音の無い空

文字数 729文字

 空を見上げた。

 今日も空は曇っている。

 昨日も曇りだった。

 肌に当たる空気は冷たく、どれだけ身体を丸くしても、毛布で身体を包んでも震えは止まらない。

 小さな太陽はすぐ傍にあるのに。

 背伸びすれば手が届く高さにあるのに。

 寒い。

 今は春だろうか。

 夏だろうか。

 秋だろうか。

 冬だろうか。

 今日が何月の何日なのかわからない。

 日にちを数えるのを止めた日から、僕の目には、曇った空と小さな太陽のある世界しか映らない。

 僕は死んで、この世界に存在だけを固定された?

 いや、それは嘘だ。

 僕は生きている。

 声が教えてくれるのだ。

 はっきり聞こえる時もあれば、僕の身体の内側で弾いた金属音のように響くこともある。

『お前は死ぬまで死ねない』

『ただ生きて、ただ死ぬ』

『それが、お前の人生だ』

 声が、耳を塞いでも、手を、皮膚を、肉を、骨を貫通して針のように脳に突き刺さって来る。

 きっとこの声の主たちは、僕が久しぶりに空を見る時、音を出すのを止めてくれるはずだ。

 だから僕は今、空が見たいと切実に思う。









「囚人番号773番! 立て!」

 暗い目をした男たちに僕は立たされた。

 これから僕は死刑台へ送られる。

 裸足で、切れ目の入った四角い床の上に立たされた。

 足裏に感触が無くなった、しばらく後に僕は死ぬ。

 魂が身体から抜け、天井を突き抜けて昇る。

 僕が殺した、あの、憎い人たちと同じ場所に行く。

 再会したあいつらに、僕がしたことをやり返されるかもしれない。

 でも、僕は怖くない。

 死ぬことは怖くない。

 僕は幸福を感じている。

 やっと音から解放され、音の無い空へ行くことができるのだから……。

                                        (了)
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