第1話
文字数 10,000文字
「最初に見たときに君が好きになりました… オレと付き合ってください!」
ちょっと前までふざけてきた男の子が深く頭を下げて、こっちに手を伸ばしている。
“そんな… どうしよう…? いったいどうしたらいいの?”
告白されることなんて初めてな私がとまどっていると、その男の子は差し出した手をもっとピンと伸ばして私へ突き出した。
「どうぞ… ヨロシクお願いします!」
“そんなこと言ったって… 本当にどうしよう…”
離れたところにいるスズさんをチラリと見る。スズさんは黙ったまま私と翔君のことを見ているだけだ。
“だいたい、どうしてこんなことになっちゃたの…?”
*
「このキャリー思ったより重い…」
今から1か月前、私は2日分のお泊り用の荷物を詰め込んだキャリーケースを引っ張りながら、とある空港を歩いていた。
私の名前は早坂綾乃。公立高校の2年生のいたって普通の女の子。身長は155センチくらい、体型と体重はモデルさんには遠く及ばずダイエットした方がいい位の感じ… 校則で禁止されてるからお化粧っ気は一切なし。髪型もお手入れが簡単なショートカット。
週末の土曜日に制服姿で重い荷物を引っ張って家から遠く離れた空港の通路を歩いているのには、自分でも信じられない理由がある。
友だちに言われて見たネットTV。初対面の美男美女の高校生たちが週末に旅行をして、恋人を探す番組だった。この番組を家族に内緒で家のパソコンで見てたんだけど、ドキドキとキュンキュンの連続に目が離せなくなって、すぐに夢中になっちゃった。それで勢いに任せてお姉ちゃんにこの番組のことを熱く語っちゃったんだ…
イタズラ好きで楽しいお姉ちゃん。お姉ちゃんにアヤはこの番組に出てみたい?って聞かれて、できれば出てみたいな!って答えた時、私は何にも考えていなかった。なんでそんなこと聞くのかな、ってちょっと不思議には思ったんだけど…
しばらくしてこの番組を作っている会社からオーディションの連絡があった時とってもビックリしちゃった! お姉ちゃんを問い詰めたら、あの番組では参加者を募集してたしアヤだって番組に出たいって言ったでしょ、だって!
本気でテレビに出たいって言う訳ないでしょ!と言ったら、小さい時からテレビに出たいって言ってたアヤにはちょうど良いチャンスだと思って応募してあげたのよ、ってお姉ちゃん。その後で結局オーディションへ行った私も私なんだけどね…
オーディションではイロイロとやらかしたから絶対落ちたと思ってたら、なぜか合格の連絡が… きっと美男美女の引き立て役にピッタリだと思われたに違いないと私は思ったんだ…
そんなことを思い出しながら集合場所へ急いでいたら、大きなキャリーを持った制服姿の二人組の女子高生を見つけたので、私は駆け寄って行ったんだ。
「すみません… もしかして『恋する週末ホームステイ』に出られる方ですか?」
息を切らした私の声に振り向いた二人の顔はメチャメチャ可愛いかった!
長い茶髪にボリュームたっぷりの巻き髪のチョイ濃いメイクのギャル系と、真っすぐの長い黒髪の切れ長な目の和風系の美人だった!
「は、初めまして… ご一緒させていただく早坂綾乃といいます…」
「あなたが今回参加する一般募集の人なんだ。初めまして、私は岸本リカ」
ちょっとワイルドな言葉づかいのリカさんは濃いグレーのブレザーに紺の短いスカート、ピンクシャツに大きいリボンのギャル系美人。次に和風美人があいさつをしてくれた。
「実はウチも緊張しているのよ早坂さん。初めまして、香月スズです」
丁寧な話し方のスズさんは濃紺のセーラー服に白スカーフで全体的に清楚な印象が◎。スカートは短すぎないところがポイント高い。
なんて二人ともカワイイんだろう! ありきたりの紺のブレザーで白シャツに紺リボン、膝までスカートの組み合わせで飾りっ気のない私なんかとは大違い… 私とは別次元の顔立ちと容姿の二人と一緒に番組に出て恋人として選ばれることがあるのかな…
前の方から男子3人と撮影のスタッフの人たちがワイワイしながらやって来た。参加メンバーが全員そろったところで『恋チケット』の入った封筒を選ぶことになっていたんだ。
『恋チケット』っていうのは、この恋のための旅ができるチケット。旅ができる回数は2週間分・3週間分・5週間分になっていて、自分の回数は他の人に言ってはいけない。つまり、自分の回数だけじゃなくて、気になった人の回数も考える必要があるってコト。周りの人たちのアセリや表情も見ておかないと告白しそこなうかも、とリカさんの意見。
気になる人に告白できる『赤いチケット』も1枚ずつ配られたよ。告白は旅行中いつでもOK! 告白が成功すればそのカップルは旅からは卒業する。告白がうまくいかないと告白した人が旅からいなくなる… 天国行きにも地獄行きにもなるちょっと怖いチケットだ…
スタッフの人たちから撮影は今から始まるけれどカメラの前でいつも通りリラックスして元気にしてね、とだけ言われたんだ。けど、いつも通りっていうのは絶対にムリだった。だってそこには超イケメン男子が3人もいたんだもん!
