わたし うさぎの ベル
文字数 5,656文字
『ベルちゃんぐもぐも、もっふもふー!』
騒々しく、飼い主が帰ってきた。
これがわたしの、うるさい飼い主だ。
鼻頭を指で撫でながら、もふもふぐもぐも言っている。
わたしがもふもふで、ぐもぐも言うから飼い主はいつも連呼する。
そんなことより、早くチモシーとペレット、それからお菓子もちょうだい。
わたしは、ホーランドロップ(多分ね)のオレンジブロークン(多分ね)。
去年の二月に、ここへ来た。産まれて約三年。
前の飼い主様がわたしと一緒に暮らせなくなった、それで、ここへ来た。
観覧車っていう大きな丸い、くるくるまわってる変な遊具の下で待ち合わせをして、ピンクのおでかけ籠に入っていたわたしは、見知らぬ人の手に渡った。
新しいおうちは、前より狭くてなんかゴチャゴチャしていた。
わたしは気に入らなくて愛用のケージに直様もぐりこむと、睨みつけるように新しい人間を見た。
チモシーを差し出されたけれど、気に入らなかったので低く唸った。
『可愛くない……帰る』
そう言い残し、中年のオジサンが帰っていった。部屋にはわたしと、変な女が一人。
片手で“うさぎの飼い方”という本を持ちながら、頭を捻っている。
『この子三歳間近だけど、うさぎちゃんをお迎えしたら……で良いんだろうか。いつもみたいに、数日はそっとしておいてよいのかな。ネットで訊くか』
そんなわけない、わたしは毎日外に出て遊んでた。出してくれないと、ストレスが溜まって死んでしまう。
数時間して、男がやって来た。わたしを見て、物珍しそうにしている。
『おー、うさぎだ! 名前どうする?』
『前の名前にしてあげたほうが良いよねぇ……混乱するよね、この子』
『えー、でも、新しい名前つけたい。よし、今からティンカーベルだ!』
ながっ!
『ながっ! ……ベルちゃんにしようか』
わたしは、新しい家で“ベル”と呼ばれるようになった。
やめてよ、違うもん。
わたし、そんな名前じゃなかった。
『よし、遊ぶか! 出ておいでー』
『駄目だよ、少し落ち着かせてあげないと』
煩い二人の人間は、わたしを見て騒ぎ続けた。
わたしここ、嫌い。
数日して、ようやくわたしはケージから出た。廊下で走り回ることを許されたので、久々に身体を伸ばして、跳びまわった。
男がおいでおいでと手招きするけれど、誰が行くものか。
離れて様子を見ていたら、顔を顰めて去っていった。
『こいつ、懐いてないね。うさぎじゃないみたい』
失礼ね、うさぎよ。
『あー、うさカフェのうさぎちゃんみたいには懐いてないよ……。前の飼い主さんからも“懐いていませんでした”ってメール来たし』
他のうさぎなんて知らないわ。
私は気がついたら、ペットショップという所にいたもの。
みんな、わたしを可愛くないと言った。
懐かないから、可愛くないって。
だって、知らないもの、わからないもの。
わたし、とても怖いもの。
そもそも、他のうさぎがどんな風かなんて、知らない……。
けれど、飼い主である女だけは時折顔を顰めながらも、毎日二時間くらい遊んでくれた。
態度が気に入らなくて、何度か足や手に噛み付いてやった。
蹲って血を流しても、何も言わずに痛みを耐えているこの女を、わたしはじぃ、っと見ていた。
『……困ったなぁ。やっぱり子うさぎにすればよかったなぁ。大きくなったうさぎを飼うの、初めてだし。ロップは大人しいはずなんだけどな。避妊手術もしてるから、温厚な筈なのになぁ……』
