第2話 Kind of Green

文字数 5,012文字

 「Kind of green」の自然の中へと足を踏み入れていく。ギシギシと音を立てながら進んでいく。熱帯の分厚い広葉樹の落ち葉を踏んだ時、ギシギシと音を立てる。色とりどりの羽を持つ熱帯鳥が鳴き、日の光からは、熱帯樹が影を作り、守られる。虫の鳴き声が聞こえて来る。蛇たちはその虫たちを実は、観察していて、その視線がバレないように、注意深く木の影に潜む。交尾をしたい虫たちが自分の存在証明を謳う。自分がいかに価値があるかをアピールする。メスと後尾すること以外、彼らに生きる意味はない。その反面、ジョンフリー・マーケルには、自分の生きる意味を探していた時期があった。自分の人生に意味づけを行なっていた時期。そんな時期、彼は悩んだ。しかし、ある答えを携えて、今この惑星「Kind of green」のジャングルにいる。それは、死んだ後もなお、人間は生き続けるということ。人間は意識でできており、その存在は唯一で、絶対的なのだ。彼は死んでから、そのことに気がついた。彼の勘は正しかったのだ。しかし、あまりにも死んだ瞬間の出来事が一瞬のことだったので、自然なことだったので、そこに深い喜びや湧き上がるような興奮はなく、ただ単に、彼は死んでもなお生き続けた。そのような記憶を保持しているのは、彼だけかもしれない。そのような、自分の前世を記憶し、死の瞬間を記憶し、なお、生き続けている存在は彼だけかもしれない。しかし、他にもそういった類の生物が存在しているかもしれない。彼の存在は、世界にそういった出来事が起きるということを証明していた。だから、他の人にも起こりうる可能性はある。彼、ジョンフリー・マーケルは今、調査している。この熱帯に生えている植物達がどのような種類の素粒子で構成されているかを。このタッチパネルを使い、AIに繋がっているこの装置によって、彼らはさらなる科学の進歩を志す。
 ジャングルの細い川をボートで進む。まだ未発見の生命体がいるはずだ。マーケルたちは虫を採取しにきた。マングローブのように、太い根が川底まで張っている。その木には黄色く、丸い熟れた実が実っていた。その木によじ登り、その木の上を空中浮遊している昆虫を捕まえる。四次元装置を取り出す。この装置は、四次元よりも低次元な三次元の世界を、ボックスに縮小してあった。そこには、自然が集まっている。その四次元装置はブラックホールを元に設計してあった。ブラックホールというのは、超引力の発生場であり、そこでは時空は曲がり、場をワープできる。ブラックホールを作るには、一つの惑星を一つの瓶に詰めるほどの力を要する。瓶に惑星を詰められれば、ブラックホールが生まれる。その超引力に吸い込まれるように、黄金虫が入っていった。