*
「ねえ、早坂さん! みんなで自己紹介を始めようだって! ねえ聞こえているの?」
みんなに後ろからついて行って遊園地内の素敵なカフェに入った私がイケメンたちに見とれてボーっとしていると、私の肩をスズさんがゆすって声をかけてきた。
「そうや! みんな仲良くできるようにタメ語でいこうや!」
全員がドリンクを飲んで一息ついたところで、イケメン男子の一人がみんなを見回して陽気に言った。
「タメ語、ゼンゼンいいね! タメ語で行こ!」
リカさんがすぐに元気よく反応した。
「じゃあアタシから自己紹介をするね! アタシは岸本 リカ! 横浜から来たんだ! 好みのタイプは背が高いストリート系ファッションの似合う人!」
「横浜女子ええな! 提案した責任で男子の一番オレ行くわ! オレ、小田切 好詩! 大阪出身! 好みのタイプは… ギャルっぽい子や!」
調子のいいシャベリの好詩君は髪の毛の束が波のような、ショートの黒髪のクール系長身男子。グレーのジャケットに濃紺のパンツが渋カッコイイ。
「ウチは広島から来た香月 スズ。ガッシリとした感じの男の人が好みです。それで優しければ言うことがありません」
「俺は涼宮 翔。札幌からやって来た。好みのタイプはナチュラルな雰囲気のする、髪の短い女の子だ」
いばった話し方の翔君はサラッとした金髪の目が大きな男の子で背の高さは普通くらい。明るい茶色のブレザーに薄茶のパンツ、茶色のローファーと統一感がいい感じ。
「わ、私の名前は 早坂 綾乃 東京都の出身です。こ、好みのタイプは… ここにいらっしゃる方は全員私のタイプです!」
イケメン男子たちに見とれてボーっとしていた私の口から、全員ステキでカッコイイと思った言葉がそのままダダモレしていた。
その場は一瞬にして静かになったけど、少ししてからイケメン男子たちが大爆笑した。それからヒソヒソ話をしていて、感じよくない…
「男子の皆さんゴメンなさい! 私ボンヤリしちゃってて…」
でも、私もボーっとしてたからイケメンたちに謝った。
「別に謝ることなんてない。ほめてもらっておれは悪い気はしない」
ぶっきらぼうなイケメンは頭の両サイドの髪の毛が短くてガッシリとした体の清潔感のある長身男子。詰襟の制服が男らしさを強調している。
「おれの名前は梶 倫太郎。好みのタイプは和風な落ち着いた女性。福岡から来た」
「全員の自己紹介も終わったし、これからは下の名前で呼び合おうや! お互いにもっとよく知り合えるようにペアになって、好きなアトラクションに行くことにするで!」
好詩君はそう言うと、リカさんをさそってカフェを出て行った。あまりに自然に男の人が女の人を誘うのを見て私がビックリしていると、隣のスズさんには倫太郎君が話しかけていた。
「綾乃さん、シャークスライドに行こうぜ!」
後ろからの声に振り返ると、翔君の顔がすぐ目の前にあって私はビックリ!
「エッ! 私と? ですか?」
「そうだよ、前から行ってみたかたんだ! さあ、行くぜ!」
とまどう私にかまわずに、そのままシャークスライド乗り場まで翔君は私の肩を後ろから押して行ったの。天気の良い日だったから、船に乗る頃には二人とも上着を脱いだんだけど、それが後でトンデモないことに…
「翔君! なにそのかっこう!」
船から降りる時に翔君のことを見ると、シャツが水びたしで体にくっ付いて肌が透けて見えていた… 同じことが私に起きているとしたら… あわてて私は上着を着ようと思ったけど、ヒザの上に置いてたからズブぬれに…
「こんなに水をかぶることになって… わりい綾乃さん…」
とほうにくれていた私に翔君が足元にあって無事だった自分の上着を着せてくれた! 翔君の上着は香水の香りがしてサイズも大きくて、私ドキドキしちゃった…
私と翔君がシャークスライドの出口を一緒に出たところでにリカさんと好詩君がやって来た。
「二人とも頭からズブぬれになっちゃってどうしたの!?」
「私と翔君はシャークスライドに行ったんだけど、たくさん水をかぶっちゃって… リカさんたちは何をしていたの?」
「アタシは好詩君とコーヒーカップに乗ってきたよ。楽しかったけど目が回っちゃってね…」
「そうや! ここでお互いの相手を変えようや!」
ここでも陽気に好詩君が私たちに提案をしてきた。
「うん、アタシは翔君とも話がしたかった!」
「俺もリカさんと話がしてみたい! 綾乃さんはどうだ?」
「好詩君が私でも良ければ…」
「綾乃さんなら大歓迎や! どこに行きたいんや?」
「私は少し疲れたの… 良ければお茶したいけど、いいかな?」
「OK、オレもそう思うてたんや!」
「翔君、上着を貸してくれてどうもありがとう」
私がお辞儀をして翔君へお礼を言った時、代わりに好詩君が上着を着せてくれた。
私と好詩君はカフェへ向かったんだけど、途中にソフトクリーム屋さんがあって、私の目がお店にクギづけになった。
「綾乃さんはソフトクリームが食べたいんやろ?」
「エッ! どうして私の心の中がわかったの?」
「足を止めてソフトクリーム屋さん見てたやんか。目は口ほどにモノを言い、って言うやろ。さあ行こうや」
そう言うと好詩君はシャツを腕まくりをして私に腕を組んで来た! たくましい腕に私の視線がクギづけに!
それから好詩君にソフトクリーム選びを任された私は悩んでからイチゴとチョコを選んだ。
「綾乃さんは選んどる時の悩み顔がメッチャかわいかったで!」
「好詩君のイジワル!」
好詩君は笑って、私はほっぺをふくらませて、ソフトクリームをなめているところにスズさんと倫太郎君が通りがかった。
「ソフトクリームがとてもおいしそうね」
私たちを見てスズさんがうらやましそうな顔をした。
「スズさんは何味が好きなんや?」
好詩君が私の方から急にスズさんの方を向いて質問した。
「えっ、バニラだけど…」
「そんなら、一緒に買いに行こや!」
そう言い終わる前に好詩君はスズさんの腕を引いてお店へ向かった。
「ねえ好詩君、待ってよ!」
突然のことに私は好詩君の後を必死に追いかけた。
「上着を返すから!」
何とか上着を好詩君に返してくると倫太郎君が待っていた。
「好詩に目の前であんなことされて綾乃さんは平気なのか?」
倫太郎君が怒った顔をして私に聞いた。
「平気って… 私は美男美女の集まりの中に迷い込んだ、場違いなただの女の子だよ。みんなと一緒にいられるだけで私は幸せ者なんだよ」
「そんなことない。綾乃さんは化粧も濃くないし香水臭くない。ヤセっぽちでも無表情でもない。明るくて笑顔がステキな女の子だ」
「ありがとう、倫太郎君。キミにそう言ってもらえるだけでうれしいよ」
倫太郎君はハッとしたようだった。私はキャラでもないのに照れてほっぺが赤くなっちゃった。
「アツくなってごめん… 綾乃さん、実はおれ行きたいところがあるんだ」
「どこに行きたいの?」
「魔法使いたちの町なんだ… せっかくココに来てるから…」
それまで無表情だった倫太郎君が恥ずかしそうにした。
「ホント?」
うれしくなって私はピョンピョン跳ねちゃった!
