第1話

文字数 2,000文字

お互い独身で年も近い電気屋仲間の川ちゃんはよく誘ってくれる。川ちゃんは韓国パブで働くミヨンちゃんに入れこんでいる。
「コバちゃん、飲み行こうよ」。
「韓パブ?やめとく」。
工事現場で電気設備工事の主任をしている俺は、来週の幹線引き込み工事の人員確保に手こずっている。机上の履歴書を見て、ため息をつく。
「いい人材いないの?」
「木田川うたまろ、じょん万じろう、光げんじ……」。
大規模工事が集中する都心では、常に人員不足に悩まされる。大きな会社から順に人員を囲い込む為、下請け業者は経歴の怪しい日雇い人工に頼るしかない。外国人労働者は、知っている漢字や人名を屈指して潜り込もうとする。
「必死なんだよ」。
「必死だったら本名かけよー。いかつい顔で光げんじって」。
写真の貼ってない履歴書がほとんどだが、光げんじは写真が貼ってある。彫りの深い、よく日に焼けた、南国の香りがする顔立ちである。
「体力ありそうじゃん」。
「川ちゃん、適当なこと言ってくれんなよー」。
ゼネコンと呼ばれる大きな建設会社が三社共同体となる工事現場は、サブコンと呼ばれる電気・設備業者も何社か入り共同体として作業を行います。
「コバちゃんが教育すればいいだけじゃん」。
「安全講習で偽名バレたらアウトだよ」。
愚痴を言っていても始まらない。川ちゃんの言う通り教育するしかない。
怪しい履歴書から選んだ五人が外国人である。教育に一日、安全講習に一日、作業は三日。事故が起きたら会社は潰れ、俺はクビになる。
「日本語しゃべれますか?」
「……」。
「英語はしゃべれますか?」
「……」。
みぞおちのあたりでポキリと音がする。マスキングテープで折れた心をつなぎ合わせ、身振り手振りで説明を始める。
「挨拶は大きな声でね。おはようございます」。
「オハヨーゴザイマス」。
「お疲れさまでした」。
「オツカレサマデシタ」。
「いいね」。
挨拶程度の日常会話はできる外国人たちは、褒められたことに喜ぶ。
全作業員必須の安全講習は座っていればいいだけだが、内容の説明は必要である。作業中はヘルメット、軍手、安全靴着用。休憩、水分補給は欠かさないこと。担当者の指示を守ること。要点をホワイボートに絵で描き示す。
「OK?」
「ハイッ」。
大きく首を縦にふる。
主な作業内容は幹線を運んで持っていること、指示された場所に固定すること。単純作業だが、電気を通すには大切な作業である。丁寧に素早く行えるよう一人ひとり、運び方、持ち方、固定の仕方を指導する。
「作業内容はOK?」
「ハイッ」。
まっすぐな瞳を見開いて首を縦にふる。
「安全講習の最後に終了証が発行されるので、本名でサインして下さい」。
外国人たちは首をかしげ、母国語で詰めよってくる。本名を書いたら雇ってもらえないと言っているのだろう。
「本名を書いて下さい。責任を持って雇うので偽名はダメ。みんな仕事できると俺が信用したんだからウソつかなくていい」。
雇うことは理解できたようで、顔を見合わせながら首を縦にふる。
翌日、安全講習を終えた外国人たちは、本名のサイン入りの終了証を永住権でも得たように飛び跳ねて喜ぶ。
「コバ、アリガトーゴザイマス」。
「明日からが作業本番だよー」。
川ちゃんの会社は計装工事を請け負っており、主な出番は工期の後半な為、助っ人してくれる。思考は読めないが仕事をそつなくこなし、人にやさしい男である。
「コバちゃん、手伝うよ」。
「助かるよー、川ちゃん」。
コバ班は、日雇い外国人五人と助っ人の川ちゃんと俺。残りの三班に比べると戦力外が否めないが、作業が終わりさえすればいい。作業当日にやってきた外国人たちは、仕事ができる喜びでキラキラと輝く。
「オハヨーゴザイマス」。
「始めますかー」。
「ハーイ」。
所定の場所に幹線を運び、固定していく単純作業を繰り返す。夕方からポツポツと降り出した雨は、土砂降りへと変わっている。
夜間作業の上、雨が降り出し、他の班は不満を言い出す作業員が増えていく。若手社員はあきらかにやる気をなくし、口数だけが増え、手足の動作は止まる。
対照的に外国人たちは、集中力を切らさず、俺の指示通りに作業を続ける。単純作業を繰り返すうちに作業スピードは上がり、手際がよくなる。三日後、全体の半分の作業をコバ班が終わらせた。
賃金を受け取って帰る彼らの笑顔は、地平線を焼き尽くす太陽のようだった。
彼らが偽名を使わずに働ければいい。
彼らが教育を受けられる場所があるといい。
彼らが貧困で希望をつぶされない国になればいい。
「コバちゃん、どうした?」
「川ちゃん、志はある?」
「愛するヒトを守ること」。

チマチョゴリを着た川ちゃんとミヨンちゃんの写メを横目に、昼飯をかきこむ。
慌ただしく懐かしむ俺は、彼らの国で今日も電気を引く。
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