麻衣子の婚活
文字数 4,263文字
「女の人って結婚すると名前が変わるけど、人も変わってしまうんだよね」
お姉ちゃんは私に寂しそうに言った。
「いつも忙しい、忙しいって。本当、皆に滅多に会えなくなっちゃった」
平日の午後、私は姉のマンションでお茶をご馳走になっている。
「結婚って、そんなに人を変えるのかな……」
「お姉ちゃん。結婚すると相手もいるし、自分のペースで決められないこともあるだろうから」
「うん」
「ましてや、子供ができたら生活ペースだって変わるだろうし」
「うん。でもね、美咲とはこうして会えてるでしょ。私は平日休みの仕事だし、土日、ご主人のお休みの日にってわけでもないのに」
「お姉ちゃあん。私達は姉妹だから、また違うでしょ。学校の役員とか、子供がいない間の家事とかパートとか、平日も休日も忙しいよ、主婦は」
「そっか……」
姉は、納得はしていないが、相槌はうった。
「独身でももちろん忙しいけれど、自分のこと以外にパートナーや子供の用事があると、なかなか学生時代の友達と遊ぶことは難しくなると思うよ。私は子供はいないから、想像だけど」
「うん……」
姉は寂しそうに納得した。
「私も始めようかな……婚活」
「え! お姉ちゃん!」
「でも、何となくそろそろ結婚しとくかって婚活するのは良くないね……」
「いやいやいや! どんな理由でもいいの! 周りの友達が結婚していくけど自分は独身、それももちろんいいし、また逆も然り、だよ」
「美咲、そんな理由でって怒らないんだ……」
「どんな理由でも、結婚しようかな、婚活しようかな、それでいいじゃない」
姉、麻衣子の婚活は、こうして始まった。
私自身は、去年結婚した。
今年、二○一八年、私は二六歳、姉は三二歳になる。
六歳違いだけれど、私達は仲がいい。
私の結婚が決まった時も、姉はとても喜んでくれた。
私の結婚式で親戚のおじちゃん達に、私達姉妹の結婚の後先を指摘された時、
姉は聞き流すでも受け流すでもなく、
「はい。美咲が先に結婚しました」
と、誇らしげに答えた。
人の価値や魅力は、結婚の有無や早さではない。
おじちゃん達も、悪い気持ちで言ったわけではないと思う。中には、言ってもらう方がいいという人もいるかもしれない。
でも、よく出る話題であっても、私だったら困ると思うし、私の立場であっても返答に困った。
なのに「先越されちゃって」に、姉はあんなにスマートに答えたのだった。
披露宴では大泣きしてしまうのではと、母も、姉自身も言っていたが、姉は泣かなかった。でも寂しそうに、そして嬉しそうに微笑んでいて、それを見て泣いた人もいたらしい。
私は、姉が大好きなのだ。
見ると、姉は新しいノートを出してきて、マジックで何やら書き出している。
デス・ノートと記入している。
「何書いてるのッ?! 何してるのッ?!」
私は思わず突っ込むが、
「待ってて」
姉はノートをめくり、今度はボールペンで書いている。書き終わった後、
「ほら」
ノートを見せてくれた。
そこには
[岡 麻衣子は、平成の内に結婚しないと、死ぬ]と書かれてあった。
「お姉ちゃああああん! お姉ちゃんいくつ!?」
私は喜んで叫んだ。
そう、私は姉が大好きなのだ。
『DEATH NOTE』は、言わずと知れた人気漫画だけれど、私は連載中ではなく、高校生になってから友達に借りて読んだ。
死なせたい人間の名前を書くと、書かれた人間は必ず死ぬというノートを巡る物語だ。
姉も読んだことがあるとのことで、姉とこの漫画の話をしたのだが、姉には気になる点があるらしかった。
「デス・ノートって死なせる時期も時間も指定できるけど、書かれた後にその人が結婚して、死ぬ指定時間に名前が変わってたらどうなるの」
これが姉の疑問だった。
私は答えた。
「死なせたい人を想像して名前を記入するんでしょう。想像して書いた時点で死ぬ事は決定されるんじゃない」