「私も映画見たよ! それからずっと行くって決めてたんだ!」
日が落ちてきて園内に明かりがともるなか、私たちが映画の話をしているうちに魔法使いたちの町に着いた。
「私、女の子の魔法使いの杖が欲しかったの!」
魔法の杖のお店で喜ぶ私に倫太郎君が話しかけてきた。
「おれは主人公の杖が欲しかったんだ。綾乃さんは本当にこのお店に来たかったんだな」
「どうして?」
「お店を見たら駆けて行くし、順番を待つ間ソワソワして、出て行く人がいると背伸びしてお店の中をのぞこうとしてただろ」
「私って、そんな恥ずかしい子だった!?」
「恥ずかしくなんかない、とってもかわいかった! 綾乃さんの欲しかった杖はどこだ?」
小バカにされた気がした私は自分で探してやろう思った。欲しい杖は見つけたけど、棚の高いところにあったんだ。つま先で立って一生懸命に背を伸ばしてもぜんぜん届かない…
そのとき私の後ろから長い手が伸びてきて欲しい杖を取ってくれた!
「なんだこれが欲しかったのか」
「うん、ありがとう…」
さりげなく高いところにある杖を取ってもらって私はキュンとしちゃった! 私もお返しをしなくっちゃ! さっき見かけたぞ…
「倫太郎君が欲しかったのはあれでしょ?」
「えっ、どこだ… あ、あった! ありがとう綾乃さん!」
倫太郎君はとても喜んで、笑顔を見せて感謝してくれた!
お金を払ってお店を出ると外はイルミネーションでいっぱいだった。
「今何時かな?」
倫太郎君が聞いてきたので、私は時計を見た。
「6時20分だよ」
「もうそんな時間か。今日泊まるホテルの前での集合が6時30分だったな」
そんなの初めて聞いたけど、私はイケメンたちにみとれていて聞きのがしたのかも…
「さあ、急ごう綾乃さん!」
倫太郎君は私の手をグッと引いて、光があふれる園内をホテルに向かって走り始めた。
息を切らした私たちがホテルの前に着くと、もうみんな集まっていた。
「二人で手をつないでラブラブね!」
からかうようにリカさんが話しかけてきた。それに続いてみんなから冷やかす声が…
「私たち、そんなことないよ…」
私はあわてて倫太郎君から手を離した。ただ、倫太郎君はさびしそうな顔をしてたかも…
「すんません、今から合流してイイっすか?」
知らない男子が声をかけてきた。
「美敏!?」 「キャーッ!」
その人が近づいてきた時にリカさんとスズさんがスゴイ声をあげた!
「前回は恋を実らせられなかった美敏で~す。リベンジメンバーとして今から参加しま~す!」
「アタシ前回の恋ステ見ました! 大ファンです!」
「ウチはSNSをフォローしています!」
前回出場のイケメン登場に大盛り上がりのリカさんとスズさん! 有名で強力なライバルが突然現れて、男子たちは元気がなくなった…
それから私たち女子は今晩泊まる部屋に行ったんだ。お部屋は映画のイメージの家具や小物でいっぱい! テンションの上がった私たちはお部屋の探検や写真を撮ったりした。
夕食は7人で一緒に楽しく食事して、ニギヤカなおしゃべりをたくさんしたんだ。それから私たちは部屋に戻って、それぞれが好きなように時間を過ごしてた。
「今日の撮影はさっきで終わったわね。女子の皆さん一日お疲れ様でした。アタシは延長戦に行ってきますので、ヨロシク!」
メイクを決めたリカさんが私とスズさんに敬礼をしてから部屋を出て行った。
「美敏君にお熱だもんね、リカちゃん。綾ちゃんは誰が気になっている? ウチは翔君かな…」
スマホを片付けながらスズさんがつぶやいた。でも、つぶやきにしては少し声が大きかったかも…
「ウチもちょっと出かけてくるね、綾ちゃん」
スエットを着たスズさんも部屋を出た。
一人になった私はホテルの中やお庭を探検することにした。映画で使われたインテリアや小物がたくさんあって、ゆっくりと見たいと思っていたんだ。
1階のホールに行く途中で私は好詩君を見かけた。スズさんと二人で話をするのかな…
ホテルの中を見てから私はお庭へ出た。月明かりの下でランニングをしている人がいる。その姿に電灯の明かりがあたった。
「スズさん…」
私は遠いのに思わず身を隠したの。スズさんのことをのぞき見したような気がして建物の中にすぐ戻ったんだ。するとガラス窓の横のソファーには座ってスマホを聞いている人がいた。
「好詩君?」
気づかれないように後ろから見てみると、外国語のテキストを使っている。私はそっとその場を離れた。
そしてさまよっているうちに噴水の前に来ていた。
スズさんや好詩君はどこにいてもトレーニングや学習を続けている。私と同い年位なのに自分の目標をしっかり持っていて、それに向かって努力を惜しまないんだ! 私は自分のことが恥ずかしくなった。
「綾乃さんも噴水に来てたのか… 話をしてもいいか?」
振り向くと翔君がいた。けど、その時は話をする気分じゃなかった。
「ごめん、私もう戻らないと」
「そうか… 綾乃さん、明日も来週も一緒にいてくれよな」
なぜ明日より先のことを考えるのか。翔君が言い残した言葉の意味が私にはわからなかった。
*
「最初に見た時からあなたのことが好きになりました… どうか俺に付き合ってください!」
2週間目の日曜日は告白がされる日… さっきまでふざけすぎてた翔君が深く頭を下げて手を私に向かって伸ばしてきた。
“翔君は今日が最後だったのか…”
この前にリカさんが美敏君に告白して見事に成功していた。
“スズさん、スズさんは翔君のこと気になるって言っていたよね? 私こんな大切なこと、一人で決められない…”
私は離れたところにいるスズさんを見たけど、黙ったままだった。
“スズさんのこと私は裏切れない… いったいどうしたらいいの?”
