語を単なる《性的に非常に飢えている》人間が書いた《欲求不満の産物》だと言われたことについて、非常に怒っています。この解釈を行った人間は自分が《濃厚な甘い雄の香り》や《官能的な胸毛》《熱くとろけるような愛の時間》《甘い愛の唾液》という言葉を読んだ時にエロチックな衝動に駆られたというだけで、これらの言葉自身が自分自身だけでなく、ほとんどの他者にとってもそのように解釈されうるものだと思い込んだのです。とんでもない《妄想癖》の持ち主であるこの解釈を行った人間を私は許すことができない。しかもこの人物は当該の論評を行った後で執拗に私に対してストーキング行為を行い、路上で《非常に汚らしい卑猥な言葉の羅列》を投げつけたり、私が仕事から帰るとこの人物がなぜか私の部屋のベッドに全裸で寝ているということがあったり、非常識なことを散々やっているのです。この人物は全裸の状態で私の部屋の私のベッドに寝ていて、目を開けると「俺が中川だよ。俺こそがお前の中川だろ」と何度も繰り返し言いました。しかし、この男は《中川ではない》のです。それは明らかなことです。この人物は非常に痩せていて、あばら骨が浮き上がっていて、中川のような逞しい体躯ではありません。私が「あんたいい加減にしなよ!」と怒鳴りつけると当該人物は一瞬泣きそうな顔、すなわち目を潤ませて眉を八の字にして下唇を突き出すという顔をしてから「バカ!」と叫んで全裸のまま私の部屋から逃走しました。》

時には我を忘れて「エロいことをしたいんだ!」と路上の真ん中で叫び出したい気持ちはあるものだ。私は54歳の男性であるけれども、それは関係ない。叫び出したい気持ちがあるかないかにおいて、それは関係ない。

下劣な内容の物語は唾棄しなさいと、夕方、街中を歩いていたら白髪の老婆に言われた。そんなことが可能だろうか。気品に溢れ優美な官能を備えた馨しい物語を語るのだということが。老婆は白いビニール袋に大量の缶ビールを詰め込んでいて、険しい形相で私を見た。今にも、ビニール袋から缶ビールを取り出してこちらに思い切り投げてきそうな気迫を感じた。

その白髪の老婆とは知り合いでもなんでもなかった。もしかしたらあなたの知り合いなのかも知れないと思った。だとしたらしっかりと対応すべきだったのだろう。その後、何度か同じような場面が繰り返された。すなわち、私が夕方の時間帯に街中を何の目的も持たずに歩いていると白髪の老婆に遭遇し、決まって険しい形相でこちらを見ては、何かしらの言葉を投げかける、という場面である。その際、私から何かを言うことはなかった。老婆には暴力的な雰囲気が満ち溢れていて、それが怖かった。殺されたくなかった。誰だって殺されたくはない。あなたもそうではないだろうか。死ぬのは嫌だ。死にたくない。毎日、そう思いながら人は生きているものではないか。

仕事終わりに複数の仲間とビヤガーデンに行ってギャアギャア騒いでいるような世の中の主流派を全員殺す。それは私が言ったことではない。街中でイチャイチャしながら腰をくっつけ合って酷くゆっくりと歩いては何ごとかを囁き合いニコニコと喜びを剥き出しにしているカップルをバールのような鉄製器具でめちゃくちゃに叩きまくり撲殺して血溜まりに沈めてやりたい。それは私が言ったことではないのだ。私には公園で転んで膝を擦りむいて泣いている子供を慰めて、その傷ついて血を流している膝をペロペロと舐めてあげるくらいの人間としての情があるのだ。その私が言うわけがない。あなたにはそのことを十分に理解してもらいたい。

公園には砂場がある。そこでは母親と小さな娘が砂遊びをしていた。娘が小さな青いプラスチックのシャベルを使って砂の山を作っていた。母親は娘の名前を盛んに呼びながら笑い、娘の頭を優しく撫でていた。美しい家族愛の風景だ。こういう風景が繰り返し、私の前には現れた。それを見て、幸せそうな人々だ、とかそんなことを言うと、いや、あの人たちにだってあの人たちなりの不幸がきっとあるよ、見た目で勝手に幸せとか判断してはいけないよ、などと言ってくる人間がいるのだ。私は実際に経験したことかもはや定かではないが、一度、そういうふうに言ってきた人間の腹を鋭利な刃物で刺して殺害してしまったのではなかったか。それで、十年とか、それくらいの期間、刑務所にいたのではなかったか。そんな気がした。それも思い込みや妄想の可能性があるが、問うても仕方がないことだ。

