5・外伝 西の大陸より

文字数 4,123文字

 競作企画「調」参加作品です。
 参加に手を上げたものの、新たに世界を生み出すには一万字では私の腕では無理でした。結局は有りものの北海世界を使用する事になりました。
 北海の七つの島と東にある大陸。この「北海世界」の成り立ちに思いを馳せた時に、西の大陸からやって来た未知の人々、というのが最初は頭の中にありました。だから、北海人と中つ海の人々とは言葉が全く、通じない、という設定でした。それが崩れたのは、Ⅲ『血の代償』(2022・12月現在連載中)を書いている途中でした。初めは戦士階級は中つ海の言葉を話せる事にしていたのですが、大きな齟齬を産む可能性がでてきたのです。
 考えました。
 Ⅰ・1『海神の娘』で北の涯の島の人々は滅びた国を落ち延びた末裔か逃亡奴隷であり、海神信仰が主人公の故郷と共通していると書きました。Ⅰ・3『運命の娘』でも西の大陸で起こった大災厄を逃れてきた、と触れたのですが、これを利用できないか、と。
 元々、東の大陸に住んでいた人々が西の大陸に植民し、戻って来たのではないか。
 西の大陸の植民地は滅びた。では、東の大陸にあった国はどうなったのか。
 中つ海(中原の沿岸部)とは、奉じる神が異なる。中つ海の人々は北海人を野蛮な異教徒と見ている。
 この二つから、「異教徒大討伐」が行われた、となりました。神歴一〇〇〇年を機に、北方に住まう異教徒に対する「十字軍」が行われたのではないか。それは四十年に渡って北方を襲い、疲弊させ、最後の二つの決戦へと導いた。
 その時、死を覚悟した一人が、残る家族(逃げるのを良しとしなかった未成年の男女や女達)も恐らく、異教と言われる自分達の神々の記憶の薄い幼い者達を除いて全て殺されるのだろうと思い、何かを残さなければ、という切迫した中で思い付いた事――それが、気に入りの本の一部を破り取る事だったのではないか、と思いました。敵の手に落ちた時、地図を残すと危ないかもしれない。この考えから、簡単な道のりを示したのではないだろうかと。(手稿なのか写本なのかは不明ですが、いずれにしても、エリダル王かセイムンドに連なる人でありましょう。)
 西の新天地、という所が引っかかりはしました。
 アイスランド・サガ(北海物語(サガ)はこちらのサガから来ています)『赤毛のエイリークのサガ』『グリーンランド人のサガ』に重なりはしないだろうかと思いました。この二つのサガを合わせて『ヴィンランド・サガ』(葡萄の地のサガ)という、北欧人によるアメリカ大陸到達物語になります。
 しかし、東西南北、どこへ行こうと新天地を求めたヴァイキング達の影は付き纏います。
 ヴァイキング時代の文化を下敷きにしているだけでも、実は心苦しいのです。この時代の話は「よくある」「ありがち」と言われた事もあります。海外ではヴァイキング小説は一ジャンルを為すほどに人気がありますが、私はネットに疎い(ネットで物を調べたり買い物ができるようになったのは三年前。それまで閲覧も制限されていた)ので、ドラマ「ヴァイキング」も知らずにいました。ヒストリカル・ロマンスで数冊見付けただけでした。どれも、海外作品でした。正直、『ヘイムスクリングラ』の翻訳の存在さえも知らず、英訳版を頼りにしていたくらいです。世間知らずで「ありがち」とは知りもしなかったのです。
 そこへもって、西へ行くとなれば、これは、もう、サガをなぞっているようなもの。
 別にセイムンドの東方地域や南溟への旅でも良いのではないかと迷いました。
 けれども、いつかは触れなくてはならない物語でした。ならば、これを好機に思えば良い。
 西へと何の理由があって、出発したのか。どのような場所であるのか、そういった事は、作中の時間経過はともかくとして、一瞬でできあがったようなものです。人影を尋ねてみよう、というのも。
 この地には人間の姿も痕跡もない。
 それが、肝でもありました。
 この物語は架空世界を描くものですが、(名を秘された)神々の介入はなく、精霊や妖精、魔法、魔物は存在しません。(地霊や幽霊の存在や、護符やお守り、呪い、占いを人々は信じていますが。)
 故に、人と人とのぶつかり合いになるのです。異なった言語・宗教・文化の人間を、どこまで受容するか、という北海物語の根幹に触れる事にもなります。飽くまでも、人間の物語です。それでよくハイ・ファンタジィを名乗れるな、と思われるかもしれませんが、これは、作者の中ではファンタジィですので、お許し下さい。
 結局は、この三〇〇年後に人々を襲う事態を考えれば、過去に何かがあったからこそ、ここは人の住まう場所ではないのだろう、という結論に至りました。
 セイムンドが鰐の川を強行突破して更に南に進み、森(密林)を抜けていれば、そこには人間の姿があったのかもしれません。
 もしかしたら、実は西の大陸と繋がっているかしれません。
