第4話 第1章(その4)

文字数 5,118文字

十三年前 衛星パルトア 長老議事堂

 二年前と同じ場に、コルティニウスは立たされている。
 しかし、二年前と違い、今回のコルティニウスは、すっかりやつれ、しょげかえっている。
 長老たちも、侃々諤々の議論をしようという雰囲気はなく、重苦しい沈黙が、場を支配している。
「至急、調査員を派遣した」長老の一人が、発言した。「その調査報告が、入った」
 他の長老は、押し黙っている。
「エテルダの、北西洋上に発生した、原因不明の巨大津波は、主にその西部に位置する、タヴォラ合衆国の東部海岸地域に、多大な被害をもたらしている。現在までに判明しているのは、死者行方不明者およそ三万人、家屋流出ならびに損壊は百万棟…」
 長老たちの間から、「ううむ…」という呻きが漏れた。
 それっきり再び、長老たちは沈黙した。
 やがて…。
「諸君、前代未聞の事態だ」長老の一人が、重々しく云った。「我々はこれまで五千年の間、エテルダのノルド・ファニを監督し、善導し続けてきた。しかし、こちらからこのような災厄を与えたことなど、聞いたこともない」
「だから私は、あの子をエテルダに戻すべきだと云ったのだ」
「しかし、あの子に力が…しかも通常の力を超えた、“超超越(オド・オド)”であることが分かった今、エテルダに戻したら、かえって危険だった」
「三万人もの人的被害を出す災害を起こしたのに、それ以上に危険とは、どういうことかね?」
「戦争は、もっと深刻な被害をもたらす」
「戦争は我々の直接な影響で起きるものではない」
「だが我々の善導の結果として起きた戦争は、数え切れないほどだ」
「今はその議論をすべき場ではない。とりあえずの問題は、あの子の処遇を今後見直すか否か、それと、監督責任者であるコルティニウスの処分についてだ」
「今でもエテルダに戻すべきだと思うかね?」
 そう問われたのは、その主張をしていた長老だった。
「いいや」その長老は答えた。「確かに、もはや彼女をエテルダに戻すのは、危険すぎる」
「では、「処分」するかね?」
 長老たちは、一様に沈黙した。
「物事の善悪の定めもつかぬ子どもの過失を責めることなど、ノルド・ファニの法律ですら許容していない」長老の一人が、発言した。「根気よく教育を続ける、というのがもっとも妥当な選択だと思われる」
「しかし、みなも知っての通り、あの子は「思念判読拒絶症候群」だ。我々はあの子をコントロールすることが出来ないばかりか、あの子の思念や行動を予測することすら出来ないのだ。これは、我々にとって、大いなる脅威でしかない」
「脅威、というのはいかがなものか。それが脅威とならないよう、教育するのが我々の務めではないか」
「しかし、いずれにせよ、それを彼一人に任せるわけには、もはやいかない」
 長老たちの注意は、そこで一斉に、フロアですっかりうなだれているコルティニウスに集まった。
「コルティニウスよ。君の反省は、充分に伝わっているが…」長老の一人が云う。「しかし、君にはなにがしかの責任を取ってもらわねばならない」
「前回、君にはこう云った」別の長老が発言する。「もし、あの子の「思念判読拒絶症候群」のために重大な過失が起きた場合は、君に全責任を負ってもらう、とね」
「わかっています」コルティニウスが云った。「私の監督不行き届きでした。長老方の結論がどうあろうと、責任は私にあります」
「裁定するのは我々であって、君ではない」さらに別の長老が発言する。「裁定は厳格に、かつ厳密に行わなくてはならない。とはいえ、今回の件は確かに君の監督不行き届きの側面はあるが、あの子の「思念判読拒絶症候群」のために起きた過失、とも云い難い。あの子がオド・オドであることは、君だけでなく我々にも、わかっていなかった。不可抗力の側面がある。よって、この件に関して君に全責任を負わせることはしない」
「不可抗力、ですか」コルティニウスは云った。「でもエテルダでは、三万の人が死んだり行方不明になったりし、かつもっと大勢の人が、被害にあっているのですよ。それは、不可抗力ですか」
「やめたまえ」さらに別の長老がたしなめる。「君がそこでいきり立っても、仕方があるまい。事態は起きてしまった。いくら我々でも、起きてしまったことは、どうしようもないのだ」
「また善導、ですか」
 コルティニウスは吐き捨てるように云ったが、とたんに、夢見るような遠い目付きになった。
「感情が高ぶっています。鎮静します」
「思考が乱れています。調整します」
 コルティニウスの脳裏に、精神衛生管理局の声が響いた。
 ゆったりした波が、コルティニウスの脳裏と全身を、同時に満たした。
 コルティニウスは一つ大きく溜息をつき、云った。
「申し訳ありません。つい、取り乱しました」
「それが君の持って生まれた資質だ。仕方がない」
 先程コルティニウスをたしなめた長老が云った。
 その長老が、他の長老たちに云った。
「さて、議論をいたずらに長引かせても仕方がない。結論を、出そうではないか」


