第1話

文字数 1,990文字

『変身!』
 テレビの中のタクがこぶしを突き上げると、空から降ってきた光がタクの体を包み、タクは『ブラック』に変身した。
 タクこと西尾拓海は、私・北原愛花の幼なじみ。この番組に出演してから人気急上昇中の新米俳優なんだ。
 昔は人見知りで、私の後ろに隠れてばっかりだったんだよ? そんなタクが「おれは変わりたい」って言って、モデルのお兄さんの後を追って芸能界に入ったときは、びっくりしたよ。普段あんまり表情を変えないのは、今もだけどね。
 東京でお兄さんと二人暮らしをしながら、タクはすごく頑張ってた。だからこれに出ることになったときは、ほとんど感情が表に出ないタクでもものすごく興奮してたんだ。
 ……でも、人気が出るのはうれしいことのはずなのに、私の心はなんだかもやもやしてる。大事な幼なじみの活躍も喜べないなんて、私、どうかしてるよね。
『おれは咲月が好きだ。でも咲月はな、武流、おまえのことが好きなんだよ』
『和馬……』
『だから先に行っておまえが助けるんだ! ここはおれが食い止める!』
 この会話を聞いて、わたしの心はまたもやっとする。
 いや、だからなんでよ! タクが演じる和馬は咲月が好きなのに、両想いだからってレッドの武流にかっこいいところを譲ったんだよ? めちゃくちゃいいシーンじゃん!
 本当に私ってば、どうしちゃったんだろう。
 私は胸の中のもやもやを吐き出すようにため息をついて、隣のクッションにばふっとダイブした。

『アイちゃん、どーしたの? ないてるの?』
 膝に顔をうずめる私の上に降ってきたのは、タクの声。
 小学校低学年ごろの、初夏のある日。
 午前中に二人で遊んだ原っぱに、大事なキーホルダーを落としちゃったんだ。家に帰ってから気がついた私は午後に一人で探しに来たんだけど、さっぱり見つからなくて。そんなときに来たのが、タクだった。
『たっくん、もういいよ。あいか、がんばってさがしたもん』
 私がそういってもタクは黙々と探し続けてくれて。
『アイちゃん、あったよー!』
 うれしそうな声が聞こえてきたのは、原っぱが赤く照らされるころだった。
 普段は私にくっついてばかりでいつも私がお姉さんぶってたけど、その時のタクは、すごくかっこいいヒーローに見えたんだ。

 ――なんて昔のことを思い出していたら。
「久しぶりに、来てみちゃった」
 あの日と同じように原っぱに座った私のひとりごとは、初夏のさわやかな風に流されていった。
 さわさわと揺れる、若々しい色の草。
 でもそんな気持ちのいい原っぱでも、私の心はもやもやしたまま晴れない。
 なんなの、この気持ち。
「はぁ~……」
 深いため息をついて、私は顔を膝にうずめた。
「アイ? ど、どうしたんだよ、泣いてんの?」
「え……」
 耳に飛び込んできた聞こえるはずのない声に、私はバッと顔を上げた。
「あ、泣いてなかった」
 混乱する私の目の前にタクの顔のドアップが出てきて、私の腰が数センチ浮く。
「な、なんでタクがこんなところに……?」
「ちょっと休みができたから」
 いつもみたいに短く、感情のあまりない声でタクが答える。
 普段はこんなんなのに、よく演技できるよね……じゃなくて。
「だから、なんで帰ってきたのよ」
「アイの顔が、見たくなったから」
 また涼しい顔でそんなことを言うタク。
 たんたんとした言い方に、いつも通りだってわかってるのになぜか今日はカチンときた。
「どうして私なの? 芸能界なんて、私よりかわいくてきれいな人、たくさんいるじゃん」
 自分の口から飛び出た言葉に、自分でびっくりする。
 なんで私、芸能人なんかと比べてんの。
 もう、自分で自分が何を考えてるのかわからな――
「え、アイ、やきもちでも焼いてんの?」
 タクの抑揚のないその言葉が、やけにすとんと心の中に落ちた。
 ……そっか。私、ずっとやきもち焼いてたんだ。みんなのヒーローになっちゃったことに。好きだと叫んでいることに。
 私はいつの間にか、タクのことが好きになってたんだ……。
「どうした? ぼーっとして」
「あっ、ううん。なんでもないよ!」
 再び顔を覗き込んできたタクを見て、私の心臓は急に鼓動を速めた。
「まあ、今日は何ともなかったみたいだけどさ。もしそこで膝を抱えて泣くようなことがあったら、呼べよ。すぐに駆けつけるから。おれはアイのヒーロー、なんだろ?」
「――っ!」
うそ、タクにそんなこと言ったこと、あったっけ!?
「あ、そうそう。おれ、明日の始発で帰るから」
「言ったそばから!?
「しょうがないだろ、本当にアイの顔を見に来ただけなんだって」
 さっきも言われたことなのに、急に恥ずかしくなってくる。
「よ、よく平然とそんなこと言えるね」
「おれが無表情なのは昔からだろ」
「そうだけどさー」
 むうっと唇を尖らせると、タクは小さく笑った。その笑顔がいつもよりもまぶしく見えて、私も笑顔を返したんだ。
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