父ちゃんは魔王の手先 ── 完 ──

文字数 1,950文字

 その日、マサくんは子供ながらに尋常ならざる雰囲気を感じ取っていた。
 朝からお父さんもお母さんも普段と変わらないようでいて、どこか影を落とした顔をしている。意識的に平静を装っているように息子であるマサくんには見えたのだ。

 理由を知れたのが昼食後のこと。
 怒られる前に宿題を終わらせようかと思っていると、マサくんはお母さんに呼ばれた。
「マサくん、ちょっとおいで」
 マサくんは少し嫌な予感がしたものの、言われるがままリビングへと向かうと、いつもは食後になるとすぐに横になってしまうお父さんがテーブルの席に着いていた。
「マサくんも座りなさい」
 神妙な面持ちをしたお母さんに促され、マサくんは言う通りにした。

 先程まで楽しく食卓を囲んでいたのに、今は一転して空気が重い。
「どうかしたの?」
 マサくんは思い切って尋ねた。
 すると、お母さんが躊躇いながらも口を開く。
「あのね、マサくんにとても大事な話があるの」
 それだけで嬉しい話ではないとマサくんはわかった。
 だけどお母さんはなかなか言葉を続けようとない。暫くの間、居心地の悪さに場を支配された。

「父ちゃんな、明日には死ぬかもしれん」
 沈黙を破ったのはお父さんだった。

 どうして──と、頭の中で言葉が巡るものの、マサくんは衝撃のあまりに声を発せない。

 そんなマサくんの様子を見かねたようにお父さんが言葉を続ける。
「どうにもな、明日の夕方頃にも勇者御一行が魔界エリアに到達する予測みたいでな。父ちゃんは先遣隊としてその対応に当たらないかん。だからな、父ちゃんはたぶん、そこで……」
「そんなの嫌だッ‼」
 マサくんは事情を察し、叫んだ。
 両親は息子をなだめようとするも、言葉が見つからない。
「父ちゃんいつも言ってたじゃん! ここんところの魔王様は近年稀にみる調子の良さだって! 勇者なんて来ても返り討ちにしてくれるだろうって!」
「嘘ちゃう! それは……嘘やない。魔王様なら必ずや勇者なんて倒してくれる。ただ、父ちゃんはその前に勇者たちとまみえんねん。それが父ちゃんの仕事や」
「じゃあなんで魔王様は先陣切って戦ってくれないん⁉ 父ちゃんたちなんか死んでもええっての⁉」
「魔王様だって好きで犠牲を出したいわけやない。何ごとにも役割ってもんがあるんや。さすがの魔王様だってな、いくら調子ええからっていきなり勇者共と戦ったら無事では済まんかもしれん。相手だって準備万端の本気や。もし先に魔王様がやられでもしたら、結局のところ魔界も終わりんなる。だからそうならんように、父ちゃんみたいなんが最初に勇者たちとまみえ、相手のクセだとか装備状態を調べたり、体力なんかを削って魔王様が有利に戦えるようにしとく必要があんねん」
「体力なんてすぐにアイテムで回復される!」
 マサくんは言った。咄嗟に出た言葉だった。
 直後、我に返る。
 お父さんの気に障ってしまったのではないか。そう思い、お父さんの顔を覗き込むも、お父さんは却って柔和な顔を見せていた。
「アイテム消費させんのも立派な仕事やで、マサ」
 そう言ってお父さんはマサくんの頭を撫でる。
 ワガママを言ったのに、こんなにも優しくされる理由がマサくんにはよくわからなかったけれど、お父さんが何かを伝えようとしていることだけは感じ取れた。

「……だから今日のお昼は唐揚げだったん?」
 マサくんはお母さんを見遣る。
 唐揚げはお父さんの大好物だったものの、中性脂肪の値が高いお父さんの健康に配慮し、いつもは特別な日にしか食べられないものだった。
「それは、たまたま肉が余っていたからよ」
「そう……なんだ」
 マサくんは少し悲しい気持ちになった。お父さんが死んでしまうだけでも悲しいのに、泣きっ面に蜂とはまさにこのことだと思った。

「大変だ!」
 ふと、玄関のドアが勢いよく開かれ、外から現れた男が言った。町内会主催のお祭りで何度か見たことのある顔だった。
「勇者たちが予測よりも早く到着しそうらしい! 俺たちにも召集が掛かった!」
「なんやと‼」
 お父さんが驚き、立ち上がる。
 男の発言の意味はマサくんにも理解できた。
「父ちゃん……」
「ゴメンなあ、マサ。最後に一緒に遊んでやりたかったんやけど、父ちゃん、もう行かなあかんらしい」
 お父さんは男の後を追うように外へ出ると、一度だけ立ち止まる。
「母ちゃんのことは頼んだぞ」
 そう言ってお父さんは行ってしまった。
 振り返ることはなかった。
 背中で語っているのだと、マサくんは幼いながらも本能的に悟った。だからお父さんを呼び止めることも、泣き叫ぶこともせず、その勇敢な背中を黙って最後まで見つめた。

 ──任せてよ、父ちゃん。

 と、その言葉を胸に秘めながら。


 翌日。マサくんのお父さんは勇者一行を見事討ち倒し、出世した。

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