第1話
文字数 1,351文字
藍とブルーサファイアの空
ぼくたちは、お互い、青色にちなんだユーザーネームをもっていた。
入学式を終えて、ちょっと友達作りに迷った夜、こぼした一言から始まった関係だった。次の日には、こんなやりとりをしたけれど。
『ともだちできたよ』
『こっちも』
特に惹かれ合ったというわけではなかったと思う。ただ話題が合ったというだけの関係だった。学校も友人関係も普通に楽しかったし、気が向いたら言葉を打つくらいで、互いにのめり込むこともなかった。誰だって、そんな相手の一人や二人、手の中にあるんだろうとも思っていた。
けれど、三年という時間が過ぎた頃には、道ばたで拾った画像をDMで見せ合ったり、人間関係のちょっとしたことや、進路のことなど、悩みを語り合う仲になっていた。
そして明日、卒業式という夜。
気づけばぼくたちは、どちらからともなく、別れの予感を切り出していた。
三年という時間のせいでぼくたちは、顔も知らない、声を聞いたことさえもないお互いのことでも、大切に思い始めていた。一方で、あした、一歩を踏み出す自分たちが、その後も、今までのようにお互いを大切に思えるか、不安になってもいた。新しい環境に身を置いたとき、また三年前のように、他愛のない言葉から始めてもいいのかという疑問が、鎌首をもたげていたのだった。
だから、どちらからともなく、口にしていた。
卒業したら、ぼくたちの仲も卒業しよう、と。
表情も、声も、瞳もない文字が、手の中の画面で頷いた。
胸がざわついてきて、慌てて続きを打った。
卒業式の後は、忙しいから、朝、一度だけ挨拶しよう、と。
『いいよ』
その言葉を待って、それきり指は動かなくなった。
画面が勝手に暗くなり、黒いガラスに映り込んだ自分の瞳は、絶望を見ているように濡れていた。
朝。
最後の制服に袖を通して、鏡を見て、玄関を出た。
昨夜の喪失感は、後悔とも悲しみともつかないものに変わっていた。それなのに、約束は忘れていなかった。
なんて挨拶をしよう。
おはよう?
とうとうだね?
足もとを見て歩きながら、ポケットの中でスマホを意識していた。
もしかして、このまま、しまい込んでしまった方がいいのかもしれない。そんな風に弱気にもなった。
でも。
そうだ。
気づいてしまった。
ぼくは、ぼくたちのことを、こんなにも強く意識したことはなかったんだ。
気づけば校門の前にいて、見慣れた校舎を遠く見ていた。
ぼくは、砂浜に足を取られたように立ち止まっていた。
次々と追い抜いていく同級生たちが、見えない力でぼくの背を押す。
それでもぼくは立ち尽くしていた。
やがてチャイムが鳴り、悔しくなって、ふと天を仰いだ。
「……!」
すると、ポケットから、自然と手が出た。
小さなガラスの瞳が、ぼくの見上げたものを画面に写し取った。
『この空の色、わすれない』
打ち終えた瞬間、ぼくが見上げたものと同じものが画面に届いた。
『ぼくも』
それは雲一つ無い空だった。
ぼくは…、ぼくらは、この瞬間、同じものを見上げていたと知った。
そして。
『ねえ。また、あとで』
『だね。あとで』
藍とブルーサファイアの融け合った空。
この空の下でなら、新しく約束をしてもいい。
ぼくたちは思いながら、砂を蹴って駆け出した。
(了)
ぼくたちは、お互い、青色にちなんだユーザーネームをもっていた。
入学式を終えて、ちょっと友達作りに迷った夜、こぼした一言から始まった関係だった。次の日には、こんなやりとりをしたけれど。
『ともだちできたよ』
『こっちも』
特に惹かれ合ったというわけではなかったと思う。ただ話題が合ったというだけの関係だった。学校も友人関係も普通に楽しかったし、気が向いたら言葉を打つくらいで、互いにのめり込むこともなかった。誰だって、そんな相手の一人や二人、手の中にあるんだろうとも思っていた。
けれど、三年という時間が過ぎた頃には、道ばたで拾った画像をDMで見せ合ったり、人間関係のちょっとしたことや、進路のことなど、悩みを語り合う仲になっていた。
そして明日、卒業式という夜。
気づけばぼくたちは、どちらからともなく、別れの予感を切り出していた。
三年という時間のせいでぼくたちは、顔も知らない、声を聞いたことさえもないお互いのことでも、大切に思い始めていた。一方で、あした、一歩を踏み出す自分たちが、その後も、今までのようにお互いを大切に思えるか、不安になってもいた。新しい環境に身を置いたとき、また三年前のように、他愛のない言葉から始めてもいいのかという疑問が、鎌首をもたげていたのだった。
だから、どちらからともなく、口にしていた。
卒業したら、ぼくたちの仲も卒業しよう、と。
表情も、声も、瞳もない文字が、手の中の画面で頷いた。
胸がざわついてきて、慌てて続きを打った。
卒業式の後は、忙しいから、朝、一度だけ挨拶しよう、と。
『いいよ』
その言葉を待って、それきり指は動かなくなった。
画面が勝手に暗くなり、黒いガラスに映り込んだ自分の瞳は、絶望を見ているように濡れていた。
朝。
最後の制服に袖を通して、鏡を見て、玄関を出た。
昨夜の喪失感は、後悔とも悲しみともつかないものに変わっていた。それなのに、約束は忘れていなかった。
なんて挨拶をしよう。
おはよう?
とうとうだね?
足もとを見て歩きながら、ポケットの中でスマホを意識していた。
もしかして、このまま、しまい込んでしまった方がいいのかもしれない。そんな風に弱気にもなった。
でも。
そうだ。
気づいてしまった。
ぼくは、ぼくたちのことを、こんなにも強く意識したことはなかったんだ。
気づけば校門の前にいて、見慣れた校舎を遠く見ていた。
ぼくは、砂浜に足を取られたように立ち止まっていた。
次々と追い抜いていく同級生たちが、見えない力でぼくの背を押す。
それでもぼくは立ち尽くしていた。
やがてチャイムが鳴り、悔しくなって、ふと天を仰いだ。
「……!」
すると、ポケットから、自然と手が出た。
小さなガラスの瞳が、ぼくの見上げたものを画面に写し取った。
『この空の色、わすれない』
打ち終えた瞬間、ぼくが見上げたものと同じものが画面に届いた。
『ぼくも』
それは雲一つ無い空だった。
ぼくは…、ぼくらは、この瞬間、同じものを見上げていたと知った。
そして。
『ねえ。また、あとで』
『だね。あとで』
藍とブルーサファイアの融け合った空。
この空の下でなら、新しく約束をしてもいい。
ぼくたちは思いながら、砂を蹴って駆け出した。
(了)