「そうなの? そうかなあ」
姉は不満そうだった。
「でも、死ぬ時は名前が変わってるんだよ。もう、ノートに書かれた人は存在してないの。無効になるんじゃないかなあ」
「いや、知らないよ……」
「でも……こうして、現実にはないノートを巡って、ルールを想像する楽しみがあって……すごい漫画だね!」
私は、登場人物の話で盛り上がりたかった。
それはそうと、一○年前に盛り上がった、あのデス・ノートが私の目の前にある。
[岡 麻衣子は、平成の内に結婚しないと、死ぬ]
「いや、「何々しないと死ぬ」って括りはなかったんじゃないの」
私は突っ込んだ。
「そうだったっけ」
「それにしても……お姉ちゃん。小学生じゃないんだからさ」
「いいの、いいの。別に本当に死ぬわけじゃないんだからさ」
なら、なぜこんなものを作るんだ。
「ダイエットだって、そうでしょ。痩せたら、何々するって書いたりするじゃない」
「それとこれとは別でしょ……」
「じゃあこれ、美咲が持っておいて」
「えっ、何で」
「私、今日から婚活パーティーとか、いろいろ調べてみる。出会いを作るために頑張ってみる。女性の職場だし、出会いの機会を作るだけで第一歩。でも、もし忘れてたりしたら、美咲がこのノートのこと言って」
「ううう」
「美咲に、私が婚活するって宣言した、その記念だから、ね」
かくして、姉の寿命はあと一年四ヶ月となった。
「全然うまくいかない」
姉は、今度は私の家でお茶を飲んでいる。
「うん」
姉の婚活宣言から、もう半年が経っていた。
「フリータイムの時、二○代の女性には男性が集まるんだけれど、私にはなかなか」
「うん、うん」
「この人、感じいいな、話してみたいなって人は、皆に感じがいいから、皆が話してみたいし、人気がある。こないだ、フリータイムに話そうと思った男性が、スッと私の横を通りすぎていった時の、あのなんとも言えないわびしさ……自己紹介の時には、すごく私に好意を持って質問してくれてたと思ったのに……紳士だから、好意的だっただけなのよ」
「うん、うん」
「こんなのがずっと続いたら、そりゃ婚活疲れになるよ」
「分かる、分かるよ」
「ありがとう」
姉は言いたいことを話し、少し落ち着いたようだ。
「美咲は旦那さんと結婚して、幸せ?」
「お蔭様で、穏やかに過ごしてるよ」
「うん。幸せそう」
姉も幸せそうに笑った。
しばらく、姉と夏休みの話題で盛り上がっていたが、私はふと思い出した。
「そういえば……旦那の大学の時の先輩、自動車関係のお仕事されてて今デトロイトにいるんだけど、九月に本帰国されるんだって」
私は続けた。
「向こうでの生活長くて、まだ結婚されてないみたいだよ。旦那に聞いてみる? そろそろお相手をって、考えてらっしゃるかもよ」
「うん! ぜひお願い。美咲、ありがとう」
この後、旦那に先輩の了解を得て、姉とその先輩はメールのやり取りをするようになった。
およそ二ヶ月半、メールでお互いのことを話し、帰国されてから実際に何回か会い、二人とも気が合ったようで、お付き合いが始まった。
うまくいくときはとんとん拍子で事が運ぶというけれど、姉の場合も、そんな感じだった。
そして二○一九年、二月。二人は婚約した。
二人とも早く一緒に住みたいということで、先に婚姻届を出して結婚してから、二人一緒の家で、ゆっくり結婚式の準備をするらしい。
晴れて、姉は平成の内に結婚することになったのだ。
三月の暖かい日。
姉と先輩は、私と旦那のところに挨拶に来てくれた。
「大輔さん、美咲、この度はいいご縁をくださり、本当にありがとうございました」
「大輔、美咲さん、麻衣子を紹介してくれて、本当にありがとう」
お礼を言う二人はとても幸せそうで、私も幸せだった。
「婚約、おめでとうございます」
私と旦那はお祝いの言葉で祝福した。
四人で軽くお茶をして、旦那と先輩が二人で話し始めたタイミングで、私は姉を別の部屋に呼んだ。
