座敷童と白眉の猫
文字数 3,653文字
高天原の宿場。噂の妖怪が出ると人気の宿があった。幸運をもたらす妖怪が住み着いたおかげで繁盛していた。
住み着いたのは、座敷童の少女・ひばり。彼女は、あやとりの天才で、宿に泊まる客の前に現れては「あやとりしよー」と誘いかける。
彼女と遊んだ客は、必ず幸運が訪れていた。事業が成功したり、高額の宝くじが当選したり、座敷童の恩恵を授かる。
噂が噂を呼び、宿泊の予約が途切れることのない宿となった。予約が取れるのは二年先だ。
ひばりは、長い間会えていない友がいた。同じ座敷童の「あやめ」。あやめは現在、「ハルアキ」という陰陽師に惚れて、こちらに帰ってこない。もちろんハルアキは、そんな恋心に気づいていない。鈍感なのか、気づいていて照れ隠しを悟られないための高飛車なのか、俺には分からない。
ひばりは、昔のように仲良く遊びたいと思っているようだが、ハルアキとあやめが楽しそうにしている姿が脳裏に浮かんでいる様子。
一目だけでも会いたい・・・。会って話がしたい。でも、恋路の邪魔はしたくない。私は、どうしたらいいのと、あごに手を当て廊下を行ったり来たりしている。
実に面白い。色々な表情をしたり、頭を抱えたり、眺めていると飽きない。ちょっと笑える。
ポンと手を叩き、ある結論にたどり着いた様子。
(やっと答えが出たか・・・)
あやめが帰って来ないなら、こちらから会いに行くと・・・。バタバタと廊下を走り、宿を飛び出して行った。俺は向かいの宿から眺めていた。読唇術を使い、彼女の呟きを読み取った。
ひばりは単独で高天原から出ることを禁止されている。世界に与える影響が大きいと、イザナギが許可を与えない。陰陽師に使役されるなら一時の間、限定許可をすると言われている。
(そんな古い『しきたり』なんて守る必要があるのか? 今のリーダーは天照大神《アマテラス》だろう・・・)
ひばりは考えた。ハルアキに使役されるのが一番いいのだが、あやめの恋敵には、なりたくない。そんなことをすれば、友では要られなくなる。そう思っている様子だった。
彼女は、ハルアキ以外の陰陽師を知らないため、探す必要があった。俺は、こっそり彼女の後を追った。
(この方向は天照大神の屋敷か・・・)
俺は、先回りをした。
予想通り、ひばりは天照大神の元を訪ねていた。俺は天井裏に潜み、小さい穴を開け、様子を見ていた。天照大神は高天原のリーダー的存在。イザナギが仕事をしないので、代行している。
ひばりの決心は、揺るがない。
「天照大神様。そのヤタノカガミで陰陽師を探していただけないでしょうか?」と、頼み込んだ。どうしても、あやめと会いたい、その一心で必死だった。
「・・・あまり気乗りはしないわね」
天照大神は眉間にシワを寄せポツリと言った。
「そんなー。どうして私だけ我慢をしなければいけないの・・・」
ひばりは泣き出した。本当は天照大神も協力してあげたかった。リーダーとしての立場から冷たい言い方をしなければならなかった。
(さて、どうなることやら・・・)
賽は投げられた。
天照大神は悩んだあげく、ひばりの気持ちを汲むことにした。ただし、条件を付けた。
「あやめと会ってから、小一時間くらいで戻ってくるのよ。いいわね」
「分かりました。天照大神様。ありがとうございます」
ひばりは泣き止み、笑顔をみせた。
「ずーっと下界に住む訳ではない」と涙目で訴えられたので、その涙を信じたのだ。天照大神は、ヤタノカガミを覗きこむ。
候補は、陰陽師・椿、ヨミ、ツユハナの三名。
その中から、ひばりはツユハナを選んだ。彼女はツユハナのことを何一つ知らなかった。
(いや、ちょっと待て。ツユハナだと・・・)
瓢箪《ひょうたん》の魔具を操る陰陽師・ツユハナ。少女の外見をしている。陰陽の力を得た魔具は強力で、瓢箪の栓を抜くと、対象は瓢箪に吸い込まれる。まるで、ダ○ソン並の落ちない吸引力。吸い込んだ後は、蓋を閉められて、お陀仏となるのを待つだけだ。
対象が、ある一定以上の魔力を持っていると吸引力に耐えられるらしい。あくまでも噂だが・・・。俺は無理だが、相棒なら耐えられると思う。