「どうぞ… ヨロシクお願いします!」
翔君は差し出してきた手をさらにピンと伸ばして私へ突き出した。
「ゴ、ゴメンナサイ… 翔君はカッコ良すぎて私なんかにはもったいない…」
“翔君が気になるんなら、スズさんはここで告白してくるはずよね…”
でも、スズさんには何の動きもなかった。
「ほ、本当にゴメンナサイ、翔君…」
「わかった。これまでありがとう、綾乃さん…」
その場でなんとか私は翔君に告げたけど、同時に心にはあるショックを受ていた…
*
3週間目に行った旅行のことを私はよくおぼえてはいないんだ。その土曜日には水族館に行ったんだよ。きれいな色の魚をたくさん見たり、イルカがジャンプして高いところにあるリングを通り抜けるのを見たりしたんだ。自分でもペンギンに魚をあげたよ!
だけど、スズさんや好詩君、倫太郎君たちとの会話や一緒にしたことはおぼえていない…
翌日の日曜日。この日は牧場での旅だったけど、どんな旅だったか全然おぼえていない…
そしてこの3週間目の日曜日も誰かが告白をして誰かが告白される日… この日は赤いチケットが2枚出されていたんだ…
「これまでの旅でいろんなことを一緒にしたり、お互いの夢の話をして、あなたのことが大好きになりました! こんなオレで良かったらぜひお付き合いしてください!」
告白されたスズさんは物静かだった。
「ウチには好きな人がおります。すみません、あなたの告白をお受けできません」
スズさんはていねいに好詩君に頭を下げた。
その返事を聞いた好詩君は残念そうだったけどサッパリとした顔をしていた。
もう1枚の赤いチケットは…
「あなたの誠実な人柄にひかれました。まだ未熟なところばかりですが、一生懸命努力しますので、お付き合いをお願いします」
告白された人は黙っている…
「あなたのお気持ちはありがたいのですが、今回は縁がなかったと思います」
返事を聞いたスズさんは答えた倫太郎君の言葉にうなずいた。
“スズさんは倫太郎君に? なぜ私には翔君が気になると言ったの? 気持ちが変わった?”
私の頭の中ではいろいろな考えがうず巻いていた。
*
それから2週間がたって5回目の旅になった。
前の4回目の週末の旅では浜辺やボーリングに行ったけど、倫太郎さんから元気がないからゆっくり休むように言われたの。二人きりだから私が悩んでいることが分かったのかな… 私は倫太郎君に心配をかけて申し訳なく思った。そしてだんだん倫太郎君の優しさにひかれていく気がする…
5回目の土曜日は公園でのデート。ボートに乗ったり、ピクニックと二人ぼっちを目いっぱい楽しんだ! 倫太郎君になら自分の気持ちや思いを話せるようになったんだ。結局ずっと頼りっぱなしの私…
その日の夕食後、私がペンションのテラスでイスに座って夜空を見ていたら、倫太郎君がやって来て隣のイスに座った。
「綾乃さんが元気になってきて安心したよ」
「ごめんね心配かけちゃって」
「今なら綾乃さんにあのことを話せると思って来たんだ」
「あのことって?」
「スズさんのことなんだけど… スズさんは綾乃さんを助けようとしたんだ」
「エッ…」
「おれは翔が綾乃さんのことを他の女の子より美人じゃないから引っかけやすいって言ってたのを聞いて、スズさんに伝えたんだ。スズさんはとても怒った… 綾ちゃんに翔が告白するなら自分が気のあるフリをして綾ちゃんには絶対OKさせないって… 綾ちゃんに恨まれても自分が悪者になるからいいって」
「スズさんは私のために…」
「これは秘密なんだけど、おれがスズさんを振ることは二人で決めてたことなんだ。スズさんは通っている高校に好きな人がいるから自分を振るようにおれに頼んで来てたんだ」
私はスズさんのことを誤解していたことをとても後悔していた。
「ちょっと話しすぎたね… お休みなさい綾乃さん… 明日が来なければ、ずっと一緒にいられるのにね…」
倫太郎君はさびしそうにほほえんで自分の部屋に帰って行った。
5回目の日曜日。最後の告白の日の最後の告白の時…
「綾乃さん、一目見たときから明るい笑顔のあなたが好きでした。おれと付き合ってください」
誠実な態度で倫太郎君は私に告白してくれた。
「倫太郎君、本当にありがとうございます。まだ、私はあなたとはお付き合いできません。ごめんなさい」
私は誠心誠意をこめて倫太郎君に頭を下げた。
*
もしあの『告白の日』に戻ることができたなら… 家に帰った日から私は毎日考えている。
まだ私は倫太郎君にふさわしい人じゃない。だから、あの時に彼とお付き合いするOKの返事はできなかった… けど別の返事ならできたのでは…
でも『告白の日』に戻ることはもうできない… それなら、私が新しく『告白の日』を作っちゃえばいい! 付き合ってもらうのは私が彼にふさわしい人になってから。がんばってそうなるまでは友達として付き合ってもらえるように私からお願いしよう。
私は倫太郎君にまず友だちとして付き合ってもらえるようにお願いする手紙を書いて赤チケットと一緒に送ることにした。
ちょっと前までふざけてきた男の子が深く頭を下げて、こっちに手を伸ばしている。
“そんな… どうしよう…? いったいどうしたらいいの?”