私は54歳の男性だ。汚れた臭い緑色のコートを着ている。頭はボサボサだ。目の下や頬が弛んでいて、かなり高齢に見えるだろう。あなたは公園で見かけたことがあるのではないか。それは私だ。見たことがないなら、インターネットのストリートビューで公園を見てみるといい。ぼろぼろのベンチに私は腰掛けて拾ったエロい雑誌を凝視しているから。

あなたは知らないかも知れないが、私は54歳の男性で、苦労を重ねて来たために大変に老けて見えるが、性欲は衰えていないのである。インターネットに記載されているエロい体験談をインターネットカフェで読み、叫び声をあげながら射精したことを、若い、大変若い学生みたいな店員に咎められ、お前は出入り禁止だ、死ね、と宣告をされたのだが、あなたはその時にどこにいたのか。私はその時に酷く気分が悪くなった。悲しみが込み上げて来てあなたが男だったか女だったか思い出せなかったが、あなたに抱いていて欲しかったというのに、あなたはどこにいたのか。深夜1時過ぎだったが、あなたはもしかしたら私と同じように、インターネットに記載されているエロい体験談を読んでいたのではないか。確認して欲しい。

あなたは有料ではなく無料でも、様々なことができる。そのことはインターネットに記載されているわけで、あなたはそのことを否認するべきではなく事実を認めるべきであり、それこそ潔い清潔感のある昔ながらの日本人としての美しい振る舞いなのだ。

潔くあなたは私をあなた自身の部屋に招待し、私の汚い垢だらけの体をあなた自身の清潔な手で洗うのだ。

そうだ。少しのエロい体験も混ぜながら。

しかし私が公園のベンチに座りエロいことを考えているとほとんど必ずと言っていいほど、黒い大きな犬がやってきては私の脚に噛みつくのである。私が悲鳴をあげると、若い男女がにやにやしながらスマートフォンでその様子を撮影する。何回か繰り返された光景だ。

公園にあるぼろぼろのベンチに私が座っていることは、インターネットのストリートビューで確認できるわけだが、私が私に群がる鳩を愛していることを、あなたは知らないだろう。貴重な食糧であるコンビニで購入したコッペパンを千切って、鳩たちに向かって投げるのだ。鳩たちは夢中になって啄む。その様子が可愛らしくて、私はいつでも微笑みを浮かべてしまう。そのことをあなたは知らないはずだ。そのことはインターネットには記載されていないからだ。

あなたは知らないことが多すぎる。あなたはやはり私をあなた自身の部屋に招待するのが良いのではないか。私は54歳の男性だから、それなりにあなたに教えられると思う。若い頃や幼い頃の記憶はほとんど曖昧だが、それでも、何かを言うことはできるだろう。

疲れて来た。臭い体だ。これが私の体だということが、あまりにも厳しい現実に思える。おっさんは死ねとか、おっさんを愛する人はいないとか、そういうことを、もう数十年言われ続けている。もしかして、あなたもそうだろうか。

黒い大きな犬がまた来ている。こちらを見ている。濡れた目だ。そこに感情は全くないように思えた。何を考えているのか。こっちに興味を持たないで欲しいと、いくら表明しても通用しないだろうことが、はっきりと理解できる目をしていた。嫌な感じだ。

噴水に夕焼けの光が反射して、オレンジ色の煌めきが空中を舞う。これが気品に溢れているということなのだろうか。

パンツの中に手を入れ、股間を触ると陰毛の感触がある。パンツから手を出して、指先のにおいを嗅ぐ。吐きそうだ。私はそうやって数十年生きていた。あなたもたまにはパンツの中に手を入れて、指先のにおいを嗅ぐと良い。何が良いのか、もはやわからないが。

私はそうやって数十年生きていた。遠くで盛んに犬が吠えた。近づいてくる。

私は明後日が55歳の誕生日であるわけだが、私は私がそれまで生きているということを断言することができない。
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