第1話

文字数 1,964文字

 昨日彼女と別れた。今日は1月3日、三が日だ。三が日に俺は、三年付き合った彼女に振られたのだ。そんなことってある?

 一昨日は楽しかったなぁ。彼女と一緒に選んだおせちを一緒に食べて、彼女が作った雑煮を食べて、「今年もよろしくお願いします」と言い合った。このときから君は俺と別れようとしていたのだろうか。どんな気持ちで「今年もよろしく」なんて言ったんだ。君の今年はたったの二日間なのか。

 昨日だって別に変わったところはなかったと思う。「1日は二人で過ごして、2日は家族のところで過ごそうね」という彼女の言葉に従い、俺たちは互いの実家に帰省した。母の雑煮は味が濃くて、やっぱり君の雑煮の方が口に合うなぁなんて呑気に思っていた。彼女からは家族と撮った楽しげな写真が送られてきたし、俺も実家の様子を写真に撮って送った。メッセージ上でのやり取りは普段と変わらない様子だった。

 異変が起こったのは昨日の夜だ。「2日は家族と一緒に過ごすけど、夜はちゃんと帰ってこようね」という約束通り、俺は二人で暮らす家に帰ってきた。しかし、いくら待っても彼女は帰ってこなかったのだ。何かトラブルでもあったのかと思い電話をしてみたが、一向に出ず。時間を空けて何度か掛け直したところ、23時50分頃、ようやく君は電話に出た。「何かあったのか?」「今どこにいるのか?」等々、いくつかの心配を投げかけるも君は無言。無言。やがてこちらも無言になってしまったとき、彼女はやっと口を開いて、ただ一言こう言った。

「私たち別れよっか」

 その言葉の意味を理解する前に、彼女は「じゃあね」と電話を切った。段々と彼女の言葉の意味を理解した俺は、慌てて再度電話をかけた。しかし、いくらかけても君は電話に出ず、メッセージアプリやSNSは既にブロックされていた。早すぎる。きっと、電話に出る前にあらかじめブロックしていたのだろう。俺から逃げる準備をしてから電話に出たのだ。つまりは、そこまで俺と別れたかったってわけだ。


 そんなこんなで今日、1月3日。一睡も出来ずに朝を迎えた俺は、ソファーの上で膝を抱えていた。もうすぐ10時になる。本当なら今頃は、初詣に行くために家を出ているはずだった。しかし、彼女と別れた今、俺にそんな気力はない。そもそもまだ現実を受け入れられていない。どうして俺は振られたんだ。せめて理由くらい言ってくれれば、俺も納得できたかもしれないのに。そういうところだぞ。そういう、多くを語らないミステリアスなところが君の短所であり長所だ。いつも振り回されてばかりだ。でもそれが嫌じゃなかった。

 腹が鳴った。気づけば昼になっていた。彼女と別れて落ち込んでいる、こんな時でもお腹は空くのだ。きっと今頃、神社で屋台飯でも食べていたんだろうなぁ。彼女はたこ焼きを買う。俺は焼きそばと焼き鳥を買う。それをちょっとずつ分け合って食べるんだ。彼女は焼き鳥のネギが好きじゃないから、ネギは俺が食べる。「これじゃ焼き鳥じゃなくて焼きネギじゃん」って俺が言えば、彼女は楽しそうに笑う。……なんてなぁ。
 仕方がないのでキッチンへ向かう。冷蔵庫を開けると、大量の餅が目に入った。そうだ。彼女が「たくさん食べたいから」と、二十個入りの切り餅を三袋も買っていたのだ。……待て、もしかしてこの餅は俺が消費しなければならないのか? そもそも、彼女はこの家に置いている私物をどうするつもりなのだろうか。やはり、一度彼女とちゃんと話がしたい。あんな一言で終わっていい関係じゃない筈だ。少なくとも俺にとっては。

 切り餅を二つ、袋から出す。アルミホイルの上に乗せてトースターで5分。それからひっくり返してもう数分。熱々の焼き餅の出来上がりだ。さて、これをどう食すか。醤油をつけて海苔を巻く……海苔がない。きな粉をまぶして……きな粉がない。ずんだ、あんこ、大根おろし……ない。嘘だろ。こんなに餅があるのに、美味しく餅を食べるための材料が一切ない。どういうことなんだ。彼女は一体どうやってこの餅たちを食そうとしていたんだ。彼女は……そうだ。彼女はあの食べ方が好きだった。
 皿に醤油と砂糖を適量入れて混ぜる。そこに焼き餅を放り込む。砂糖醤油が彼女の好物だった。去年も彼女は大量の餅を買い込み、砂糖醤油でそれを食していた。「そればかりで飽きないの?」と聞けば、「甘じょっぱいのが一番美味しい」と言って幸せそうにそれを食すのだ。塩分と糖分を摂取しすぎだろ、とツッコミたかったが、あまりにも可愛かったので口を出せずにいた。

「……甘じょっぱ」

 砂糖醤油に浸した餅は、溶けずに残った砂糖のざらざら感が喉に張り付いて不快だった。分量を間違えたのだろうか。彼女のように上手くは作れないものだなぁ。……あぁ、もう、君は彼女じゃないのか。
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