ちなみに、彼女は怒りっぽいので割りと簡単に栓を抜く。
俺は知っているので引っ掛からないが、彼女を怒らせるのは止めた方がいい。瓢箪に吸い込まれるぞ。俺は、ひばりに接触し、教えてやるつもりだ。
俺は、ひばりが一人となるのを待って、接触した。本来、対象者と接触しては、いけないのだが、出来心で目の前に姿を現した。相棒なら絶対にしない。
「えっ、な、何?」
突然、目の前に猫が飛び出し、ひばりは驚いた。
「す、すまない。悪気は無いんだ。許して欲しい。・・・ツユハナの瓢箪には、気をつけるんだぞ。ヤツを怒らせるなよ。いいな、確かに伝えたからな」
俺は、それだけを伝えると素早く姿を隠した。建物の物陰から彼女を見ていた。
ひばりは、最初ポカンとしていたが、やがて落ち着きを取り戻し、宿へ戻っていった。どうか記憶の片隅に残っていることを祈る。
次の機会に、ひばりと会えたなら、あやとりをしてもらおう。俺の万年金欠を解消して欲しい。
俺は宿に戻り、依頼人に報告をした。
天照大神は念波を、ある者へ飛ばしていた。ひばりを信用していない訳ではないが、あやめの時と同じ過ちを繰り返さないため、高天原の平和を守るために保険をかけた。
俺は天照大神と相棒が知り合いだったなんて知らなかった。
― 終 ―
一月マンスリーテーマ「和風」
(おまけ)
俺の名前はリエット。相棒とコンビを組んで「便利屋キャッツアイ」を名乗っている。
今回は依頼主から「座敷童をしばらく宿から引き離して欲しい」と、大金を目の前に積まれて依頼を引き受けた。わざわざ高天原まで、やって来たという訳だ。
依頼主の名前は伏せておくが、泊まっていた宿が、ひばりの住み着いている宿の向かい側と言えば分かるだろう。
今回の仕事は、相棒の出番がない。なぜならば、女性の依頼ではないから・・・。
正確に言うと、自分好みの女性でないと彼は動かない。彼の好みは、笑顔の素敵な女性。
俺は大金に目が眩んで、依頼を受けた。正直なところ、彼が依頼を断り続けるから、今月の生活費がピンチなんだ。・・・相棒は困った奴だ。
今回も「簡単な依頼なんだから、一人で大丈夫だろう」と留守番をしている。今頃、ヒアソフィアの膝枕で眠っているハズだ。羨ましい。
・・・俺は相棒のことを少しだけ知っている。口は悪いが、心は優しいヤツなんだ。今回のことも、俺が大金を独り占め出来るからと身を引いてくれたんだ。・・・おそらく。いや、そうであって欲しい。
ひばりは召喚され、姿が消えた。俺は何故このタイミングで召喚されるんだと思っていた。都合がよすぎる。簡単に仕事は終わった。依頼人は満足し、大金は俺の物となった。他の客に紛れて、笑顔で宿を去った。
俺は、一つの疑問点があった。依頼人が勘違いをしていることだ。座敷わらしの不幸による効果は、座敷わらしの転居が条件で発生する。
後で金を返せと言われそうだが、もう高天原へ行くつもりはない。
自分の店であるBAR「paw pad」に戻ると、二人の姿がなかった。
(まー、いいか。デートでも行ったんだろう)
俺は深く考えていなかった。
実は、この時、彼等はツユハナと会っていた。事情を話して、召喚するように頼んでくれていた。
「ハルアキの元へ行って、ひばりを召喚して欲しい」と、二人はサポートをしてくれていたんだ。俺は全く知らなかった。
後でヒアソフィアに言われて、初めて知った。
(ありがとう。やはり頼りになる相棒だ)
扉がギーっと開く。相棒とヒアソフィアの二人だった。
「よう、相棒。上手くいったみたいだな。良かった。良かった」と、彼は笑顔で彼女の肩に手を置きながら、俺に声をかけた。
「ひばりちゃんとあやめちゃんは、つかの間の再会を楽しんでいたわよ。可愛らしかった。ひばりちゃんは、満足して高天原へ帰っちゃったわ」と、彼女はニコニコして俺に話した。
二人は、いつもの席に座る。壁際のカウンター席。
相棒は好きなスコッチを飲みながら、俺に話をした。ジャズの曲、「take five」が店内に流れていた。
「叡智の書って便利だよな。ひばりの悩み事まで分かるんだからな」と相棒。
「フフフ、凄いでしょう」
彼女は自慢気に俺の方を見た。
(うん?)