「お姉ちゃん! 本当におめでとう」
「ありがとうね」
「すごいね、お姉ちゃんは。宣言して、その通りに結婚しちゃうんだもん」
「美咲と大輔さんのおかげだよ」
「ほら、あの、お笑いの、あのデス・ノート。これでお姉ちゃんは死なないね」
「うん……そのこと、なんだけど……」
姉は言いにくそうに話し始めた。
「あのね……五月一日から新元号でしょ。だから、新元号に合わせて婚姻届、出そうかと話してるの」
私の動きがしばし止まった。
そうだ。
どうせ届けを出すなら、新元号から出すのもよい記念だ。
「ああ。……ああ」
「うん……」
「じゃ、四月三○日が終わってから、五月一日の八時半まで死んでればいいんじゃない。それから、生き返る」
「うん……でもね、ゴールデンウィークがさ……」
「ああ! ゴールデンウィーク」
「もちろん、婚姻届の届出は一日にできるんだけど、受理されるのはさ、七日以降になるからさ……」
私はカレンダーを見た。
「お姉ちゃん……! 六日間死んでる計算になるの?!」
「……うん」
「うん、じゃない、なんでこんな変なもの、作ったのよーッ!」
私達は、本当にどうでもいいことで盛り上がり、大笑いした。
こんなしょうもないことは、いい年した大人になって、友達とはできない。
姉とだから、できるのだ。
私はノートを捨てる前に、気分的に気持ちが悪いから、
訂正しておくか、予言でも書いておくか、四月三○日の晩を迎えたつもりで何か一言、言いたいことでも書いておけばと提案した。
姉は目だけ斜め上に上げて、少し考えてこう記入した。
[あなた、こんなノート作って、相当ばかでしょう]
そして言った。
「ねえ美咲。もし、結婚して名前が変わったことでデス・ノートが無効になる場合、
婚姻届を受付に出した瞬間かな? それとも市役所の人が入力した時になる?」
姉は、前に私にこう言った。
「女の人って結婚すると名前が変わるけど、人も変わってしまうんだよね」
私は、姉に結婚しても、
ずっとそのままでいて欲しい。
お姉ちゃんは私に寂しそうに言った。
「いつも忙しい、忙しいって。本当、皆に滅多に会えなくなっちゃった」
平日の午後、私は姉のマンションでお茶をご馳走になっている。
「結婚って、そんなに人を変えるのかな……」
「お姉ちゃん。結婚すると相手もいるし、自分のペースで決められないこともあるだろうから」
「うん」
「ましてや、子供ができたら生活ペースだって変わるだろうし」
「うん。でもね、美咲とはこうして会えてるでしょ。私は平日休みの仕事だし、土日、ご主人のお休みの日にってわけでもないのに」
「お姉ちゃあん。私達は姉妹だから、また違うでしょ。学校の役員とか、子供がいない間の家事とかパートとか、平日も休日も忙しいよ、主婦は」
「そっか……」
姉は、納得はしていないが、相槌はうった。
「独身でももちろん忙しいけれど、自分のこと以外にパートナーや子供の用事があると、なかなか学生時代の友達と遊ぶことは難しくなると思うよ。私は子供はいないから、想像だけど」
「うん……」
姉は寂しそうに納得した。
「私も始めようかな……婚活」
「え! お姉ちゃん!」
「でも、何となくそろそろ結婚しとくかって婚活するのは良くないね……」
「いやいやいや! どんな理由でもいいの! 周りの友達が結婚していくけど自分は独身、それももちろんいいし、また逆も然り、だよ」
「美咲、そんな理由でって怒らないんだ……」
「どんな理由でも、結婚しようかな、婚活しようかな、それでいいじゃない」
姉、麻衣子の婚活は、こうして始まった。
私自身は、去年結婚した。
今年、二○一八年、私は二六歳、姉は三二歳になる。
六歳違いだけれど、私達は仲がいい。
私の結婚が決まった時も、姉はとても喜んでくれた。
私の結婚式で親戚のおじちゃん達に、私達姉妹の結婚の後先を指摘された時、
姉は聞き流すでも受け流すでもなく、