 十三年前 衛星パルトア 精神衛生管理局の一室

 何もなくガランとした、殺風景極まりない部屋の隅に、リナがうずくまっていた。
 部屋にあるのはリナ以外では、一枚の毛布だけだ。
 リナの未知の力を恐れて、それ以外のものを置くことを、局が許可しないのだった。
 部屋には、窓さえない。
 リナは、膝を抱えて、その膝の間に顔をうずめている。
 もう散々泣きはらした後で、涙も出ないのだ。
 近付いてよく聞き耳を立ててみれば、リナは、寝息を立てている。
 コンコン。
 部屋のドアが、ノックされた。
 しかし、リナは目覚めない。
 コンコン。
 さらにもう少し強い音で、ドアはノックされた。
 リナが、目覚めた。
 一瞬その表情に、何か期待するようないろが宿ったが、たちまち、それは失望のそれに変わった。
 ドアが開いた。
 そこに立っていたのは、リナが期待していたコルティニウスではなく、精神衛生管理局の職員だった。
「立って下さい。面会です」職員は、機械的な口調で告げた。「面会は、危険防止のため、外で行われます。さあ、立って、私のあとについて来て下さい」
 リナは、素直に立ち上がった。
 その表情には、再び期待のいろが、宿っていた。


 十三年前 衛星パルトア 中央公園の一角

 中央公園の一角にある、精神衛生管理局の建物から、さらに数百メートル離れた芝生の上に、コルティニウスは立っていた。
 建物の中でコルティニウスとリナを会わせた場合、リナがどのような反応を示し、それが周囲にどのような影響を与えるか、全く予測がつかない。
 故に、コルティニウスとリナの再会は、屋外で行われることになったのだった。
 中央公園の中とはいえ、ここは「エテルダの泉」からはずいぶん遠い。
 この位置なら、リナがエテルダに影響を与えることはないだろうと、判断された。
 とはいえ、どのような不測の事態が起こるかわからないので、精神衛生管理局の職員が数人、立ち会っている。
 コルティニウスは、腕を前に組んだり、後ろに組んだりと頻繁に変えている。
 鋭いまなざしを絶えずあちこちに向けている。
 まなざしの鋭さは、エテルダに派遣されてフェビウスの行方を追ううちに、すっかり習性となってしまっているのだ。
 やがて、精神衛生管理局の建物から、数人の人影が出て来た。
 そのうちの一人の姿はとても小さくて、それがリナだと、コルティニウスにはすぐにわかった。
 だが。
「ここに彼らが到着するまで、待つのだ」コルティニウスの近くに立つ精神衛生管理局の職員が、“共同思念(フォエトローン)”を通じて、コルティニウスの脳裏に呼びかける。「どのような不測の事態が起こるか、わからない」
「リナを危険物のように云うのはやめろ」
 コルティニウスはカッとなって、その職員に向かって、言葉で、乱暴に云った。
 無表情な職員が、やや大きく目を見開いた。
 これでもこのコロニーの住人としては、かなり大きな表情の変化なのであった。
 と、コルティニウスの脳裏に、精神衛生管理局からの例の声が響く。
「感情が高ぶっています。鎮静します」
 コルティニウスは、とたんに恍惚とした表情になって、まなざしは力なく遠くに向けられた。
 一方、コルティニウスに乱暴な口を利かれた職員もまた、恍惚の表情を浮かべている。
 こちらもコルティニウスの言葉によって高ぶった感情と乱れた思念を、精神衛生管理局によって鎮静され、調整されているのだった。
 その間にも、精神衛生管理局の建物から出て来た集団は、コルティニウスたちの方へと近付きつつあった。
 結局、長老たちの結論は、「リナは早期に公的教育に就学させる」というものであった。
 つまり、コロニーの唯一の教育機関である「学院」に、まだ二歳ながら、リナを就学させる、ということなのだった。
 通常、「学院」に就学するのは五歳からなので、これは確かに早いし、また異例の措置でもある。