ついに、飼い主の女も溜息をついて呆れたように呟くようになった。
わたしを、恐々触るようになった。
……わたしは、うさぎ。可愛い、うさぎ。可愛い、うさぎ。でも、みんな、可愛くないって言う。
わたしは、ケージの中で丸くなるしかなかった。
暫くして、ゴールデンウィークという人間の休暇の時期がやって来た。
生意気にも飼い主達は旅行へ行くらしく、その間わたしは飼い主の実家に預けられることになった。
いつものペレットにお菓子などの説明をしている飼い主を、わたしは忌々しく見つめていた。
『ベル。私には噛み付いてもいいけれど、お母さんとお父さんには噛み付いちゃ駄目だよ』
「ぶぅー! ぶっぶー!」
わたしはそう言う飼い主に、腹が立ったので低く唸った。
『怖いねこの子。前のうさぎはこんな声出さなかったよねぇ』
『ミンにポン、コンに、小夜は大人しかったよね。あ、すぐ噛むから気をつけてね。こっちに野菜でひきつけておいてから、餌の入れ物をとらないと飛びかかってくるよ』
ミン、コン、ポン、小夜? 変な名前のうさぎ達。ふん、わたしのほうが、可愛いもの。
噛むのは気に入らないからよ。だって、わたしのこと可愛いって思ってくれないもの。
わたし……嫌われてるもの。
扱いにくいって、ひしひしと伝わってくるんだもの。
数日後、飼い主達が旅行から帰宅した。わたしはまた、実家から移動した。
遽しくて疲れたので、丸くなって過ごした。
食欲がないから、ペレットなんていらない。
生野菜と、大好きなりんごは食べた。
前好きだったビスケットも、なんかパサパサするから食べなくなった。
『ど、どどどど、どうしよう! いつもペレットを大量に食べて、お腹が空くとぶーぶー鳴いて、ダンダン足ダンするベルが全く食べてない!』
食べたわよ、少しだけど。チモシーも何本か食べた。
『ああああ、ああああああ! ど、どうしょう! 会社から戻ったら、病院へ行こうね! この辺りにね、エキゾチックアニマルの名医がいる病院があるからね! ネット評価高かったからね!』
一人で慌てた女は、昼休み中も戻ってきて、わたしに野菜をくれた。
仕方がないので、出された分は食べるようにした。
あぁ、とても疲れた。
やっぱり、ペレットを食べる気がしない。
『どうしようー、わたしがベル要らないって少し思ったからだー。死んじゃうよーベルが死んじゃうよー!』
『落ち着け、とりあえず病院に行くんだ!』
『病院終わってたんだよー! うわああああああ』
泣きながら出て行った飼い主の女は、色んなものを両手一杯にして一時間後に戻ってきた。
『ほらベル! 猫の草だよ! 食べる? 食べる? ほら、美味しいドライフルーツだよ! 今日はたくさん食べていいよ!』
豪華なものがいっぱい出てきた、わたしは物珍しかったので猫の草は食べてみた。
大好きなドライフルーツも、食べた。
でも、新しいビスケットは食べなかった。
ふぅ、疲れた。
そしてまた、丸くなる。
もふもふ、ぐもぐも。
次の日、凄まじい形相で会社から戻ってきた飼い主は、わたしを必死におでかけ籠に押し込むと、危なっかしい運転で病院へ向かった。
とても人気の病院だそうで、受付してからどれだけ経過しても名前を呼ばれなかった。
犬は吼えるし、猫は鳴いてるし、インコは叫んでるし。
狭いところに押し込められて、わたしは苛々していた。
だから、足ダンを繰り返した。
その音はとても響いたので、色んな人がわたしを物珍しそうに覗き込む。
何よ、うさぎよ。文句あるの?