告白されることなんて初めてな私がとまどっていると、その男の子は差し出した手をもっとピンと伸ばして私へ突き出した。
「どうぞ… ヨロシクお願いします!」
“そんなこと言ったって… 本当にどうしよう…”
離れたところにいるスズさんをチラリと見る。スズさんは黙ったまま私と翔君のことを見ているだけだ。
“だいたい、どうしてこんなことになっちゃたの…?”
*
「このキャリー思ったより重い…」
今から1か月前、私は2日分のお泊り用の荷物を詰め込んだキャリーケースを引っ張りながら、とある空港を歩いていた。
私の名前は早坂綾乃。公立高校の2年生のいたって普通の女の子。身長は155センチくらい、体型と体重はモデルさんには遠く及ばずダイエットした方がいい位の感じ… 校則で禁止されてるからお化粧っ気は一切なし。髪型もお手入れが簡単なショートカット。
週末の土曜日に制服姿で重い荷物を引っ張って家から遠く離れた空港の通路を歩いているのには、自分でも信じられない理由がある。
友だちに言われて見たネットTV。初対面の美男美女の高校生たちが週末に旅行をして、恋人を探す番組だった。この番組を家族に内緒で家のパソコンで見てたんだけど、ドキドキとキュンキュンの連続に目が離せなくなって、すぐに夢中になっちゃった。それで勢いに任せてお姉ちゃんにこの番組のことを熱く語っちゃったんだ…
イタズラ好きで楽しいお姉ちゃん。お姉ちゃんにアヤはこの番組に出てみたい?って聞かれて、できれば出てみたいな!って答えた時、私は何にも考えていなかった。なんでそんなこと聞くのかな、ってちょっと不思議には思ったんだけど…
しばらくしてこの番組を作っている会社からオーディションの連絡があった時とってもビックリしちゃった! お姉ちゃんを問い詰めたら、あの番組では参加者を募集してたしアヤだって番組に出たいって言ったでしょ、だって!
本気でテレビに出たいって言う訳ないでしょ!と言ったら、小さい時からテレビに出たいって言ってたアヤにはちょうど良いチャンスだと思って応募してあげたのよ、ってお姉ちゃん。その後で結局オーディションへ行った私も私なんだけどね…
オーディションではイロイロとやらかしたから絶対落ちたと思ってたら、なぜか合格の連絡が… きっと美男美女の引き立て役にピッタリだと思われたに違いないと私は思ったんだ…
そんなことを思い出しながら集合場所へ急いでいたら、大きなキャリーを持った制服姿の二人組の女子高生を見つけたので、私は駆け寄って行ったんだ。
「すみません… もしかして『恋する週末ホームステイ』に出られる方ですか?」
息を切らした私の声に振り向いた二人の顔はメチャメチャ可愛いかった!
長い茶髪にボリュームたっぷりの巻き髪のチョイ濃いメイクのギャル系と、真っすぐの長い黒髪の切れ長な目の和風系の美人だった!
「は、初めまして… ご一緒させていただく早坂綾乃といいます…」
「あなたが今回参加する一般募集の人なんだ。初めまして、私は岸本リカ」
ちょっとワイルドな言葉づかいのリカさんは濃いグレーのブレザーに紺の短いスカート、ピンクシャツに大きいリボンのギャル系美人。次に和風美人があいさつをしてくれた。
「実はウチも緊張しているのよ早坂さん。初めまして、香月スズです」
丁寧な話し方のスズさんは濃紺のセーラー服に白スカーフで全体的に清楚な印象が◎。スカートは短すぎないところがポイント高い。
なんて二人ともカワイイんだろう! ありきたりの紺のブレザーで白シャツに紺リボン、膝までスカートの組み合わせで飾りっ気のない私なんかとは大違い… 私とは別次元の顔立ちと容姿の二人と一緒に番組に出て恋人として選ばれることがあるのかな…
前の方から男子3人と撮影のスタッフの人たちがワイワイしながらやって来た。参加メンバーが全員そろったところで『恋チケット』の入った封筒を選ぶことになっていたんだ。
『恋チケット』っていうのは、この恋のための旅ができるチケット。旅ができる回数は2週間分・3週間分・5週間分になっていて、自分の回数は他の人に言ってはいけない。つまり、自分の回数だけじゃなくて、気になった人の回数も考える必要があるってコト。周りの人たちのアセリや表情も見ておかないと告白しそこなうかも、とリカさんの意見。
気になる人に告白できる『赤いチケット』も1枚ずつ配られたよ。告白は旅行中いつでもOK! 告白が成功すればそのカップルは旅からは卒業する。告白がうまくいかないと告白した人が旅からいなくなる… 天国行きにも地獄行きにもなるちょっと怖いチケットだ…
スタッフの人たちから撮影は今から始まるけれどカメラの前でいつも通りリラックスして元気にしてね、とだけ言われたんだ。けど、いつも通りっていうのは絶対にムリだった。だってそこには超イケメン男子が3人もいたんだもん!
