第4話

文字数 1,037文字

僕は鍵を開けて家に入った。
帰ってくるつもりのなかった部屋はよく片付いていて、撥ねつけるような不気味さがある。
「部屋、片付いてますね」
男は部屋をぐるりと見渡しながら言う。
「最後の一日、って言っても、部屋の片づけで終わっちゃう人とか結構いるんですよ。しかも皆やけに生き生きしていて。死ぬ前ってそういうものなんですかね」
お言葉の通り、昨日時間を忘れて大掃除をしました、なんてことはもちろん言い出せない。
ふと冷静になる。すんなり家に上げてしまったが、本当にこの男は死神なのだろうか。何度見ても普通の大学生にしか見えない。新手の詐欺や宗教の勧誘を疑い始めた矢先、男は僕に席に座るように促し、少し真面目な顔をして話し始める。
男は鈴木と名乗った。電車でも大方の説明は受けたが、僕に死を告げ、最後の一日を見守ることが男の役割らしい。死を告げられて犯罪行為に走ろうとする人も中にはいるらしく、それを防ぐことも仕事の一つらしいが、あくまで静観するというのが基本だと話した。
「なぜそんなことをするんだ?」
「よく聞かれるんですけど、特にこれといった理由は無い、というか分からないんですよね。私たちからしても人間はなんで「生きる」の?って思いますもん。それと同じ感覚ですよ。人間に死を告げて、見守って、死まで導く。っていうのを物心ついたときにはやってました。それが私たちの、人間でいう「生きる」ってことなんじゃないですか?」
死を伝えることが生きること、とはいよいよ頭が混乱してくる。
「あとよく勘違いされるんですけど、私たちが殺すわけではないですからね?私たちは死をお伝えして案内するだけですから。誰がいつ死ぬ、とかは通達でしか知りませんよ。自殺に関しては管轄外ですし。死を伝える相手が既に亡くなってるケース最近増えてて困ってるんですよ。今回はぎりぎり間に合ったようでよかったです」
そうだ、僕は今日死のうとしていたんだ、と改めて気づかされる。死のうとしていた日に、明日死にますと言われるのは、どこか宙ぶらりんになった心地がして、明日をどう過ごしたらいいか全く思いつかない。とりあえず資料を提出するために出勤かぁ、と思っていると、だんだん鈴木の声が遠くなっていった。
「試合終了、と思いきやロスタイムですよ。今までロスしたなぁと思う時間分、明日をしっかり生きてみてください」
遠くから聞こえる鈴木の声に返事をする間もなく、使い古した掃除したてのテーブルを枕に僕はまどろんでいく。
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