『うさぎちゃんですか?』
『ロップです! ……わぁ、小さいうさぎですね。ネザーランドですか?』
『いえ、四歳になるミニウサギです。ただの雑種ですよ』
『へぇ! 可愛い顔してますね』
待っていたら、ついに別のうさぎがやって来た。
飼い主は、デレデレとそのうさぎを見ている。
わたしも、おせっかいなことに籠を持ち上げられてそのうさぎと対面した。
ちびすけだ、怯えているのかわたしを見て大きく目を開いている。
ふん、わたしのほうが可愛い。
けれど、可愛いわたしではなくて、そのちびうさぎの話題ばかりだった。
面白くないので、何度も足ダンした。
「ぶー!」
『家に帰ってケージから出すと、ご飯ご飯ーって足元をくるくるまわるんです、可愛いですよね』
『……そ、そうですか。とても愛らしいですね』
勿論、わたしはそんなコトしない。
飼い主は、羨ましそうに寂しそうに話を聞きながら笑っていた。
退屈で死んでしまいそうな時、ようやくわたしの番がやって来た。
状況を説明した飼い主に、お医者さんがケージから出すように催促する。
籠が開けられた。
けれど、わたしはここから出なかった。
だって、籠の外がどんなところか、知らないもの。
必死に籠にしがみ付いていたら、背中を鷲掴みにされた。
「ぶぶー!」
びっくりして、爪を立てて噛み付いた。
籠から飛び出し、診察室を走り回った。
『べ、ベル! おいで!』
わたしの攻撃で蹲っているお医者さんを尻目に、飼い主が呼ぶので、わたしはそっちへ向かった。
『……元気ですね。触った感じではお腹も特に張っていませんし……大丈夫でしょう。手からなら食べるんですよね? 全く食べないのなら問題ですが、少しでも食べるのなら安心してください。うさぎにだって色々ありますよ。とりあえず、胃腸の働きを良くするお薬を出します。液体なのでスポイトなどで口に入れてあげてください』
診察は、ものの数分で終了した。
お医者さんは、始終腕を擦っていた。
わたしが噛み付いて引っ掻いたからだ。
流血してたしね、ふん!
声が震えていたから、相当痛かったんだろう。
『なんていうか、微妙な診察だったね。もう、ここには来ない気がする』
飼い主は、帰る車の中でぼそ、と呟いた。
うん、わたしもあそこ、嫌。
家に帰ると、飼い主はペレットに貰った液体を付着させて私に差し出した。
くんくんくん……。
甘い香りがした、パイナップルみたいな感じだ。
だから、食べる。
もふもふ、ぐもぐも。
わたしが食べたので飼い主は大喜びし、何個も液体にペレットをつけては、わたしにくれた。
水入れにも、その液体を入れた。
飲むと甘くて美味しいので、わたしはたくさん飲んだ。
たくさん飲んだら、パサパサしていたビスケットも食べられるようになった。
ふぅ、疲れた。
疲れたけれど、そろそろお腹が空いたから食べようかな。
久し振りに、ご飯入れからペレットを食べる。
チモシーもたくさん食べた。
もふもふ、ぐもぐも。
食べていたら、目の前の床に何かがぼたぼたと落ちてきた。
なんだろうと思って、見上げたら飼い主が号泣していた。
床に落ちてきたのは、涙と鼻水だったらしい、汚いっ!
けれども。
『うぅぅ、よかったよぉ~! ごめんねぇ、ベル。わたしが前のうさぎのほうが可愛いとか好きとか怖いとか可愛くないとかぶっちゃけ、貰うんじゃなかったとか、森に放しても生きていけそうだとか思ったばっかりに~!』
!? そこまで思ってたのか! なんて奴!