*
「ねえ、早坂さん! みんなで自己紹介を始めようだって! ねえ聞こえているの?」
みんなに後ろからついて行って遊園地内の素敵なカフェに入った私がイケメンたちに見とれてボーっとしていると、私の肩をスズさんがゆすって声をかけてきた。
「そうや! みんな仲良くできるようにタメ語でいこうや!」
全員がドリンクを飲んで一息ついたところで、イケメン男子の一人がみんなを見回して陽気に言った。
「タメ語、ゼンゼンいいね! タメ語で行こ!」
リカさんがすぐに元気よく反応した。
「じゃあアタシから自己紹介をするね! アタシは岸本 リカ! 横浜から来たんだ! 好みのタイプは背が高いストリート系ファッションの似合う人!」
「横浜女子ええな! 提案した責任で男子の一番オレ行くわ! オレ、小田切 好詩! 大阪出身! 好みのタイプは… ギャルっぽい子や!」
調子のいいシャベリの好詩君は髪の毛の束が波のような、ショートの黒髪のクール系長身男子。グレーのジャケットに濃紺のパンツが渋カッコイイ。
「ウチは広島から来た香月 スズ。ガッシリとした感じの男の人が好みです。それで優しければ言うことがありません」
「俺は涼宮 翔。札幌からやって来た。好みのタイプはナチュラルな雰囲気のする、髪の短い女の子だ」
いばった話し方の翔君はサラッとした金髪の目が大きな男の子で背の高さは普通くらい。明るい茶色のブレザーに薄茶のパンツ、茶色のローファーと統一感がいい感じ。
「わ、私の名前は 早坂 綾乃 東京都の出身です。こ、好みのタイプは… ここにいらっしゃる方は全員私のタイプです!」
イケメン男子たちに見とれてボーっとしていた私の口から、全員ステキでカッコイイと思った言葉がそのままダダモレしていた。
その場は一瞬にして静かになったけど、少ししてからイケメン男子たちが大爆笑した。それからヒソヒソ話をしていて、感じよくない…
「男子の皆さんゴメンなさい! 私ボンヤリしちゃってて…」
でも、私もボーっとしてたからイケメンたちに謝った。
「別に謝ることなんてない。ほめてもらっておれは悪い気はしない」
ぶっきらぼうなイケメンは頭の両サイドの髪の毛が短くてガッシリとした体の清潔感のある長身男子。詰襟の制服が男らしさを強調している。
「おれの名前は梶 倫太郎。好みのタイプは和風な落ち着いた女性。福岡から来た」
「全員の自己紹介も終わったし、これからは下の名前で呼び合おうや! お互いにもっとよく知り合えるようにペアになって、好きなアトラクションに行くことにするで!」
好詩君はそう言うと、リカさんをさそってカフェを出て行った。あまりに自然に男の人が女の人を誘うのを見て私がビックリしていると、隣のスズさんには倫太郎君が話しかけていた。
「綾乃さん、シャークスライドに行こうぜ!」
後ろからの声に振り返ると、翔君の顔がすぐ目の前にあって私はビックリ!
「エッ! 私と? ですか?」
「そうだよ、前から行ってみたかたんだ! さあ、行くぜ!」
とまどう私にかまわずに、そのままシャークスライド乗り場まで翔君は私の肩を後ろから押して行ったの。天気の良い日だったから、船に乗る頃には二人とも上着を脱いだんだけど、それが後でトンデモないことに…
「翔君! なにそのかっこう!」
船から降りる時に翔君のことを見ると、シャツが水びたしで体にくっ付いて肌が透けて見えていた… 同じことが私に起きているとしたら… あわてて私は上着を着ようと思ったけど、ヒザの上に置いてたからズブぬれに…
「こんなに水をかぶることになって… わりい綾乃さん…」
とほうにくれていた私に翔君が足元にあって無事だった自分の上着を着せてくれた! 翔君の上着は香水の香りがしてサイズも大きくて、私ドキドキしちゃった…
私と翔君がシャークスライドの出口を一緒に出たところでにリカさんと好詩君がやって来た。
「二人とも頭からズブぬれになっちゃってどうしたの!?」
「私と翔君はシャークスライドに行ったんだけど、たくさん水をかぶっちゃって… リカさんたちは何をしていたの?」
「アタシは好詩君とコーヒーカップに乗ってきたよ。楽しかったけど目が回っちゃってね…」
「そうや! ここでお互いの相手を変えようや!」
ここでも陽気に好詩君が私たちに提案をしてきた。
「うん、アタシは翔君とも話がしたかった!」
「俺もリカさんと話がしてみたい! 綾乃さんはどうだ?」
「好詩君が私でも良ければ…」
「綾乃さんなら大歓迎や! どこに行きたいんや?」
「私は少し疲れたの… 良ければお茶したいけど、いいかな?」
「OK、オレもそう思うてたんや!」
「翔君、上着を貸してくれてどうもありがとう」
私がお辞儀をして翔君へお礼を言った時、代わりに好詩君が上着を着せてくれた。
私と好詩君はカフェへ向かったんだけど、途中にソフトクリーム屋さんがあって、私の目がお店にクギづけになった。
「綾乃さんはソフトクリームが食べたいんやろ?」
「エッ! どうして私の心の中がわかったの?」
「足を止めてソフトクリーム屋さん見てたやんか。目は口ほどにモノを言い、って言うやろ。さあ行こうや」
そう言うと好詩君はシャツを腕まくりをして私に腕を組んで来た! たくましい腕に私の視線がクギづけに!
それから好詩君にソフトクリーム選びを任された私は悩んでからイチゴとチョコを選んだ。
「綾乃さんは選んどる時の悩み顔がメッチャかわいかったで!」
「好詩君のイジワル!」
好詩君は笑って、私はほっぺをふくらませて、ソフトクリームをなめているところにスズさんと倫太郎君が通りがかった。
「ソフトクリームがとてもおいしそうね」
私たちを見てスズさんがうらやましそうな顔をした。
「スズさんは何味が好きなんや?」
好詩君が私の方から急にスズさんの方を向いて質問した。
「えっ、バニラだけど…」
「そんなら、一緒に買いに行こや!」
そう言い終わる前に好詩君はスズさんの腕を引いてお店へ向かった。
「ねえ好詩君、待ってよ!」
突然のことに私は好詩君の後を必死に追いかけた。
「上着を返すから!」
何とか上着を好詩君に返してくると倫太郎君が待っていた。
「好詩に目の前であんなことされて綾乃さんは平気なのか?」
倫太郎君が怒った顔をして私に聞いた。
「平気って… 私は美男美女の集まりの中に迷い込んだ、場違いなただの女の子だよ。みんなと一緒にいられるだけで私は幸せ者なんだよ」
「そんなことない。綾乃さんは化粧も濃くないし香水臭くない。ヤセっぽちでも無表情でもない。明るくて笑顔がステキな女の子だ」
「ありがとう、倫太郎君。キミにそう言ってもらえるだけでうれしいよ」
倫太郎君はハッとしたようだった。私はキャラでもないのに照れてほっぺが赤くなっちゃった。
「アツくなってごめん… 綾乃さん、実はおれ行きたいところがあるんだ」
「どこに行きたいの?」
「魔法使いたちの町なんだ… せっかくココに来てるから…」
それまで無表情だった倫太郎君が恥ずかしそうにした。
「ホント?」
うれしくなって私はピョンピョン跳ねちゃった!