 持ち帰ってそれを調査してみると、その虫にはある特徴があった。羽である。羽が三つあるのだ。そして、筋肉はそのうちの二つの羽にしか着いていない。三つ目の羽は使わないようだ。ただ単に、ついているのだ。その使い道は、全く無意味である。なぜ付いているのか?その三つ目の羽は何を意味するのか。顕微鏡で眺める。人生が無意味なように、この羽にも意味はないのかもしれない。進化の過程で、利便性が第一に重要であった。どんな部位にも、用途というものがある。それが持つ意味というものは何かしらあるのだ。しかし、この羽に何の意味も付け加えられない彼、ジョンフリー・マーケル。しかし、我々は人生に好き好んで意味を付け加えられる、とマーケルは思う。人生でさえ、意味を付け加えられるのに、なぜ、この羽に意味を付け加えられないのか。それが分からない。マーケルたちはまた、ジャングルへと向かう。
「ジェリー、あれをとってくれ、あれを。」
と言って、ジェリーにピンセットを取ってもらった。ピンクの花びらを持つ花を調べた。あの黄金虫にその花の花粉が付いていたのだ。その花は、中心に行くほど、茶色が黒へと変化していく。その中心には模様があった。豹柄のような模様がある。ジェリーよ、とマーケルがジェリーを呼ぶ。ジェリーは白人だ。ジェリーあれをとってくれ、あれを、と言う。マーケルは、さっき舐めたローション・スペシャル・ダイナソーが効いている。ハシシを取ってくれ。よく見ると、マーケルの視界で、あたり一面に黒い豹柄がまだらに、浮遊している。その豹柄の黒さが、ジェリーの顔に重なり合って黒く見える。ジェリーはハシシを吸い出した。木の影で彼は、粘着質のあるハシシを吸っている。彼は飛んでいるような顔をして、吸っている。
「これ、ハシシじゃないですよ、ラフィング•ブッダ。」
悟りながら爆笑するというラフィング•ブッダ。彼は今、ハシシで遊んでいる。子供のように目を輝かせ、葉脈を見ている。うわー、すごい、葉脈って、目で追っていくと、予測もできない線形でできているんだー、と子供が初めて、何かを発見した時のような目で葉脈を見ている。ジェリーは、これが宇宙人生で初めて体験したドラッグであるかのように、ドラッグの世界に目を輝かせている。
「聞こえてますよ、僕は前世の記憶がないんだって、言ってるでしょ。」
ジェリーは人の心が読める。マーケルはジェリーの前世を思っていた。ジェリーの前世では、彼は一人の人間だった。その名をトムという。トムが死ぬ時、トムのエネルギー体は二つに分かれた。ジェリーは、そのもう一つのエネルギー体と死に別れてしていだ。その当時のトムには、芯があり、愛のある男だった。そして、その芯からか、ドラッグを一切やらなかった。摂るのはカフェインかアルコールだけ。みんながハシシで飛んでいる時も一人笑顔で、シラフでその場を楽しんでいた。そんな情景をマーケルは思い浮かべる。マーケルの心の声は相変わらず、ジェリーに届いていた。ジェリーは、今に集中する分、忘れやすいのだ。重要な記憶だけを残し、ほとんどのことを忘れ去っているのだ。なので、死の瞬間の記憶もない。前世の記憶もない。ただ死んで、自己同一性を失い、また生を受け継いだ。対して、ジョンフリー・マーケルは記憶を保持しすぎなのかもしれない。あの真理を追い求めていた前世の記憶も名刻に残っている。マーケルはローション・スペシャル・ダイナソーを舐めた。これは宇宙の法で禁止されている。すでに二滴舐めているので、これから、三倍の効果が十二時間続くだろう。集中するためだと自分に言い聞かせる。相変わらず、豹柄模様は彼の目の前で、微生物のように動き回り、研究の邪魔をする。こういう時もあるさ、黄金虫と植物の因果などわからないかもしれない、まあゆっくりやっていこう、と自分を慰め、ローション・スペシャル・ダイナソーを楽しむ方向に持っていく。
 日が暮れてきた。ジャングルに日が隠れていく。植物を観察しているうちに、夜が来た。ローション・スペシャル・ダイナソーは時間を忘れさせる。今にしか集中できなくなる。前世の甲本との記憶を思い出す。あの激烈なドラッグをマーケルは経験していた。そのドラッグは彼の価値観を全て変えてしまった。この世の中に対する厭世的な考え方が全て浄化され、彼は自分で生きることに情熱を持った。あの時の景色は、空の色がピンク、青、黄色、に移り変わっていた。絶えずその空は光り輝き、その三色に変化していった。そして、ルビーと甲本とマーケル、その三人で瞑想をして、三人の意識は上昇し、極楽の世界でルビーと甲本とマーケルは走り回った。今は、空の色は変わらない。あそこまで激烈なドラッグではないようだ。マーケルは少し、安心する。あの次元まで行くと帰って来れないことがあるからだ。コブシは、甲本という男とルビーという女性とオーストラリアの植物公園で三枚のローション・スペシャル・ダイナソーを食べ、死んでいった。コブシの体が溶け、ルビーの体も溶け、二人はエネルギー体となり太陽と一つになった。甲本はベンチから飛び降りて、死んでいった。そのような死を、マーケルの前世の男、コブシは体験していた。