けれども。
号泣しながらわたしを必死に撫でている、この変な飼い主に。
わたしは、少しだけ、ほんの少しだけ。
仕方がないから、心を許すことにしたのだ。
もふもふっ。
わたしの名前は、ベル。
もうすぐ三歳になる茶色いロップ。
飼い主の足の上で寝転がるのが大好き。
飼い主の腹巻に包まって遊ぶのが大好き。
飼い主が呼べば、そこへ行く。
飼い主の身体をつついて、遊んでって、せがむ。
優しく撫でてくれると、お返しに手をぺろぺろしてあげるの。
『ベルちゃんは、今日も可愛いね!』
今年は一緒に旅行に連れて行ってもらったのだ。
疲れたけど、宿の女将さんやお孫さんにも可愛いって大好評だった。
いつも、『大きいうさぎちゃんですね』って言われるけど、可愛いって言ってもらえる。
もう、人を噛まなくなった。
近くにいるのに、わたしを撫でてくれないと足ダンするようになった。
わたしは、誰からも可愛いうさぎだと言われるようになった。
もちろん、前から可愛かったけど。
よかった、嬉しい。
だから、わたしは、今日も飼い主が戻ってきたら、足の上で寝るのだ。
ここが、わたしのおうち。
※お読みいただき、ありがとうございました※
もともと、七年前に絵本を作ろうとしたものの、うさぎの絵が上手く描けなかったのでこうなりました。
ところで、前の飼い主さんに後日「膝の上に乗ってきますよ」と伝えたら「え!? 乗ってくるんですか!?」と驚かれました。
例え小さい頃から一緒に居なくても、大事に思えば動物は応えてくれます。人間と同じです。
うさぎは見た目が可愛いのですが、生態をよく知らずに飼われるケースが多く、うさぎが居る場所(公園とか牧場とか)に夜中に捨てられたりします。
わたしがよく行く牧場では、行く度に見知らぬウサギがいます。ライオンヘッドやジャージーウーリーなど、毛の手入れが大変なウサギに困るみたいです。有名なウサギ島にも、注意勧告が出ています。
ウサギは鳴きませんが、壁やコードを齧ります。怒ると結構凶暴ですし、毛も生え変わるので大量に抜けます。
本やネットで、ウサギについて調べてから飼う人が増えますように。
とても可愛いです、が、世話が面倒で捨てることだけは……避けましょう。どうしても無理なら、ウサギの掲示板で引き取り先を見つけてあげてください。(この子はそこで見つけました)
ウサギに限りませんが、動物達が哀しまない世の中になりますように。
童話かどうか微妙ですが、お読みいただき有り難う御座いました。
尚、おかげさまで、今もベルは元気です。
おばあちゃんなので、脚が弱くなってきましたが(´;ω;`)
騒々しく、飼い主が帰ってきた。
これがわたしの、うるさい飼い主だ。
鼻頭を指で撫でながら、もふもふぐもぐも言っている。
わたしがもふもふで、ぐもぐも言うから飼い主はいつも連呼する。
そんなことより、早くチモシーとペレット、それからお菓子もちょうだい。
わたしは、ホーランドロップ(多分ね)のオレンジブロークン(多分ね)。
去年の二月に、ここへ来た。産まれて約三年。
前の飼い主様がわたしと一緒に暮らせなくなった、それで、ここへ来た。
観覧車っていう大きな丸い、くるくるまわってる変な遊具の下で待ち合わせをして、ピンクのおでかけ籠に入っていたわたしは、見知らぬ人の手に渡った。
新しいおうちは、前より狭くてなんかゴチャゴチャしていた。
わたしは気に入らなくて愛用のケージに直様もぐりこむと、睨みつけるように新しい人間を見た。
チモシーを差し出されたけれど、気に入らなかったので低く唸った。
『可愛くない……帰る』
そう言い残し、中年のオジサンが帰っていった。部屋にはわたしと、変な女が一人。
片手で“うさぎの飼い方”という本を持ちながら、頭を捻っている。
『この子三歳間近だけど、うさぎちゃんをお迎えしたら……で良いんだろうか。いつもみたいに、数日はそっとしておいてよいのかな。ネットで訊くか』
そんなわけない、わたしは毎日外に出て遊んでた。出してくれないと、ストレスが溜まって死んでしまう。
数時間して、男がやって来た。わたしを見て、物珍しそうにしている。
『おー、うさぎだ! 名前どうする?』
『前の名前にしてあげたほうが良いよねぇ……混乱するよね、この子』
『えー、でも、新しい名前つけたい。よし、今からティンカーベルだ!』
ながっ!
