スイカに塩理論

文字数 1,971文字

 放課後、ガララッと音を立てて保健室のドアが開かれる。
「先生、あたしすっげえこと思いついた。マジ天才かも。つーか天才だわ」
 保険医の中沢優子が訝しむと、高2の杉谷智美が立っていた。
「そうか、よかったな。おめでとう。もう帰れ」
「これならどんな男もイチコロ。確実に惚れる。モノできるから聞いて」
「あんた人の話聞いてた? ここ保健室よ。どこも悪くないなら帰れ」
「聞きたい? 聞きたいでしょ。あのね──」
「人の話を聞けや。それとも耳悪いんか。悪いけど耳鼻科は専門外なの。だから帰って」
「スイカに塩よ。これ間違いないから!」
「スイカに……なに?」
「だからスイカに塩!」
「ちょっと何言っているのか、わからない」
「スイカってさ、塩かけると甘じょっぱくておいしくなるじゃん」
「あーね」
「それってスイカの甘さがアゲアゲになるってことでしょ?」
「そうね……そうか?」
「スイカみたく甘いJKのあたしに? 塩的な? ものを? かければ魅力マシマシみたいな?」
「いくつ『?』を入れてんだ。だいたい塩的なものってなによ?」
「そう問題はそれよ! なにがいいと思う?」
「話は聞かせてもらいました!」
 再びドアが開き、1年の福井潤子が入ってきた。
「増えるなよ! つーか、お前どこで聞いてた?」
「そんなことはどうでもいいじゃないですか。智美さん、私にいい考えがあります」
「なに、なに? 潤子いっぱい本読んでいるからスゲーアイデアだしてくれそう」
「任せてください。智美さんにとっての塩、それはこれです!」
 潤子は鞄からカッターを取り出すと、その刃を剥き出しにした。
「うっはサイコー!」
「警察呼ぶわ」
「ちょっと先生、早まらないでください。私の話を最後まで聞いてください。お願いします!」
「わかった、わかったから、血走った眼でにじり寄るな」
「私、考えたんです。智美さんがスイカだとして、その本質はなんだろうって。智美さんはギャルで、短絡的で、能天気、つまりバカ──」
「あれひょっとして、あたし罵倒されている?」
「そうね。でも事実だから仕方ないわ」
「バカは悩まないし、病まない。なら逆に病んでいる要素をアクセントで足したらイイんじゃないでしょうか! 一見すると明るいバカだけど、その実、悩みを抱えている。そんな一面が見えれば男子はキュンと来るはずです!」
「なるほど、じゃあそのカッターをどう使うの? だいたい予想はつくが一応聞いてやるわ」
「はい、これでリス……」
「やめろ! 実演するな!」
「大丈夫です、先生、私慣れてます」
「お前の闇をここで仄めかすんじゃない。見てみろ、智美が引いてんじゃねーか」
「そっか、血ってたしか塩分含んでたよね! 潤子、頭イイー!」」
「バカなりに理解してんじゃねーよ!」
「それにここ保健室だから、すぐに手当てしてもらえるし!」
「私の仕事を増やすな! もう帰れ!」
 再びドアが開き、今度は3年の花山夏子が現れた。
「甘い、甘いですわ!」
「夏子パイセン!」
「夏子先輩!」
「まだ増えるの? これ本当に2000字以内で終わるのかしら」
「ギャルと言えばバカ、バカと言えば金遣いが荒い! きっとそうでしてよ。ならば逆にお金に堅実な一面を見せてやればよろしくてよ。外見は派手でも、その実は慎ましい生活を送っている。そんなかいがいしさが見えれば殿方もイチコロですわ」
「何だろう。思っていたよりもまともだわ」
「さすがパイセン!」
「悔しいけど、一理あります!」
「でしょう。そんな私が皆さんにおすすめしたいFX口座がありますの」
「あ”っ?」
「花山財閥のグループ企業だから安心でしてよ。今なら口座を開くだけで一万円のキャッシュバックが──」
「ただの勧誘じゃねーか! JKがFXやるな!」
「よくわかんないけど面白そう!」
「やめなさい! 一瞬で溶けるわ!」
「失敗したら臓器とか売ればいいんですか?」
「本当に警察呼ぶぞ! JKはせいぜいドラッカーまでにしておきなさい!」
「ちえっ! じゃあ、どうすればいいのさ」
「スイカに塩とか馬鹿なこと考えてないで、普通にしていればいいのよ。普通に勉強して大学入って、社会に出てればいいの」
「そして先生みたいに婚期を逃すの?」
「殺すぞ。まだアラサーじゃ」
「先生ひどい! 私、警察呼びます!」
「野蛮ですわ」
「もういいから帰れ!」
「ちぇ、しょうがない。潤子、パイセン、あたしらだけでイケてるアイデアだそう!」

 翌日、保健室に脱水症状の女生徒が3人運び込まれた。
「あんたら、どういうことなの?」
「いやぁ、色々話してさ。けっきょくシンプルイズベストみたいな?」
「わざと汗かいて……服をすけさせて、悩殺しようって……」
「これで……殿方もイチコロ……」
「お前らがイチコロになってんじゃねーか! ほらスポドリ飲め! 塩飴なめろ!」
「汗だくで塩気がたりなかったってか、ガクッ」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み