「私も映画見たよ! それからずっと行くって決めてたんだ!」
日が落ちてきて園内に明かりがともるなか、私たちが映画の話をしているうちに魔法使いたちの町に着いた。
「私、女の子の魔法使いの杖が欲しかったの!」
魔法の杖のお店で喜ぶ私に倫太郎君が話しかけてきた。
「おれは主人公の杖が欲しかったんだ。綾乃さんは本当にこのお店に来たかったんだな」
「どうして?」
「お店を見たら駆けて行くし、順番を待つ間ソワソワして、出て行く人がいると背伸びしてお店の中をのぞこうとしてただろ」
「私って、そんな恥ずかしい子だった!?」
「恥ずかしくなんかない、とってもかわいかった! 綾乃さんの欲しかった杖はどこだ?」
小バカにされた気がした私は自分で探してやろう思った。欲しい杖は見つけたけど、棚の高いところにあったんだ。つま先で立って一生懸命に背を伸ばしてもぜんぜん届かない…
そのとき私の後ろから長い手が伸びてきて欲しい杖を取ってくれた!
「なんだこれが欲しかったのか」
「うん、ありがとう…」
さりげなく高いところにある杖を取ってもらって私はキュンとしちゃった! 私もお返しをしなくっちゃ! さっき見かけたぞ…
「倫太郎君が欲しかったのはあれでしょ?」
「えっ、どこだ… あ、あった! ありがとう綾乃さん!」
倫太郎君はとても喜んで、笑顔を見せて感謝してくれた!
お金を払ってお店を出ると外はイルミネーションでいっぱいだった。
「今何時かな?」
倫太郎君が聞いてきたので、私は時計を見た。
「6時20分だよ」
「もうそんな時間か。今日泊まるホテルの前での集合が6時30分だったな」
そんなの初めて聞いたけど、私はイケメンたちにみとれていて聞きのがしたのかも…
「さあ、急ごう綾乃さん!」
倫太郎君は私の手をグッと引いて、光があふれる園内をホテルに向かって走り始めた。
息を切らした私たちがホテルの前に着くと、もうみんな集まっていた。
「二人で手をつないでラブラブね!」
からかうようにリカさんが話しかけてきた。それに続いてみんなから冷やかす声が…
「私たち、そんなことないよ…」
私はあわてて倫太郎君から手を離した。ただ、倫太郎君はさびしそうな顔をしてたかも…
「すんません、今から合流してイイっすか?」
知らない男子が声をかけてきた。
「美敏!?」 「キャーッ!」
その人が近づいてきた時にリカさんとスズさんがスゴイ声をあげた!
「前回は恋を実らせられなかった美敏で~す。リベンジメンバーとして今から参加しま~す!」
「アタシ前回の恋ステ見ました! 大ファンです!」
「ウチはSNSをフォローしています!」
前回出場のイケメン登場に大盛り上がりのリカさんとスズさん! 有名で強力なライバルが突然現れて、男子たちは元気がなくなった…
それから私たち女子は今晩泊まる部屋に行ったんだ。お部屋は映画のイメージの家具や小物でいっぱい! テンションの上がった私たちはお部屋の探検や写真を撮ったりした。
夕食は7人で一緒に楽しく食事して、ニギヤカなおしゃべりをたくさんしたんだ。それから私たちは部屋に戻って、それぞれが好きなように時間を過ごしてた。
「今日の撮影はさっきで終わったわね。女子の皆さん一日お疲れ様でした。アタシは延長戦に行ってきますので、ヨロシク!」
メイクを決めたリカさんが私とスズさんに敬礼をしてから部屋を出て行った。
「美敏君にお熱だもんね、リカちゃん。綾ちゃんは誰が気になっている? ウチは翔君かな…」
スマホを片付けながらスズさんがつぶやいた。でも、つぶやきにしては少し声が大きかったかも…
「ウチもちょっと出かけてくるね、綾ちゃん」
スエットを着たスズさんも部屋を出た。
一人になった私はホテルの中やお庭を探検することにした。映画で使われたインテリアや小物がたくさんあって、ゆっくりと見たいと思っていたんだ。
1階のホールに行く途中で私は好詩君を見かけた。スズさんと二人で話をするのかな…
ホテルの中を見てから私はお庭へ出た。月明かりの下でランニングをしている人がいる。その姿に電灯の明かりがあたった。
「スズさん…」
私は遠いのに思わず身を隠したの。スズさんのことをのぞき見したような気がして建物の中にすぐ戻ったんだ。するとガラス窓の横のソファーには座ってスマホを聞いている人がいた。
「好詩君?」
気づかれないように後ろから見てみると、外国語のテキストを使っている。私はそっとその場を離れた。
そしてさまよっているうちに噴水の前に来ていた。
スズさんや好詩君はどこにいてもトレーニングや学習を続けている。私と同い年位なのに自分の目標をしっかり持っていて、それに向かって努力を惜しまないんだ! 私は自分のことが恥ずかしくなった。
「綾乃さんも噴水に来てたのか… 話をしてもいいか?」
振り向くと翔君がいた。けど、その時は話をする気分じゃなかった。
「ごめん、私もう戻らないと」
「そうか… 綾乃さん、明日も来週も一緒にいてくれよな」
なぜ明日より先のことを考えるのか。翔君が言い残した言葉の意味が私にはわからなかった。
*
「最初に見た時からあなたのことが好きになりました… どうか俺に付き合ってください!」
2週間目の日曜日は告白がされる日… さっきまでふざけすぎてた翔君が深く頭を下げて手を私に向かって伸ばしてきた。
“翔君は今日が最後だったのか…”
この前にリカさんが美敏君に告白して見事に成功していた。
“スズさん、スズさんは翔君のこと気になるって言っていたよね? 私こんな大切なこと、一人で決められない…”
私は離れたところにいるスズさんを見たけど、黙ったままだった。
“スズさんのこと私は裏切れない… いったいどうしたらいいの?”