『ながっ! ……ベルちゃんにしようか』
わたしは、新しい家で“ベル”と呼ばれるようになった。
やめてよ、違うもん。
わたし、そんな名前じゃなかった。
『よし、遊ぶか! 出ておいでー』
『駄目だよ、少し落ち着かせてあげないと』
煩い二人の人間は、わたしを見て騒ぎ続けた。
わたしここ、嫌い。
数日して、ようやくわたしはケージから出た。廊下で走り回ることを許されたので、久々に身体を伸ばして、跳びまわった。
男がおいでおいでと手招きするけれど、誰が行くものか。
離れて様子を見ていたら、顔を顰めて去っていった。
『こいつ、懐いてないね。うさぎじゃないみたい』
失礼ね、うさぎよ。
『あー、うさカフェのうさぎちゃんみたいには懐いてないよ……。前の飼い主さんからも“懐いていませんでした”ってメール来たし』
他のうさぎなんて知らないわ。
私は気がついたら、ペットショップという所にいたもの。
みんな、わたしを可愛くないと言った。
懐かないから、可愛くないって。
だって、知らないもの、わからないもの。
わたし、とても怖いもの。
そもそも、他のうさぎがどんな風かなんて、知らない……。
けれど、飼い主である女だけは時折顔を顰めながらも、毎日二時間くらい遊んでくれた。
態度が気に入らなくて、何度か足や手に噛み付いてやった。
蹲って血を流しても、何も言わずに痛みを耐えているこの女を、わたしはじぃ、っと見ていた。
『……困ったなぁ。やっぱり子うさぎにすればよかったなぁ。大きくなったうさぎを飼うの、初めてだし。ロップは大人しいはずなんだけどな。避妊手術もしてるから、温厚な筈なのになぁ……』
ついに、飼い主の女も溜息をついて呆れたように呟くようになった。
わたしを、恐々触るようになった。
……わたしは、うさぎ。可愛い、うさぎ。可愛い、うさぎ。でも、みんな、可愛くないって言う。
わたしは、ケージの中で丸くなるしかなかった。
暫くして、ゴールデンウィークという人間の休暇の時期がやって来た。
生意気にも飼い主達は旅行へ行くらしく、その間わたしは飼い主の実家に預けられることになった。
いつものペレットにお菓子などの説明をしている飼い主を、わたしは忌々しく見つめていた。
『ベル。私には噛み付いてもいいけれど、お母さんとお父さんには噛み付いちゃ駄目だよ』
「ぶぅー! ぶっぶー!」
わたしはそう言う飼い主に、腹が立ったので低く唸った。
『怖いねこの子。前のうさぎはこんな声出さなかったよねぇ』
『ミンにポン、コンに、小夜は大人しかったよね。あ、すぐ噛むから気をつけてね。こっちに野菜でひきつけておいてから、餌の入れ物をとらないと飛びかかってくるよ』
ミン、コン、ポン、小夜? 変な名前のうさぎ達。ふん、わたしのほうが、可愛いもの。
噛むのは気に入らないからよ。だって、わたしのこと可愛いって思ってくれないもの。
わたし……嫌われてるもの。
扱いにくいって、ひしひしと伝わってくるんだもの。
数日後、飼い主達が旅行から帰宅した。わたしはまた、実家から移動した。
遽しくて疲れたので、丸くなって過ごした。
食欲がないから、ペレットなんていらない。
生野菜と、大好きなりんごは食べた。
前好きだったビスケットも、なんかパサパサするから食べなくなった。
『ど、どどどど、どうしよう! いつもペレットを大量に食べて、お腹が空くとぶーぶー鳴いて、ダンダン足ダンするベルが全く食べてない!』
食べたわよ、少しだけど。チモシーも何本か食べた。
『ああああ、ああああああ! ど、どうしょう! 会社から戻ったら、病院へ行こうね! この辺りにね、エキゾチックアニマルの名医がいる病院があるからね! ネット評価高かったからね!』
