ママ、あのね
文字数 1,935文字
「ヒマリ、お姉ちゃんになるのよ」
ママが嬉しそうに笑って言った。パパも、真っ赤な顔をシワシワにしてヒマリのことをギューって抱きしめた。
オネエチャンになる。どういうことかはわからないけど、パパもママもジャンプしそうなくらい嬉しそうだから、きっといいことがあるんだ。
ヒマリはオネエチャンになる。いいことなんだけど、やっぱりどういうことかはわからない。
ママが変になった。おままごとをするとき、公園に行くとき、テレビのお話をするとき、ママはお日様みたいに笑ってくれていたのに一生懸命笑うようになった。ヒマリが「ママ、あのね」って言うと、ポカポカした笑顔で頭を撫でてくれるママが大好きだったのに、そうじゃなくなった。
ママのお腹が、まん丸だ。あのお腹のせいかもしれない。だけど、ママはあのお腹を大事にしているからお腹のせいじゃないかもしれない。
ママのお日様みたいな笑顔がヒマリに半分、あのお腹に半分になった。
おばあちゃんが「ヒマリは優しいお姉さんになるね、嬉しいね」ってシワシワの手でヒマリの手を包む。あたたかくてずっと繋いでいたくなる手なのに、嬉しくなかった。その手がママのお腹を撫でるのが悲しくなった。
また、半分になる。
寝てる間に、ママがいなくなるかもしれない。寝たら夢の中でママがヒマリに「バイバイ」って言う。怖くなって泣きながら起きると、パパとママがヒマリを「大丈夫、大丈夫」って手を握って、トントンお腹を撫でてくれた。
パパもママもいいことだって言うけど、ヒマリは体の中がギューってなるからいいことじゃない。パパのギューっていうのとは違うから好きじゃない。
オネエチャンは嫌だ。
おばあちゃんのお家にお泊まりする。もうずっとママに会えてない。ママがヒマリを忘れちゃったらどうしよう。泣きそうだけど、おばあちゃんもパパも嬉しそうだから泣いちゃダメ。
やっとママに会えたのに、ママは何かを抱っこしてた。
「ヒマリ、ただいま。ヒマリの妹ですよ」
抱っこしてるそれを、覗き込む。小さな人だ。パパもママもおばあちゃんも公園でも、ヒマリより大きな人ばかりなのに、それはヒマリよりも小さかった。なんだろう、これ。どうしてママが抱っこしてるんだろう?
「ヒマリはもう、お姉ちゃんね」
「仲良くするんだよ」
「よかったねぇ、ヒマリ」
オネエチャンって何かわからないまま、ヒマリはオネエチャンになったみたい。小さな人と仲良くしなきゃいけないんだって。おばあちゃん、よくないよ、だってこの人たぶんママを半分こにした。
ママのそばにはいつも小さな人がいる。ヒヨリっていうんだって。ヒヨリはいっぱい泣く。泣くと、ママはヒマリに「ちょっと待ってね」って言う。ヒマリが泣くとママは困っちゃうから、絵本を読んで待つけど、ヒヨリがいっぱい泣くからヒマリはいっぱい『ちょっと待ってね』した。
パパが遊んでくれるけど、ママはヒヨリのママになっちゃった。
「ヒマリはいい子だね、いっぱい我慢してくれてるんだね」
ママに抱っこされてるヒヨリを見ているとパパが頭を撫でてくれた。『イイコ』はたぶんオネエチャンと同じ意味だと思う。
ママがお昼寝してる。泣いてるヒヨリが寝ちゃって、ママは『ちょっと待ってね』のまま寝ちゃった。
ちょっとだけ悲しいけど、夜にママが絵本を読んでくれる。ヒマリっていっぱい呼んでくれる。ママは一生懸命笑うけど、お日様みたいな声で大好きって言ってくれるから、ママは変になったわけじゃないみたい。
うぇーん、ってヒヨリが泣いた。布団を覗き込むと、初めて見た時よりなんだかツヤツヤしてる。ヒマリより小さくて、ママがいないとご飯も食べられない人。ちょっと待ってね、ができない人。
「ママ、寝てるからちょっと待ってね」
でも、ヒマリができるようになったからヒヨリもできるようになるよ。
怖くて泣いちゃった夜にパパとママがしてくれたみたいに、手を握ってお腹をトントンしてみる。いっぱい濡れた目がこっちを見て、びっくりしてる。
ママじゃないよ? ヒマリね、ヒヨリのオネエチャンなんだって。
ヒヨリが泣かなくなって、キャッキャと笑った。
ママと同じ、お日様みたいな笑顔。
「ヒマリ、ヒヨリのお世話してくれたの?」
目が覚めちゃったママがボサっとした髪のまま、さっきのヒヨリみたいにびっくりしてる。
「ありがとう、ヒマリ。ありがとう」
ママが苦しくなるくらいギューってしてくれる。後ろでヒヨリが笑ってて、なんだかちょっぴりくすぐったい。だけど、すごいでしょ? って言いたくなる。
「ママ、あのね」
ヒヨリの笑い声とママの笑顔を食べちゃったみたいに、体の真ん中がポカポカする。
「ヒマリね、ヒヨリのおねえちゃんなの」