第1話

文字数 2,002文字

彼女が魔女だと気づいたのは、些細なことがきっかけだった。
ハロウィンでごった返す人波で、彼女は普段通りの格好をしているように見えた。
つい追いかけて横に並び信号待ちをしていると、向こう側に魔女の仮装をしている女性がいた。
女性はまだ若いのに、よくあるかわいい系やおしゃれな魔女ではなく、白雪姫に毒りんごを食べさせたような、黒ローブをかぶり、鷲鼻で皺だらけ(マジックで書いていた)のガチの魔女を演じていた。
信号が青に変わってすれ違う時、女性が棺を背負っていたので覗いてみたら、白雪姫役と思われる人形が入っていた…。
横断歩道を渡り終えてから無仮装の彼女に、さっきの魔女っ子、あんな格好して何考えてんすかね、と声をかけた。
すると彼女は言ったのだ。
ほんと、何に釣られたか知らないけど、あんな格好でほいほい出歩いて。みんな踊らされてるのよ。あれで森に木を隠したつもりかしら?
最後の一言がどおぉしても引っかかって、俺は彼女をお茶に誘い出した。
そして、当たり障りのない話から徐々に聞き出すうちに、彼女が世俗に疎い、本物の魔女だとわかってしまったのだ。

ほとんどの店舗がシャッターを下ろす商店街の路地裏にその店はあった。
ドアを開けると呼び鈴は鳴るが、彼女は椅子に腰掛けたまま一瞥したきり、無表情に何か御用?と一言言った。
「御用も何も、客なんだからわかりきったことでしょう」
「うちの薬は保険きかないから高いわよ」
「えー、惚れ薬とかある?ほんとにきく?」
「使ってみればわかります」
「試供品は?」
「ありません」
「あ、そう。じゃあお願いなんだけど、俺を弟子にしてくれない?」
俺も魔女になりたいんだ。
しばし二人の間に沈黙が落ちた。
「本気ですか?魔女に?」
「ああ。男でもなれるんだろう?」
「まあ、世間的には魔法使いと呼ばれるでしょうが」
「呼び方はなんでもいいよ、俺も魔女になりたい。この間あんたと話してわかったんだ、俺は魔女に向いてるってね」
彼女はふうっと息を吐いて背もたれに寄りかかった。
「本当にいいんですか?魔の道は人の道から外れること。恋愛感情といった、あらゆる人間らしい感情は排除することになります。それでも?」
「いいよ、俺はもともとそんなもの必要としていない。俺を魔の道へ導いてくれ…」

半年後、彼女に弟子入りし、店に同居している俺たちは朝から活気づいていた。
「ちょっと、いい加減薬の一つでも作ったらどうなの⁉︎半年も経つのに一つも習得してないじゃない!」
「先生が作れるから別にいいだろー?あんな臭いの耐えられないよ」
「薬は魔女の大事なシノギなのよ!生活できないと修行も何もあったもんじゃない!立派な魔女になるんじゃなかったの⁉︎」
「それはそうだけど、あの臭いはどうもねー。鼻の穴がなくならないと無理無理」
「そう、それなら…!」
彼女は手を振り上げ、俺に向かって勢いよく投げ下ろした。
俺に呪いをかけたようだが、しかし。
俺は上質な木の枝をつかんで呪文を唱え、横に振り切ることで呪いを防いだ。
彼女はキーッと金切り声を上げて地団駄を踏んだ。
「なんなのよもーっ、魔除けの呪文ばっかりうまくなって!せっかく鼻の穴をつぶしてやろうと思ったのにぃぃ!」
「やはりそういうつもりでしたか。危ない危ない」
「魔除けの呪文を練習してる時は真剣に魔女を目指してるんだと思ったのに、他はサッパリじゃない!全然人間味は薄れないし、おまけにテレビまで持ち込んで!科学的なものは魔力を吸いとるのよぉぉ」
「先生、俺と結婚してください」
「またそれか!魔女に恋沙汰は無縁だと言うとろうが!」
「俺は諦めません。先生がいつか、自室のドアにジャラ付けしたあの忌々しい鍵どもを一掃してくださると信じています」
すると彼女はふと真面目な顔になった。
「だいたいあなた、大学四年の就活生だって言ってなかった?」
「ええ、まあ」
「就職もしてないのにプロポーズとか、不倫男の妻とは別れる並みにあてにならんわ!」
「先生けっこうテレビ観てるじゃないですか〜」

あのハロウィンの日、俺たちはいろいろ話をしたが、俺はなぜかつい悩みを打ち明けてしまった。
「俺、ハロウィンとかみんなが盛り上がってる時に、同じように盛り上がれないんです。自分を出せないっていうか、同じ気持ちになれないっていうか。俺って、サイコパスなのかなって」
すると彼女は、無表情に飲み物のストローで氷をくるくる回しながら言った。
「そういうことって、けっこうあるんじゃないかしら。でも大丈夫、そうやって周りがハイになってる時って、一人くらい騒がなくても案外気づかれないから」
それを聞いて俺は、彼女なら俺のことをわかってくれるんじゃないか、お互いにわかり合えるんじゃないかと思った。
どんな手を使っても手に入れたい、そう思ったのだ。
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