一人で慌てた女は、昼休み中も戻ってきて、わたしに野菜をくれた。
仕方がないので、出された分は食べるようにした。
あぁ、とても疲れた。
やっぱり、ペレットを食べる気がしない。
『どうしようー、わたしがベル要らないって少し思ったからだー。死んじゃうよーベルが死んじゃうよー!』
『落ち着け、とりあえず病院に行くんだ!』
『病院終わってたんだよー! うわああああああ』
泣きながら出て行った飼い主の女は、色んなものを両手一杯にして一時間後に戻ってきた。
『ほらベル! 猫の草だよ! 食べる? 食べる? ほら、美味しいドライフルーツだよ! 今日はたくさん食べていいよ!』
豪華なものがいっぱい出てきた、わたしは物珍しかったので猫の草は食べてみた。
大好きなドライフルーツも、食べた。
でも、新しいビスケットは食べなかった。
ふぅ、疲れた。
そしてまた、丸くなる。
もふもふ、ぐもぐも。
次の日、凄まじい形相で会社から戻ってきた飼い主は、わたしを必死におでかけ籠に押し込むと、危なっかしい運転で病院へ向かった。
とても人気の病院だそうで、受付してからどれだけ経過しても名前を呼ばれなかった。
犬は吼えるし、猫は鳴いてるし、インコは叫んでるし。
狭いところに押し込められて、わたしは苛々していた。
だから、足ダンを繰り返した。
その音はとても響いたので、色んな人がわたしを物珍しそうに覗き込む。
何よ、うさぎよ。文句あるの?
『うさぎちゃんですか?』
『ロップです! ……わぁ、小さいうさぎですね。ネザーランドですか?』
『いえ、四歳になるミニウサギです。ただの雑種ですよ』
『へぇ! 可愛い顔してますね』
待っていたら、ついに別のうさぎがやって来た。
飼い主は、デレデレとそのうさぎを見ている。
わたしも、おせっかいなことに籠を持ち上げられてそのうさぎと対面した。
ちびすけだ、怯えているのかわたしを見て大きく目を開いている。
ふん、わたしのほうが可愛い。
けれど、可愛いわたしではなくて、そのちびうさぎの話題ばかりだった。
面白くないので、何度も足ダンした。
「ぶー!」
『家に帰ってケージから出すと、ご飯ご飯ーって足元をくるくるまわるんです、可愛いですよね』
『……そ、そうですか。とても愛らしいですね』
勿論、わたしはそんなコトしない。
飼い主は、羨ましそうに寂しそうに話を聞きながら笑っていた。
退屈で死んでしまいそうな時、ようやくわたしの番がやって来た。
状況を説明した飼い主に、お医者さんがケージから出すように催促する。
籠が開けられた。
けれど、わたしはここから出なかった。
だって、籠の外がどんなところか、知らないもの。
必死に籠にしがみ付いていたら、背中を鷲掴みにされた。
「ぶぶー!」
びっくりして、爪を立てて噛み付いた。
籠から飛び出し、診察室を走り回った。
『べ、ベル! おいで!』
わたしの攻撃で蹲っているお医者さんを尻目に、飼い主が呼ぶので、わたしはそっちへ向かった。
『……元気ですね。触った感じではお腹も特に張っていませんし……大丈夫でしょう。手からなら食べるんですよね? 全く食べないのなら問題ですが、少しでも食べるのなら安心してください。うさぎにだって色々ありますよ。とりあえず、胃腸の働きを良くするお薬を出します。液体なのでスポイトなどで口に入れてあげてください』
診察は、ものの数分で終了した。
お医者さんは、始終腕を擦っていた。
わたしが噛み付いて引っ掻いたからだ。
流血してたしね、ふん!
