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文字数 1,545文字

海の香りがする。
 ぼくはあこがれていた、お魚と泳げるホテルの前にいた。
 両親にねだって、次の成績がよかったと、言われてがんばって連れてきてもらう。そのぼくの夢が叶ったのだった。
 両親はホテルのロビーに入るとチェックインをしている。
 ぼくはその待ち時間に、ロビーを歩き回った。とても広いロビーで、あまり歩き回ると、両親とはぐれてしまいそう。このホテルが高いのは、小学校五年生のぼくでも分かる。
 きっと、両親は無理をしてくれたのだろう。ちょっとだけぼくは、申し訳なく感じる。
 そうやって、ぼくは目をかがやかせながら、ロビーを歩いていると、聞いた事がある声が聞こえた。
「おっ、隣の坊主じゃないか? おまえもここにきたのか?」
 いやな声。最近ぼくの家から向かいに、引っ越してきたおじさんだ。このおじさんは、とてもなれなれしく、ぼくの事をいつも意地悪してくる。また引っ越すときいたから、ぼくはもうこのおじさんには会わないと思っていたのに。ぼくは、両親の元に逃げようとした。
 けど、ぼくはおじさんに、首の襟を捕まれてしまう。
「おう、そうかそうか! 海に来たんだな? ほれ、男の子なら、脱いだ脱いだ! 海は近くだぞ!」
 そういうと、おじさんはぼくの服をひんむいていく。上着、シャツズボン、パンツと。ぼくは裸にされてしまう。
 何でこんなところで。ぼくははずかしくて泣きそうになる。大事なところをかくして、ぼくは両親のところに駆け寄った。
「あらあら、もう脱いじゃったの?」
「おいおい、いくら何でも早すぎるだろ。待てなかったのか?」
「い、いや、ちがうよ! あのおじさんが……」
「おや、こんな所で。お久しぶりです。引っ越すと伺ってましたが、もしかしてこの近くですか?」
「ああ、そうだよ? 今日は下見でこのホテルにきたのさ。いやぁ、ここは海が近くていいですな! お子さんもほら、すぐに泳ぎたいって、もう裸ですよ! 男の子は元気なのが一番だな!」
「いや……ぼくは、おじさんに!」
「ははは! 気が早いぞ? ここに引っ越しなんて、またすごい偶然ですね?」
「俺のライフワークみたいなものさ。いろんな土地に引っ越しては絆を結んでいくってね。そうそう、お宅のお子さんも、男なら恥じらいを捨ててしまっても良いとは思いますがね。俺がひんむいたさ」
「あはは、相変わらず豪快ですね!」
「ねぇ、ぼく、はずかしいんだけど……服着たいんだけど?」
「こらこら、男なら堂々としてろ! 手で隠すな!」
「痛い、痛い! 手を引っ張らないで!」
「そうですねぇ、この子もあなたみたいに豪快になってほしいものですよ」
「俺のこのくらいの時は、川で皆で真っ裸で遊んだもんだしな。それこそ、男も女も関係なくやってたものさ」
「やめてよ、おじさん! 手を離してよ! 皆見てるじゃないか!」
「恥ずかしがるなよ。それくらい減るもんじゃないしな。坊主の裸姿見たぐらいで、誰もどうも思ってないさ」
「嫌だよ、ぼくが嫌なんだよ!」
「まぁまぁ。お洋服は今お部屋に持って行ってもらったところなの。だから、もうそのまま海に行きなさい?」
「お母さん! そんなの無理だよ!」
「お、そうだ! 俺が連れていってやろうか? 後で水着でも届けてもらえばいいだろ?」
「あら、よろしいですか? じゃあ、水着は後で届けてあげるわ。この子をお願いしますね」
「お母さん!!」
「おまえも、見習って、堂々としてみろ?」
「お父さん!!」
「おう、決まったな! じゃあ、俺に任せてくれ! じゃあ行くぞ! 坊主」
「嫌だよ! 嫌だよ! 持ち上げないでよ!」
「ほら、ジタバタするな! 暴れるな! 行くぞ!」
 楽しいはずの旅は、こうしてぶちこわされてしまった。もう二度とこんな目にはあいたくない。ただただ、ぼくはそう思った。
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