「はい。美咲が先に結婚しました」
と、誇らしげに答えた。
人の価値や魅力は、結婚の有無や早さではない。
おじちゃん達も、悪い気持ちで言ったわけではないと思う。中には、言ってもらう方がいいという人もいるかもしれない。
でも、よく出る話題であっても、私だったら困ると思うし、私の立場であっても返答に困った。
なのに「先越されちゃって」に、姉はあんなにスマートに答えたのだった。
披露宴では大泣きしてしまうのではと、母も、姉自身も言っていたが、姉は泣かなかった。でも寂しそうに、そして嬉しそうに微笑んでいて、それを見て泣いた人もいたらしい。
私は、姉が大好きなのだ。
見ると、姉は新しいノートを出してきて、マジックで何やら書き出している。
デス・ノートと記入している。
「何書いてるのッ?! 何してるのッ?!」
私は思わず突っ込むが、
「待ってて」
姉はノートをめくり、今度はボールペンで書いている。書き終わった後、
「ほら」
ノートを見せてくれた。
そこには
[岡 麻衣子は、平成の内に結婚しないと、死ぬ]と書かれてあった。
「お姉ちゃああああん! お姉ちゃんいくつ!?」
私は喜んで叫んだ。
そう、私は姉が大好きなのだ。
『DEATH NOTE』は、言わずと知れた人気漫画だけれど、私は連載中ではなく、高校生になってから友達に借りて読んだ。
死なせたい人間の名前を書くと、書かれた人間は必ず死ぬというノートを巡る物語だ。
姉も読んだことがあるとのことで、姉とこの漫画の話をしたのだが、姉には気になる点があるらしかった。
「デス・ノートって死なせる時期も時間も指定できるけど、書かれた後にその人が結婚して、死ぬ指定時間に名前が変わってたらどうなるの」
これが姉の疑問だった。
私は答えた。
「死なせたい人を想像して名前を記入するんでしょう。想像して書いた時点で死ぬ事は決定されるんじゃない」
「そうなの? そうかなあ」
姉は不満そうだった。
「でも、死ぬ時は名前が変わってるんだよ。もう、ノートに書かれた人は存在してないの。無効になるんじゃないかなあ」
「いや、知らないよ……」
「でも……こうして、現実にはないノートを巡って、ルールを想像する楽しみがあって……すごい漫画だね!」
私は、登場人物の話で盛り上がりたかった。
それはそうと、一○年前に盛り上がった、あのデス・ノートが私の目の前にある。
[岡 麻衣子は、平成の内に結婚しないと、死ぬ]
「いや、「何々しないと死ぬ」って括りはなかったんじゃないの」
私は突っ込んだ。
「そうだったっけ」
「それにしても……お姉ちゃん。小学生じゃないんだからさ」
「いいの、いいの。別に本当に死ぬわけじゃないんだからさ」
なら、なぜこんなものを作るんだ。
「ダイエットだって、そうでしょ。痩せたら、何々するって書いたりするじゃない」
「それとこれとは別でしょ……」
「じゃあこれ、美咲が持っておいて」
「えっ、何で」
「私、今日から婚活パーティーとか、いろいろ調べてみる。出会いを作るために頑張ってみる。女性の職場だし、出会いの機会を作るだけで第一歩。でも、もし忘れてたりしたら、美咲がこのノートのこと言って」
「ううう」
「美咲に、私が婚活するって宣言した、その記念だから、ね」
かくして、姉の寿命はあと一年四ヶ月となった。
「全然うまくいかない」
姉は、今度は私の家でお茶を飲んでいる。
「うん」
姉の婚活宣言から、もう半年が経っていた。
「フリータイムの時、二○代の女性には男性が集まるんだけれど、私にはなかなか」
「うん、うん」
「この人、感じいいな、話してみたいなって人は、皆に感じがいいから、皆が話してみたいし、人気がある。こないだ、フリータイムに話そうと思った男性が、スッと私の横を通りすぎていった時の、あのなんとも言えないわびしさ……自己紹介の時には、すごく私に好意を持って質問してくれてたと思ったのに……紳士だから、好意的だっただけなのよ」