声が震えていたから、相当痛かったんだろう。
『なんていうか、微妙な診察だったね。もう、ここには来ない気がする』
飼い主は、帰る車の中でぼそ、と呟いた。
うん、わたしもあそこ、嫌。
家に帰ると、飼い主はペレットに貰った液体を付着させて私に差し出した。
くんくんくん……。
甘い香りがした、パイナップルみたいな感じだ。
だから、食べる。
もふもふ、ぐもぐも。
わたしが食べたので飼い主は大喜びし、何個も液体にペレットをつけては、わたしにくれた。
水入れにも、その液体を入れた。
飲むと甘くて美味しいので、わたしはたくさん飲んだ。
たくさん飲んだら、パサパサしていたビスケットも食べられるようになった。
ふぅ、疲れた。
疲れたけれど、そろそろお腹が空いたから食べようかな。
久し振りに、ご飯入れからペレットを食べる。
チモシーもたくさん食べた。
もふもふ、ぐもぐも。
食べていたら、目の前の床に何かがぼたぼたと落ちてきた。
なんだろうと思って、見上げたら飼い主が号泣していた。
床に落ちてきたのは、涙と鼻水だったらしい、汚いっ!
けれども。
『うぅぅ、よかったよぉ~! ごめんねぇ、ベル。わたしが前のうさぎのほうが可愛いとか好きとか怖いとか可愛くないとかぶっちゃけ、貰うんじゃなかったとか、森に放しても生きていけそうだとか思ったばっかりに~!』
!? そこまで思ってたのか! なんて奴!
けれども。
号泣しながらわたしを必死に撫でている、この変な飼い主に。
わたしは、少しだけ、ほんの少しだけ。
仕方がないから、心を許すことにしたのだ。
もふもふっ。
わたしの名前は、ベル。
もうすぐ三歳になる茶色いロップ。
飼い主の足の上で寝転がるのが大好き。
飼い主の腹巻に包まって遊ぶのが大好き。
飼い主が呼べば、そこへ行く。
飼い主の身体をつついて、遊んでって、せがむ。
優しく撫でてくれると、お返しに手をぺろぺろしてあげるの。
『ベルちゃんは、今日も可愛いね!』
今年は一緒に旅行に連れて行ってもらったのだ。
疲れたけど、宿の女将さんやお孫さんにも可愛いって大好評だった。
いつも、『大きいうさぎちゃんですね』って言われるけど、可愛いって言ってもらえる。
もう、人を噛まなくなった。
近くにいるのに、わたしを撫でてくれないと足ダンするようになった。
わたしは、誰からも可愛いうさぎだと言われるようになった。
もちろん、前から可愛かったけど。
よかった、嬉しい。
だから、わたしは、今日も飼い主が戻ってきたら、足の上で寝るのだ。
ここが、わたしのおうち。
※お読みいただき、ありがとうございました※
もともと、七年前に絵本を作ろうとしたものの、うさぎの絵が上手く描けなかったのでこうなりました。
ところで、前の飼い主さんに後日「膝の上に乗ってきますよ」と伝えたら「え!? 乗ってくるんですか!?」と驚かれました。
例え小さい頃から一緒に居なくても、大事に思えば動物は応えてくれます。人間と同じです。
うさぎは見た目が可愛いのですが、生態をよく知らずに飼われるケースが多く、うさぎが居る場所(公園とか牧場とか)に夜中に捨てられたりします。
わたしがよく行く牧場では、行く度に見知らぬウサギがいます。ライオンヘッドやジャージーウーリーなど、毛の手入れが大変なウサギに困るみたいです。有名なウサギ島にも、注意勧告が出ています。
ウサギは鳴きませんが、壁やコードを齧ります。怒ると結構凶暴ですし、毛も生え変わるので大量に抜けます。
本やネットで、ウサギについて調べてから飼う人が増えますように。
とても可愛いです、が、世話が面倒で捨てることだけは……避けましょう。どうしても無理なら、ウサギの掲示板で引き取り先を見つけてあげてください。(この子はそこで見つけました)
ウサギに限りませんが、動物達が哀しまない世の中になりますように。
童話かどうか微妙ですが、お読みいただき有り難う御座いました。
尚、おかげさまで、今もベルは元気です。
おばあちゃんなので、脚が弱くなってきましたが(´;ω;`)