俺は彼等の言っていることが理解できなかった。
この時の俺は、ニコニコする二人の顔を気持ち悪いと思っていた。今は反省をしている。
彼等は、いつも俺の想像を超える。ある作戦を企んでいた。とんでもない罰あたりな泥棒猫だった。
座敷童である「ひばり」に恩を売って、甘い言葉で呼び出して、家に住まわせ、莫大な財産を得る計画。
いつか俺も不幸に巻き込まれるのではないかと、内心穏やかではない。これ以上の貧乏は、勘弁して欲しい。
― 完 ―
住み着いたのは、座敷童の少女・ひばり。彼女は、あやとりの天才で、宿に泊まる客の前に現れては「あやとりしよー」と誘いかける。
彼女と遊んだ客は、必ず幸運が訪れていた。事業が成功したり、高額の宝くじが当選したり、座敷童の恩恵を授かる。
噂が噂を呼び、宿泊の予約が途切れることのない宿となった。予約が取れるのは二年先だ。
ひばりは、長い間会えていない友がいた。同じ座敷童の「あやめ」。あやめは現在、「ハルアキ」という陰陽師に惚れて、こちらに帰ってこない。もちろんハルアキは、そんな恋心に気づいていない。鈍感なのか、気づいていて照れ隠しを悟られないための高飛車なのか、俺には分からない。
ひばりは、昔のように仲良く遊びたいと思っているようだが、ハルアキとあやめが楽しそうにしている姿が脳裏に浮かんでいる様子。
一目だけでも会いたい・・・。会って話がしたい。でも、恋路の邪魔はしたくない。私は、どうしたらいいのと、あごに手を当て廊下を行ったり来たりしている。
実に面白い。色々な表情をしたり、頭を抱えたり、眺めていると飽きない。ちょっと笑える。
ポンと手を叩き、ある結論にたどり着いた様子。
(やっと答えが出たか・・・)
あやめが帰って来ないなら、こちらから会いに行くと・・・。バタバタと廊下を走り、宿を飛び出して行った。俺は向かいの宿から眺めていた。読唇術を使い、彼女の呟きを読み取った。
ひばりは単独で高天原から出ることを禁止されている。世界に与える影響が大きいと、イザナギが許可を与えない。陰陽師に使役されるなら一時の間、限定許可をすると言われている。
(そんな古い『しきたり』なんて守る必要があるのか? 今のリーダーは天照大神《アマテラス》だろう・・・)
ひばりは考えた。ハルアキに使役されるのが一番いいのだが、あやめの恋敵には、なりたくない。そんなことをすれば、友では要られなくなる。そう思っている様子だった。
彼女は、ハルアキ以外の陰陽師を知らないため、探す必要があった。俺は、こっそり彼女の後を追った。
(この方向は天照大神の屋敷か・・・)
俺は、先回りをした。
予想通り、ひばりは天照大神の元を訪ねていた。俺は天井裏に潜み、小さい穴を開け、様子を見ていた。天照大神は高天原のリーダー的存在。イザナギが仕事をしないので、代行している。
ひばりの決心は、揺るがない。
「天照大神様。そのヤタノカガミで陰陽師を探していただけないでしょうか?」と、頼み込んだ。どうしても、あやめと会いたい、その一心で必死だった。
「・・・あまり気乗りはしないわね」
天照大神は眉間にシワを寄せポツリと言った。
「そんなー。どうして私だけ我慢をしなければいけないの・・・」
ひばりは泣き出した。本当は天照大神も協力してあげたかった。リーダーとしての立場から冷たい言い方をしなければならなかった。
(さて、どうなることやら・・・)
賽は投げられた。
天照大神は悩んだあげく、ひばりの気持ちを汲むことにした。ただし、条件を付けた。
「あやめと会ってから、小一時間くらいで戻ってくるのよ。いいわね」
「分かりました。天照大神様。ありがとうございます」
ひばりは泣き止み、笑顔をみせた。
「ずーっと下界に住む訳ではない」と涙目で訴えられたので、その涙を信じたのだ。天照大神は、ヤタノカガミを覗きこむ。
候補は、陰陽師・椿、ヨミ、ツユハナの三名。
その中から、ひばりはツユハナを選んだ。彼女はツユハナのことを何一つ知らなかった。
(いや、ちょっと待て。ツユハナだと・・・)
瓢箪《ひょうたん》の魔具を操る陰陽師・ツユハナ。少女の外見をしている。陰陽の力を得た魔具は強力で、瓢箪の栓を抜くと、対象は瓢箪に吸い込まれる。まるで、ダ○ソン並の落ちない吸引力。吸い込んだ後は、蓋を閉められて、お陀仏となるのを待つだけだ。
対象が、ある一定以上の魔力を持っていると吸引力に耐えられるらしい。あくまでも噂だが・・・。俺は無理だが、相棒なら耐えられると思う。
ちなみに、彼女は怒りっぽいので割りと簡単に栓を抜く。