「うん、うん」
「こんなのがずっと続いたら、そりゃ婚活疲れになるよ」
「分かる、分かるよ」
「ありがとう」
姉は言いたいことを話し、少し落ち着いたようだ。
「美咲は旦那さんと結婚して、幸せ?」
「お蔭様で、穏やかに過ごしてるよ」
「うん。幸せそう」
姉も幸せそうに笑った。
しばらく、姉と夏休みの話題で盛り上がっていたが、私はふと思い出した。
「そういえば……旦那の大学の時の先輩、自動車関係のお仕事されてて今デトロイトにいるんだけど、九月に本帰国されるんだって」
私は続けた。
「向こうでの生活長くて、まだ結婚されてないみたいだよ。旦那に聞いてみる? そろそろお相手をって、考えてらっしゃるかもよ」
「うん! ぜひお願い。美咲、ありがとう」
この後、旦那に先輩の了解を得て、姉とその先輩はメールのやり取りをするようになった。
およそ二ヶ月半、メールでお互いのことを話し、帰国されてから実際に何回か会い、二人とも気が合ったようで、お付き合いが始まった。
うまくいくときはとんとん拍子で事が運ぶというけれど、姉の場合も、そんな感じだった。
そして二○一九年、二月。二人は婚約した。
二人とも早く一緒に住みたいということで、先に婚姻届を出して結婚してから、二人一緒の家で、ゆっくり結婚式の準備をするらしい。
晴れて、姉は平成の内に結婚することになったのだ。
三月の暖かい日。
姉と先輩は、私と旦那のところに挨拶に来てくれた。
「大輔さん、美咲、この度はいいご縁をくださり、本当にありがとうございました」
「大輔、美咲さん、麻衣子を紹介してくれて、本当にありがとう」
お礼を言う二人はとても幸せそうで、私も幸せだった。
「婚約、おめでとうございます」
私と旦那はお祝いの言葉で祝福した。
四人で軽くお茶をして、旦那と先輩が二人で話し始めたタイミングで、私は姉を別の部屋に呼んだ。
「お姉ちゃん! 本当におめでとう」
「ありがとうね」
「すごいね、お姉ちゃんは。宣言して、その通りに結婚しちゃうんだもん」
「美咲と大輔さんのおかげだよ」
「ほら、あの、お笑いの、あのデス・ノート。これでお姉ちゃんは死なないね」
「うん……そのこと、なんだけど……」
姉は言いにくそうに話し始めた。
「あのね……五月一日から新元号でしょ。だから、新元号に合わせて婚姻届、出そうかと話してるの」
私の動きがしばし止まった。
そうだ。
どうせ届けを出すなら、新元号から出すのもよい記念だ。
「ああ。……ああ」
「うん……」
「じゃ、四月三○日が終わってから、五月一日の八時半まで死んでればいいんじゃない。それから、生き返る」
「うん……でもね、ゴールデンウィークがさ……」
「ああ! ゴールデンウィーク」
「もちろん、婚姻届の届出は一日にできるんだけど、受理されるのはさ、七日以降になるからさ……」
私はカレンダーを見た。
「お姉ちゃん……! 六日間死んでる計算になるの?!」
「……うん」
「うん、じゃない、なんでこんな変なもの、作ったのよーッ!」
私達は、本当にどうでもいいことで盛り上がり、大笑いした。
こんなしょうもないことは、いい年した大人になって、友達とはできない。
姉とだから、できるのだ。
私はノートを捨てる前に、気分的に気持ちが悪いから、
訂正しておくか、予言でも書いておくか、四月三○日の晩を迎えたつもりで何か一言、言いたいことでも書いておけばと提案した。
姉は目だけ斜め上に上げて、少し考えてこう記入した。
[あなた、こんなノート作って、相当ばかでしょう]
そして言った。
「ねえ美咲。もし、結婚して名前が変わったことでデス・ノートが無効になる場合、
婚姻届を受付に出した瞬間かな? それとも市役所の人が入力した時になる?」
姉は、前に私にこう言った。
「女の人って結婚すると名前が変わるけど、人も変わってしまうんだよね」
私は、姉に結婚しても、
ずっとそのままでいて欲しい。