第1話

文字数 1,994文字

訳あって、ペンギンを移動させる仕事をしている。
移動と言っても直接、手で持ち運んでいるのではない。
目の前にわらわらと立ち集まるペンギンを、念力で別の星へ移動させているのだ。
南極の短い夏は、それでもダウンジャケットを着こんでいなければいけない程度には寒い。支給品に身を包みながら、私は仕事に勤しむ。
もう三年、この役目に従事しているのだが、進捗は全くよろしくない。他の動物を担当していた先輩達はとうに仕事を終え、この大陸に残っている生物はプランクトン類を除けば私と目の前の彼ら、アデリーペンギンくらいのものだ。壮絶な残業だが、ひとえに能力が他の者と比べて不足していることが原因なので仕方ない。本来はコウテイペンギンも同時に担当するはずだったところを、見かねた先輩が引き継ぎ、そしてそちらもあっという間に終えてしまった。かくして一人残された私は、来る日も来る日もこうしてペンギンを移動させている。
ヒナが身を寄せ合う集団のもとへ、親のペンギンが戻ってくる。親鳥とヒナが揃ったところで、複数組へまとめて念を送る。ふっ、と少しだけ対象鳥の体が浮いた後、ぱしゅん、という音を残して姿が消える。次いで私は遠隔透視、平たく言えば千里眼の能力で、ペンギン達が無事に目的の惑星の、彼らが生き延びるにあたって適切な環境下に到着したことを確認する。
念力も、千里眼も、使用できるとはいえ決して容易ではない。集中力と、何より体力を必要とする。移動させるだけでいいのに、いちいち確認の手間まで掛けているからお前は仕事が遅いのだと、先輩からは叱責と心配のお声を頂いてきたものだ。どうせ動物達に、自分の身に何が起こったか理解するだけの知性はないのだから、と。そう言われても、私のせいで宇宙空間へ放り出されたペンギンがいたらと考えると、罪悪感で気が遠くなりそうになる。無事の到着を見届けるまでは、私のルーチンは完了しない。
それに、念力の影響下に長く曝されたことによるものか、中には非常に知能の高い個体も発生していたのだ。たった今、海から上がってよちよちと歩み寄ってきた「彼」がまさにそうだった。
『順調かね』
驚くべきことに、このペンギンはテレパス能力を開花させ、私と会話が成立するまでに至った。孤独な任務の中で、紳士的なペンギンと交流する時間は数少ない癒しだった。
『まあ、なんとか。この調子でいけば、最後の日には間に合います』
『我々のために日夜の尽力、心より感謝している。私は子を持つことがなかったものだからね、同胞全てが私の子のように思えてならないのだ』
アデリーペンギンは眼の周りが白い。相対していると、どこかキャラクターのような愛嬌がある。羽毛が生えている面積が広いことで、くちばしが短く見えるところも可愛らしい。私もヒトでなく、アデリーペンギンに生まれられたらどんなに良かったことだろう。
三年前、突如としてこの地に現れて以来、常にここで立ち尽くしている(だけに見える)私に、『貴殿も親離れはしている頃だろう。きちんと食事は取れているのかね』と彼が念話を送ってきたのが、私達の交流の始まりだった。『食事は支給されたものがあるので、大丈夫です』と返すと、彼は『困ったことがあれば、いつでも私を頼ると良い』と引き続き私を気遣った。
仲間達にも何かを教えたのだろうか。彼以外のペンギンも天気の良い日などはこちらに寄ってきて、首を傾げてみせたり前肢を振ったり、白く縁どられた無垢な瞳で私を見上げたりした。そんなペンギン達を、私はひたすらに移動させ続けた。遠く離れた、地球とよく似た星の海辺で元気に暮らすペンギン達の姿を視た。確かに孤独ではあるが、決して不幸せではない、とこの終わりに向かう日々を思った。
そう、私は不幸ではなかった。選ばれた者として、真摯に役目を果たし続けた。
やがて二年の月日が過ぎ、しかし最後のこの日まで「彼」の移動を先延ばしにしてしまったのは、それでもやはり、心通う存在を失いたくないという我儘だった。およそ見たことのない色に変化し始めた空の下、南極で一羽と一人きりになった私達は最後の念話を交わした。
『本当に、貴殿は行かないのかね』
『そういう計画なんです。ヒトを乗せない、動物達だけの方舟を宇宙の彼方に創る。それが、私達の仕事なんです』
『ふむ。以前に聞いた時も、よく理解が及ばなかったがね。貴殿も大きいとはいえ同胞なのだから、共に行くべきだと私には思えるのだが』
薄々気付いていた通り、彼は私を大きめのペンギンだと認識していたらしい。私の頬には、微笑とも苦笑ともつかないものが浮かんでいただろう。
『お元気で』
『貴殿もな』
ぱしゅん、と彼の姿が消える。私は千里眼で彼の到着を視ながら、轟音と共に迫り来る隕石を見上げた。念力、千里眼、そして未来視。超能力者である私達だけが知り得ていた、世界の終わりが今、訪れようとしている。
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