俺は知っているので引っ掛からないが、彼女を怒らせるのは止めた方がいい。瓢箪に吸い込まれるぞ。俺は、ひばりに接触し、教えてやるつもりだ。
俺は、ひばりが一人となるのを待って、接触した。本来、対象者と接触しては、いけないのだが、出来心で目の前に姿を現した。相棒なら絶対にしない。
「えっ、な、何?」
突然、目の前に猫が飛び出し、ひばりは驚いた。
「す、すまない。悪気は無いんだ。許して欲しい。・・・ツユハナの瓢箪には、気をつけるんだぞ。ヤツを怒らせるなよ。いいな、確かに伝えたからな」
俺は、それだけを伝えると素早く姿を隠した。建物の物陰から彼女を見ていた。
ひばりは、最初ポカンとしていたが、やがて落ち着きを取り戻し、宿へ戻っていった。どうか記憶の片隅に残っていることを祈る。
次の機会に、ひばりと会えたなら、あやとりをしてもらおう。俺の万年金欠を解消して欲しい。
俺は宿に戻り、依頼人に報告をした。
天照大神は念波を、ある者へ飛ばしていた。ひばりを信用していない訳ではないが、あやめの時と同じ過ちを繰り返さないため、高天原の平和を守るために保険をかけた。
俺は天照大神と相棒が知り合いだったなんて知らなかった。
― 終 ―
一月マンスリーテーマ「和風」
(おまけ)
俺の名前はリエット。相棒とコンビを組んで「便利屋キャッツアイ」を名乗っている。
今回は依頼主から「座敷童をしばらく宿から引き離して欲しい」と、大金を目の前に積まれて依頼を引き受けた。わざわざ高天原まで、やって来たという訳だ。
依頼主の名前は伏せておくが、泊まっていた宿が、ひばりの住み着いている宿の向かい側と言えば分かるだろう。
今回の仕事は、相棒の出番がない。なぜならば、女性の依頼ではないから・・・。
正確に言うと、自分好みの女性でないと彼は動かない。彼の好みは、笑顔の素敵な女性。
俺は大金に目が眩んで、依頼を受けた。正直なところ、彼が依頼を断り続けるから、今月の生活費がピンチなんだ。・・・相棒は困った奴だ。
今回も「簡単な依頼なんだから、一人で大丈夫だろう」と留守番をしている。今頃、ヒアソフィアの膝枕で眠っているハズだ。羨ましい。
・・・俺は相棒のことを少しだけ知っている。口は悪いが、心は優しいヤツなんだ。今回のことも、俺が大金を独り占め出来るからと身を引いてくれたんだ。・・・おそらく。いや、そうであって欲しい。
ひばりは召喚され、姿が消えた。俺は何故このタイミングで召喚されるんだと思っていた。都合がよすぎる。簡単に仕事は終わった。依頼人は満足し、大金は俺の物となった。他の客に紛れて、笑顔で宿を去った。
俺は、一つの疑問点があった。依頼人が勘違いをしていることだ。座敷わらしの不幸による効果は、座敷わらしの転居が条件で発生する。
後で金を返せと言われそうだが、もう高天原へ行くつもりはない。
自分の店であるBAR「paw pad」に戻ると、二人の姿がなかった。
(まー、いいか。デートでも行ったんだろう)
俺は深く考えていなかった。
実は、この時、彼等はツユハナと会っていた。事情を話して、召喚するように頼んでくれていた。
「ハルアキの元へ行って、ひばりを召喚して欲しい」と、二人はサポートをしてくれていたんだ。俺は全く知らなかった。
後でヒアソフィアに言われて、初めて知った。
(ありがとう。やはり頼りになる相棒だ)
扉がギーっと開く。相棒とヒアソフィアの二人だった。
「よう、相棒。上手くいったみたいだな。良かった。良かった」と、彼は笑顔で彼女の肩に手を置きながら、俺に声をかけた。
「ひばりちゃんとあやめちゃんは、つかの間の再会を楽しんでいたわよ。可愛らしかった。ひばりちゃんは、満足して高天原へ帰っちゃったわ」と、彼女はニコニコして俺に話した。
二人は、いつもの席に座る。壁際のカウンター席。
相棒は好きなスコッチを飲みながら、俺に話をした。ジャズの曲、「take five」が店内に流れていた。
「叡智の書って便利だよな。ひばりの悩み事まで分かるんだからな」と相棒。
「フフフ、凄いでしょう」
彼女は自慢気に俺の方を見た。
(うん?)
俺は彼等の言っていることが理解できなかった。
この時の俺は、ニコニコする二人の顔を気持ち悪いと思っていた。今は反省をしている。
彼等は、いつも俺の想像を超える。ある作戦を企んでいた。とんでもない罰あたりな泥棒猫だった。
座敷童である「ひばり」に恩を売って、甘い言葉で呼び出して、家に住まわせ、莫大な財産を得る計画。
いつか俺も不幸に巻き込まれるのではないかと、内心穏やかではない。これ以上の貧乏は、勘弁して欲しい。
― 完 ―