「どうぞ… ヨロシクお願いします!」
翔君は差し出してきた手をさらにピンと伸ばして私へ突き出した。
「ゴ、ゴメンナサイ… 翔君はカッコ良すぎて私なんかにはもったいない…」
“翔君が気になるんなら、スズさんはここで告白してくるはずよね…”
でも、スズさんには何の動きもなかった。
「ほ、本当にゴメンナサイ、翔君…」
「わかった。これまでありがとう、綾乃さん…」
その場でなんとか私は翔君に告げたけど、同時に心にはあるショックを受ていた…
*
3週間目に行った旅行のことを私はよくおぼえてはいないんだ。その土曜日には水族館に行ったんだよ。きれいな色の魚をたくさん見たり、イルカがジャンプして高いところにあるリングを通り抜けるのを見たりしたんだ。自分でもペンギンに魚をあげたよ!
だけど、スズさんや好詩君、倫太郎君たちとの会話や一緒にしたことはおぼえていない…
翌日の日曜日。この日は牧場での旅だったけど、どんな旅だったか全然おぼえていない…
そしてこの3週間目の日曜日も誰かが告白をして誰かが告白される日… この日は赤いチケットが2枚出されていたんだ…
「これまでの旅でいろんなことを一緒にしたり、お互いの夢の話をして、あなたのことが大好きになりました! こんなオレで良かったらぜひお付き合いしてください!」
告白されたスズさんは物静かだった。
「ウチには好きな人がおります。すみません、あなたの告白をお受けできません」
スズさんはていねいに好詩君に頭を下げた。
その返事を聞いた好詩君は残念そうだったけどサッパリとした顔をしていた。
もう1枚の赤いチケットは…
「あなたの誠実な人柄にひかれました。まだ未熟なところばかりですが、一生懸命努力しますので、お付き合いをお願いします」
告白された人は黙っている…
「あなたのお気持ちはありがたいのですが、今回は縁がなかったと思います」
返事を聞いたスズさんは答えた倫太郎君の言葉にうなずいた。
“スズさんは倫太郎君に? なぜ私には翔君が気になると言ったの? 気持ちが変わった?”
私の頭の中ではいろいろな考えがうず巻いていた。
*
それから2週間がたって5回目の旅になった。
前の4回目の週末の旅では浜辺やボーリングに行ったけど、倫太郎さんから元気がないからゆっくり休むように言われたの。二人きりだから私が悩んでいることが分かったのかな… 私は倫太郎君に心配をかけて申し訳なく思った。そしてだんだん倫太郎君の優しさにひかれていく気がする…
5回目の土曜日は公園でのデート。ボートに乗ったり、ピクニックと二人ぼっちを目いっぱい楽しんだ! 倫太郎君になら自分の気持ちや思いを話せるようになったんだ。結局ずっと頼りっぱなしの私…
その日の夕食後、私がペンションのテラスでイスに座って夜空を見ていたら、倫太郎君がやって来て隣のイスに座った。
「綾乃さんが元気になってきて安心したよ」
「ごめんね心配かけちゃって」
「今なら綾乃さんにあのことを話せると思って来たんだ」
「あのことって?」
「スズさんのことなんだけど… スズさんは綾乃さんを助けようとしたんだ」
「エッ…」
「おれは翔が綾乃さんのことを他の女の子より美人じゃないから引っかけやすいって言ってたのを聞いて、スズさんに伝えたんだ。スズさんはとても怒った… 綾ちゃんに翔が告白するなら自分が気のあるフリをして綾ちゃんには絶対OKさせないって… 綾ちゃんに恨まれても自分が悪者になるからいいって」
「スズさんは私のために…」
「これは秘密なんだけど、おれがスズさんを振ることは二人で決めてたことなんだ。スズさんは通っている高校に好きな人がいるから自分を振るようにおれに頼んで来てたんだ」
私はスズさんのことを誤解していたことをとても後悔していた。
「ちょっと話しすぎたね… お休みなさい綾乃さん… 明日が来なければ、ずっと一緒にいられるのにね…」
倫太郎君はさびしそうにほほえんで自分の部屋に帰って行った。
5回目の日曜日。最後の告白の日の最後の告白の時…
「綾乃さん、一目見たときから明るい笑顔のあなたが好きでした。おれと付き合ってください」
誠実な態度で倫太郎君は私に告白してくれた。
「倫太郎君、本当にありがとうございます。まだ、私はあなたとはお付き合いできません。ごめんなさい」
私は誠心誠意をこめて倫太郎君に頭を下げた。
*
もしあの『告白の日』に戻ることができたなら… 家に帰った日から私は毎日考えている。
まだ私は倫太郎君にふさわしい人じゃない。だから、あの時に彼とお付き合いするOKの返事はできなかった… けど別の返事ならできたのでは…
でも『告白の日』に戻ることはもうできない… それなら、私が新しく『告白の日』を作っちゃえばいい! 付き合ってもらうのは私が彼にふさわしい人になってから。がんばってそうなるまでは友達として付き合ってもらえるように私からお願いしよう。
私は倫太郎君にまず友だちとして付き合ってもらえるようにお願いする手紙を書いて赤チケットと一緒に送ることにした。