第1話

文字数 1,864文字

 村から外れた静かな場所に池があった。そこは昔、河童が出たといわれ、今や穴場の釣りスポットになっている。ケイタとアキラに「釣り大会やろう」と誘われ、意気揚々と簡易な釣り用具を持ってそこに向かった。
 のに。
「…なんで、俺しか釣り糸垂らしてないの?」
 二人はゲームをしていた。
「俺もう釣ったよ、大物」
「俺も。トモヒロ、釣り大会って『ようもり』のことだよ?」
「は?」
 ケイタにゲーム画面を見せてもらうと、そこには『ようこそ!妖怪の森』の表示が出ていた。妖怪の住む森で妖怪と戦争や和解を繰り返しながら、悠々自適に暮らすホラーライフゲーム。
「ゲームのことだったのかよ。普通にリアルの釣りだと思うわ」
「金曜日はようもり釣り大会の日だろ。なぁアキラ」
「えっ?」
「え??」
 嫌な沈黙が流れる。
「…アキラもようもりやってるんだよな?」
「…………………………………………うん」
「間ぁ開きすぎ!お前なにやってるんだ!見せろ!」
 ケイタが、無理矢理アキラのゲーム画面をのぞき込もうとするからふたりがもみくちゃになる。きっと、というかどうせ「フィッシングゲーム」とかだろう。
 奪い取ったケイタがアキラの持ってきたゲームパッケージ名を読み上げる。
「よう!今暇?ナンパ待ちの森」
「えっ」
 理解するのに数十秒かかった。
「…え…、お、大物って…?」
「…未亡人、無事口説けました!」
「女ひっかけてんじゃねーよ馬鹿!!!」
 アキラの決め顔が余計に腹立たしかった。二人分の怒声にアキラが大きいため息を吐く。
「ケイタ、よう森って言ったじゃん」
「言ったけどそうくるとは思わないじゃん」
「だって、金曜日は華金だよ?」
「金曜日の釣り大会を、華金のナンパと解釈するの闇深くない?」
「ひくわ…」
「ひくなよ。受け止めろよ。友達だろ」
 友達だから、本気で心配してるし、本気で引いている。横から、ボタンの連打音と華麗なスティック捌きをする音が聞こえてきた。ケイタは村一のゲーマーだから、それを横目で見てると、俺もだんだんゲームがしたくなってきた。別に大量に河童は釣りたくないけど。
「あーあ。俺もゲーム持ってくればよかった。なんで池を指定したんだよ。普通に勘違いするじゃん」
「だってここWi-Fi飛んでるから」
「えっこんなとこに?」
「あー、なんかここを観光地にして町おこししようとしたらしいよ。すぐ頓挫したけど」
 ケイタの説明にうなずく。確かに、いつものこの村は人を呼び込もうと必死だった。
「しかし、なんでこんなところにWi-Fi飛ばすかねぇ。村のお役人も馬鹿じゃね」
「おいやめろ。それ俺の親の悪口だぞ」
「ご、ごめん…」
 自分だけゲームができない腹いせに、叩いた軽口はよくなかったと反省をする。
「村の役人が悪いんじゃなくて、こんなところにWi-Fi設置した会社がアホなんだろ」
「は?お前俺の兄ちゃんに言ってんのか?」
「……ごめん…」
 今度はケイタが謝った。確か、アキラの兄は村で唯一のプロバイダー業者だ。
「やめよう。俺らが村の悪口を言ったところで、すぐどこぞの誰かに繋がっちまう」
 小さい村だから、村全員と知り合いと言っても過言ではなかった。どこかの誰かの朗報も噂も、一瞬で村全体に行き渡る。アットホームでちょっと息苦しい。容易く悪口も言えない。こんな村、
「早く出て行きたいなー」
「えっ。トモヒロどこ行っちゃうの?」
「将来的にさ。村の外出てみたくない?」
「俺は別に。Wi-Fiがあれば」
「ケイタはゲーマーだからなぁ」
「俺は出て行きたいな。渋谷とか」
「ナンパしに行くな馬鹿」
 中学校を卒業したら、隣町の高校に言って、それから都内の大学に行って、ひとり暮らしして…。都会の真ん中で高笑いをする自分を思い浮かべるが、その隣にこの二人が一緒にいるビジョンが見えず、少し寂しかった。出て行きたいけど、こいつらと一緒がいい。
「あ」
「どしたの?」
「…和解できなかった」
「どんまいどんまい。次行こ次」
 アキラがケイタに的外れなアドバイスを出す。ずっと硬い椅子に座っているせいか、尻が痛くなってきた。ゲームに集中してたケイタが急に俺の方を向いた。
「俺さ」
「うん」
「トモヒロのこと忘れないから」
「はぁ?まだどこにも行かねぇよ」
 ケイタが真剣な顔をして、そんなことを言うものだから笑ってしまった。たぶんさっき「出て行きたい」と言ったのが、時間差できたのだろう。
 ずっとここにいるに決まってるじゃん、と言いたかったのに照れて言えなかった。その代わり、お気楽な二人とずっと一緒にいるようがして、どっとと力が抜けた。
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