 コルティニウスの監督責任は認められたが、長老たちの話にもあったように、「思念拒絶症候群」による過失、とは必ずしも認められない(そうである部分も多分に含んではいるが)ので、今回の件に関しては、全責任を負う、というところまでには至らなかった。
 その代わり、コルティニウスのリナへの親権及び養育権は、大幅にその範囲が狭められることになった。
 すなわち、リナは学院内の「寮」に入れられ、コルティニウスは週に一度、面会することと、年に二回、夏と冬の一週間だけ、リナが帰宅することが、認められたのであった。
 コルティニウスの親権は、その夏と冬の休暇の期間だけ、認められるのだ。
 処分を覚悟し、またそう云いもしたが、実際に下されたその処分を聞いた時、コルティニウスは慟哭を抑えられなかった。
 精神衛生管理局の例の声を、幾度となく聞き、また幾度となく鎮静されたが、それでもコルティニウスの慟哭は治まらなかった。
 危うく、精神衛生管理局に永久収容されそうになったほどだった。
 ようやく最近、慟哭は治まってきて、そして、リナとの再会が許可されたのだった。
 だが…。
 これは同時に、リナとの別れ、でもある。
 いや、一週間に一度は会えるし、夏と冬には、それぞれ一週間ずつとはいえ、家に戻っても来るのだ。
 永遠の別れなどでは、決してない。
 であるが…。
 リナの姿が、近付いて来た。
 リナは、もう遠くからコルティニウスの姿を認めていて、ずっとこちらを見ていた。
 なのに駆け出さないのは、リナもまた、その周りを取り囲むようにいる精神衛生管理局の職員たちに、そう云われているからなのだった。
 健気にそれを守っているリナが、コルティニウスには何ともいじましく思えた。
 だが、コルティニウスは、心に決めていた。
 感情を必要以上に高ぶらせないようにしようと。
 精神衛生管理局の連中に云われるまでもなく、不測の事態が起きかねないことは、コルティニウスにだってよく分かっていた。
 その時、自分が冷静になっていなければ、リナを守ってやることが出来ない。
 だから、努めて冷静でいようと、コルティニウスは心に決めて、ここに来た。
 とはいえ、すでに若干のほころびを、見せてもいるのだが…。
 その表情が、ハッキリ分かるところまで、リナは来た。
 リナの顔が、クシャクシャに歪んで、真っ赤になって、両目に大粒の涙が溢れた。
 同時に、リナは一心不乱に、こちらに駆け出していた。
 もう、いけない。
 冷静でなんか、居られない。
 コルティニウスも目に滲む涙で視界が歪むのもものともせず、リナに向かって駆け出していた。
 芝生の上に崩れ落ちるように膝をつき、駆け寄って来たリナを抱きとめる。
 とたんに、リナの軽く小さな身体の何倍もの衝撃が、周囲を襲った。
 反射的に、コルティニウスはリナを抱きかかえ、地に伏せた。
 猛烈な風が、その場に吹き荒れた。
 精神衛生管理局の建物の窓が、割れた。
 公園の木々が、なぎ倒された。
 そして風は空を覆うスクリーンにまで達し、その一部を破ってしまった。
 その向こうの漆黒の宇宙が一瞬、見えてしまった。
 だがそれも一瞬のことであった。
 スクリーンはたちまちのうちに補正されたし、風が吹いたのもその瞬間のことだけだった。
 あとには、コルティニウスとリナをはじめとする、芝生の上に伏せている人々と、無残になぎ倒された木々だけが残った。
 リナは泣くのも忘れて、この様子を、目を真ん丸に見開いて、コルティニウスの下から、見やっている。
 コルティニウスが、リナに囁く。
「これが、お前の持つ“力”の威力だ」
 コルティニウスは諦念を湛えた微笑みを、浮かべていた。
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