 動物相にも悩みました。結局は現実の生物から持ってくる他はなかったのですが、似たようなもの、と思って下さい。大きな叫び声を上げて飛ぶ鮮やかな色彩の鳥の中には、口吻が長く牙のある始祖鳥のようなものも混じっているかもしれません。現実世界でも、雛の時には翼の先端に爪のついているツメバケイという鳥(孵化後まもなくから枝から枝への移動に使用。生後二・三週間で消失)も存在しているので、このくらいは遊んでもよいかなと。運よく遭遇しませんでしたが、映画『アナコンダ』級の大蛇もいるでしょう。
 もっと詳しく、色々と描写したかった、というのが、本当のところです。(充分に字数オーバーで結構削ったのですが……。)
 ともあれ、この作品が、北海の歴史を見直すきっかけになりました。
 中原は多神教で他の宗教にも寛容であった時代がありました。力で東方地域や北方地域を支配し言語・文字は中原化したものの、改宗や文化の変化は求めませんでした。古い文字は(まじな)いや護符としては残っていますが、それを作る占い師や神官の他には意味は伝わっていません。歴史や文芸は口承であり、モノとして残るのは、刺繍や織物の図案、記念や道標の石碑くらいでしたので、文字に関しては簡単に受け入れられました。
 言語に関しては――最近知った事なのですが、アイスランド語の話者が減っているらしいです。移民が十五%になり、アイスランド語は世界一難しい言語と言われている上に学習には高額な費用がかかるそうで、ホテルではアイスランド語は通じず、若い世代はネットに英語に親しんでいる。話者は三十万人ですが、日常生活では既にアイスランド語を話す必要がなくなっているらしいです。発音はより複雑に変化しながらも、小学生ですら千年前のサガが読めると言われたこの国から、独立不羈を誇り、美髪王の圧政から逃れてきた人々により建国され、中世にあって共和制を三百年貫いた国から、言語が失われようとしている。それを考えると、北海世界のような時代にあっては、一つの言語を消すなど、とても簡単な事ではなかったか。(民族を消すなら、奴隷として飼い殺しにすれば、簡単に絶えるでしょう。古アイスランドのように奴隷同士の結婚が許される、というのは稀有の事でしょうから。)
 大帝国が一神教を国教とし、異教徒を改宗・文化的にも中原化させようと(交易の禁止等の手段を用いて)した事から北方地域に反乱が起こり、帝位継承で戦乱状態にあった中原を血赤川以南に押し戻す――帝国としては、穢れた赤い川に隔てられた地よりも、地続きの東方の反抗の方が大事であった。そうして、北方地域は独自の歴史を歩んでゆく。
 そういう流れが見えました。(「作品時系列」をご覧いただけると幸いです。)
 競作企画に参加させて頂けて、感謝しております。
 因みに、南溟は一神教ではありますが、異教や異文化に寛容であり、中原とは商売さえうまくいけばそれで構わないという考えです。交易島のみで交流有り。中原の東方地域とは峻厳な山脈で隔てられて到達不可能な東方諸島群(仮)とも海路での交易路を確立しており、人・物問わず、交流が盛んでもあります。
 この作品は、昔に読んだ小栗虫太郎『人外魔境』のように、わくわくするような秘境ものにしたかったのですが、さて、どうでしょうか。虫太郎の特徴であるペダントリックな文章と、(戦前の作品なので)差別的な表現の点で、万人にお勧めできるものではありませんが、ご一読いただければ嬉しく思います。(布教)
 この北海世界、他の人にはどうあれ、殺伐とした風景や人々、残酷さや苛酷さ、生き難さも含めて、作者には非常に居心地の良い場所なっています。いつまでも、この中に籠って夢想していたいほどに。実際にこのような世界に生まれたとすれば瞬殺でしょうが、それでも、何もない荒野と灰色の荒れた海とは、作者の心象風景でもあります。中原中也「北の海」も併せてどうぞ。
 最近は救いの見えない物語にかかり切りでしたので、その反動でか、少しおかしな事になっているかと思います。これまでの主題でもありました北海における女性の生き方とは真逆の男ばかりの話になってしまってもいます。それでも、楽しんでいただければ幸いです。
    ※    ※    ※
 セイムンド達の越冬中の物語も準備しております。未知の土地と故国との生活の一端が見えればな、と思います。ただ、男ばかり六十五人ですので、「雨夜の品定め」や「色懺悔」にならないようには注意しておりますが。(既に怪しい。幽霊や不思議な現象などの奇譚集にしたい思い。)こちらは、一章書き終える毎に公開予定です。セイムンドに十年放って置かれた妻の話も出るかもしれません。
 セイムンドの仕えるエリダル王――子竜飼いのエリダル王の短い話も予定しています。
 また、最後に触れられた「若い族長」の話も頭の中にはあります。「紫の目の魔女」と「海神の娘」の隔たりについての物語になる思います。恐らく、現在連載中のⅢ『血の代償』の完結後Ⅳ『野獣の花嫁』(仮)の後に書く予定でいます。
 先に完結した物語と共に、こちらも読んでいただけると嬉しいです。

(2022/12)
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