返事は一度でいい

文字数 1,156文字

これは、大阪の片田舎に、かつて本当にあったかもしれない、なんちゃって演劇部の日常をつづる物語である――


今日も今日とて春うらら。

放課後の演劇部では、部員たちが地道な基礎練習に精を出していた。

ほな次ー

一年もそろそろカンペ見やんと『五十音』いってみよか?

うーす
俺もいけます
自分らそこは『はい』て言うんやでー『はい』て
ハイハイ
(これはさすがに怒られるやろ)


おっ幼児プレイをご所望かー

お母さん出番ですよ

えっうちに振る⁈
(あっれー?)
チミは、さあ!床にどうぞ四つん這いに!
ばぶー
(やんのか〜い)
その姿、さながら赤ん坊のごとく。

床でハイハイの構えをとる一年。それを輪になって見守る部員たち。そんな光景が、ただただそこにあった。


(どうしてこうなった……)

部員の中には、心中にそう呟くものもいたという。

しかしどうしてもこうしてもなく、これこそが陽芽野高校演劇部の日常なのだ。

はい茶番そこまでー。

ヨリトミ、うちの許可なく脱線すな。

やだ……亭主関白……胸キュン……キュン死!
オーケーそのままゴートゥーザヘル。

あんまふざけてるとしばき倒すで

(結局怒られてんの先輩やし……)
奇妙な徒労感にさいなまれるメガネを尻目に、副部長は手を打った。仕切り直しである。
とりあえず一年も『五十音』おぼえてきてんねやね?
えと、うちもいけると思います…多分
はて、と首をかたむけたのは我らがお母さんこと部長であった。
まだ不安なんかな?
エセチャイニーズの『〜アル』しかり、またはガチ詐欺集団の『オレオレ』しかり、『多分』とは大阪の人間にとって、語尾か冠詞か鳴き声か、というところである。

しかしどうも、この後輩の言う『多分』は文字通りの意味らしい。

(ほんまは1週間以内に覚えてきてなーって言うてんねんけどな)
それにしても申し訳なさそうにするものだから、先輩連中には微笑ましい空気がただよった。

もとより、絶妙なユルさが売りの演劇部なのである。

す、すいません
だーいじょぶだーいじょぶ!

見やんとやってるうちに言えるようなるて〜

誰がどの口で言うてんねんって感じやけどまあ、そういうこっちゃな
イヤん♡

トゲトゲー

なれたもので、ヨリトミがしなを作ってみせるのを、副部長らは完璧にスルーした。
(何かあったんやな)
演劇部でかつて、何があったのか――?

一年生のなかには好奇心を覚えるものもあったが、深くつっこむ気概はなかった。

このうえ脱線をさそう質問をしようものなら、副部長による制裁は避けられまい。

とにかくいっぺんやってみよか、ね
頑張ります
ほないくでー

『あめんぼあかいなあいうえお……』

うららかな午後に、ひびく『五十音』。

しかしそのひびきもまた、遠くなく新たな茶番か悪ノリにさえぎられることになるのだ。

果たして本当に、彼らが舞台に立つ日はくるのだろうか?

こうご期待――!








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登場人物紹介

ほんわか部長。二年。何かが絶妙にそうだったためにお母さん呼ばわりされることに。

ツッコミ担当副部長。二年。

ボケたりスベったりサボったり。二年。名はヨリトミ。

メガネ一年。心の声がする……

ミステリアス一年。混ぜるな危険。

可愛い担当一年。可愛い担当。可愛い、担当……!

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