 研究所に、ジェリーと戻り、荷物を置いてから、川沿いにあるバーへと向かった。川に沿って歩いて行くと白い建物が見えてくる。ジェリーは、相変わらず、目は虚で、宙を見ている。体幹のないその体は、ふらふらと揺れ動いている。
「あー、やっぱり、太陽には感謝しなくちゃねー、そうだと思いません?僕たちが生きれているのは太陽のおかげなんだって。」
とジェリーが言う。
彼が言いたいのはこうだ。太陽とこの惑星、「Kind of green」との間には、距離があるが、その二つの星のエネルギーの間で、私たちが存在できているという意味だ。この二つの星のエネルギーが影響し合うことによって、僕たちが存在できている。彼はドラッグのやり過ぎで、エネルギーを捉えることができるらしい。「Kind of green」の持つエネルギーと太陽の持つエネルギーが反発し合うことによって生まれているエネルギーの中で、マーケルたちの持つエネルギーも反発し合い、マーケルたちは存在できているのだ。

 バーに着くと、マスターがグラスを拭いていた。僕たちはカウンターに座り、ハイボールを頼んだ。ジェリーは、炭酸の泡が底から浮上し、ハイボールの水面から泡が弾け飛ぶ瞬間を目の当たりにして、喜んでいた。
「どうですか?調子は?」
とマスター。マスターの目にマーケルの顔が映る。マスターはたぶん、マーケルがドラッグを摂取していることをさとっている。昼間からドラッグやって、まだ抜けてないんでしょ、その歩き方とおぼつき具合、と言いたそうな目でマスターはマーケルを見つめる。
「まちまちですよ、新種を採取しましてね、それがまた、お手上げで、羽が三つあるんですよ、なんのためなんですかね。」
咳払いをして、マスターはアイリッシュコーヒーを淹れる。それをジェリーの隣に座っている客に出す。
「なんとかなんないかなー、僕の病気、死ぬのは嫌なんだよ、もう極楽に行きたい、死んだら極楽がいいな。」
とその客が言う。彼は、七十歳くらいで、黄色人種。マスターも黄色人種で、肌は黒く焼けている。マスターがマーケルの方を見る。彼は、マーケルの瞳孔が開いていることを確認し、その客に対する、マーケルなりの答えを求める。いや、死なんてないんですよ、意識が元にあって、それが存在している時点で、なんて言っても、その客は信じないし、野暮ったい。その客はまだ人生何回目かだろう。人生何回目かのその客にそれを言ったところで信じないだろう。死なんて考えてないで今を楽しめよとジェリーは思う。ジェリーはただ無垢なのだ。そして、ジェリーも死については知らない。マーケルは思う、死の真理を知らないものに対して、死の真理を言わない、それは自分の次元を下げない方法でもある。死の真理を口にしてしまえば、自分の次元が下がるのだ。だから、死の真理を大っぴらに言うことを誰もが避ける。
「いやー、死んでもまた、修行が続くだけですよー、今が修行なんだから、死後の世界も同じでしょ。」
とマスター。いやー名解答。死の真理を避けながら、事実を口にするという名解答を見せた。それか、彼は本当に知らないのかもしれない。死後の世界を推測しているだけにすぎないのかもしれない、とマーケルは考える。
「あまり、死のことは考えない方がいいですよ、碌なことないから。」
とマーケルはその男性を思い、助言した。。真理を見つける旅に出たマーケルは、死について考えすぎて碌なことがなかった。死のことを考えるのはいいことなのだが、あまり、考えすぎても良くない。楽しい限りにおいては、考えるのは良いことなのだが、それが悩みになるまで考え込むと良いことはない。マーケルは、前世で死後の世界を追求したいと、願っていた。マーケルは気づくと、浅瀬の川の稚魚になっていたのだ。青鷺が河岸から川底の様子を伺う。その時、目と目が合うか合わないか、その瞬間に、胸に一発、嘴を刺された。あの時の痛みは忘れない。胸から赤い血が流れ、その血が下流の方へと流れていった。彼はその時、死んだが、彼に「私」という意識などない。ただ、そこで泳いでいる一匹の稚魚だったのだ。そして、死への恐怖もなく、死ぬことが必然であったかのように、自然と死んでいったという夢を見た。
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