第3話

文字数 748文字

 この二天使は、神からのお覚えめでたいものでなくて、中途半端なものだったから、至高天使にのぼりつめる望みは絶たれていた。中程度のポジションで日々のつとめを果たしていれば、天国での暮らしは未来永劫穏健につづけていけるのだが、そんな腐った生き方をするよりはと、思い切って人間界に天下ることに意を決したのであった。
 そして人間界での彼らの今後をピカッと輝くものにするには、決闘で影の男に負けてもらうことが必要だった。
 影の男の話などに影響を受けるようなことはないだろうが、二天使として、彼の話しなどで時間をムダにしたくなかった。天上とちがい、地上の時間は有限であるべきものだったから、彼らはヤキモキしたのである。
 が、そのヤキモキした感じは無視して、
「チョイ待て」と影の男はその巨体をベッドから下ろすと、頭は天井すれすれに、敷居では身を折って隣室にいき、小型セラーからボルドーの赤を取り出してきた。「のどが渇いたんでな」
 そして寝室に立ったまま、コルクはもとよりボトルのガラスまで、バリバリと食べてしまった。ワインは赤い球体となって空中にとどまった。ボトルを食べ終わった影の男は、表面をうにゃうにゃ波打たせるそのボールを大きな掌につかむと、開け放たれた窓から外へと投げつけた。
 ワインは四階下の駐車場の地面にハジけると、殺され流された人間の血が恨みの叫びをあげるように、おぞましい声を発した。
 二天使は顔を見合わせた。これは面倒なことになりそうだ、と。いったいボトルの中身はなんだったのだろう? そして目だけ白く、ほかは漆黒の影としかいいようのない暗さの、異様にたくましいこの男は何者なのだろう?

 男とも女ともつかない叫びは、地表ひろく聞くもの皆に恐怖を反響させ、やがてチャコール色の雲が空をおおった。
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