制服のセーラー・ブレザー論争を添えて

文字数 5,990文字

 ぱらりと紙をめくる音が部屋に響く。
 続いて、シャカシャカと何かをあさる音がして、パリッと乾いた音がした。

 今日は休みだ。春の暖かい日差しが降り注ぐ中、外に出ることもなく、僕と逢沢さんは僕(龍介)の部屋で漫画を読んでいた。
 ん? パリっ? ちょっと待って。
 僕は跳ね起きて、ベッドを占領している親友を指さす。

「龍介のベッドの上でポテチを食うな!!」
「……!!」

 逢沢さん(過去の僕の姿)は、跳ねるように僕の方を振り向く。直後、口いっぱいに含んだポテチを隠す様に、読んでいた少女漫画で口元を隠した。

「隠すの遅いから。もぐもぐしてるのバレてるからね」
「……」

 ……シャカシャカ。

「続けて食べようとしないで、ばれたらもう隠さなくていいか、じゃないんだよ」

 どっと肩を落とす。なんなのこの自由奔放モンスター。
 くいくいと袖を引っ張られる感覚がする。逢沢さんが僕を呼ぶときの合図だ。

「はいはい、何?」

 逢沢さん(過去の僕の姿)はベッドの上で、女の子座りをして、上目遣いで僕の顔を覗き込んでくる。

「女子の制服、着たい」
「なんと……」

 また、とんでもないことを言い始めた。
 僕は手のひらを目元に当てて、天井を仰ぐことになった。


……


 僕こと佐藤湊は、幼馴染の立石和奈が結婚してしまうことにショックを受けて、ふて寝したところ、中学2年生の頃にタイムスリップした。
 未来を変えられると喜んだのもつかの間、僕は中学時代の友人の袴田龍介の姿になっていて、過去の僕には、僕と同じく未来からタイムスリップしてきた逢沢花音が入っていた。
 過去の僕の身体の成長が遅く、中性的であることから、逢沢さんはことあるごとに過去の僕の身体を使って、可愛い恰好をして楽しんでいる。

 今日の彼女(彼?)の服装は、ねずみ色の大きめパーカーと赤色チェックのスカートだ。大きめのパーカーにより全体的に丸みが出ており、なんともチャーミングな……あ、いや、過去の僕の描写をするのは結構しんどいので、そろそろやめよう。

「女子の制服が着たい……ねぇ」

 逢沢さんは女子だが、肉体的には男子であるため、学校の制服は男子用の学ランの着用が義務付けられていた。もしかして、逢沢さんにとって、無理やり男子の制服を着るのはストレスだったのかもしれない。

「って言われても、僕も龍介も女子の制服なんて持ってないよ。誰かに借りるわけにもいかないし」
「くっくっく……」
「何その悪役じみた笑い」

 アニメならバンッという効果音が付きそうな勢いで、逢沢さん(過去の僕の姿)がスマートフォンの画面をこちらに向けてくる。
 表示されているのはコミュニケーションアプリのチャット画面だ。えっと相手は……

「和奈!?」
「許可貰ってる」
「マジかよ……」

 僕の幼馴染である和奈は、可愛いものが好きで、逢沢さん(過去の僕の姿)と気が合うみたいだ。
 この間、和奈と逢沢さんの買いものに付き合った際には、二人で大盛り上がりしていた。

 いくら気が合うとはいえ、10年以上男として一緒にいた人に、自分の制服を貸すなんて信じられない。
 逢沢さんが過去の僕の身体に入っていることは知っているが、肉体的には男性なわけで……。

 体裁は悪いが、「女装が趣味と言っている男」だ。

 そんな人に制服を貸すとか、流石にドン引きである。

 直後、ピンポーンと音が鳴り響いた。

「来た!」

 獲物を見つけた猫のように、部屋を飛び出していく逢沢さん(過去の僕の姿)。
 残された僕(龍介)の部屋には、フローラルなかおりがわずかに残っていて、「もう過去の僕は女子かもしれん」と、金輪際言わないような言葉を、呟くことになった。


……


「真剣に悩んだんだよ!」
「はいはい」
「湊は全然わかってないよね! ブレザーかセーラーかの議題は永遠に語れるんだよ!? まずブレザーはね!」

 勢いよく僕(龍介)の部屋に入ってきた和奈は、開口一番に捲し立てる。
 逢沢さんは、別の場所で着替え中なのか、やってきたのは和奈だけだ。

 うん、和奈は今日も可愛い。
 ショートボブの髪は走ってきたからだろう一本だけ別の方向に跳ね上がってしまっているし、頬は朱色に染まっている。部活帰りなのか、青色を素体に白色のラインが入ったジャージ姿だ。
 何度でも言えるわ、可愛い。
 小さな口をマシンガンのように動かしてしゃべる和奈を見ていたら、タイムスリップ前に見た猫ミームのヤギを思い出した。

「~~~っていうわけ、わかった?」
「は?」
「はぁ!? もう一回説明してあげようか?」
「大丈夫です」

 お約束は通じなかったようだ。
 僕たちが通う学校では、女子はブレザーかセーラーを選択できる。なんで男子は学ランしか駄目なんだ?と過去に、疑問に思ったことを思い出した。

 ここ最近の和奈を見ていて思うが、僕が14歳だった当時、和奈が限界化してしまうほど、かわいいものが好きなことを知らなかった。
 周りの目や気恥ずかしさみたいなものもあって、あまり話さなくなっていたからだろう。

「というわけで、両方借りてきた」
「は?」
「ブレザーは私のだよ? セーラーは花音の体格に近い人のを借りてきたの」
「えぇ……」

 ドン引きパート2。
 駄目だ。
 いくら逢沢さんが女の子でも、体面的には男なのだ。男は変態なのよとしっかりと言わねばならない。
 和奈の両肩をがしりと掴み、怒った顔をぐっと近づけて、和奈の目を覗き込む。

「わ!? なに!?」
「和奈! 男子に制服なんて絶対貸すなよ!」
「へ? でも花音は女の子だし……」
「逢沢さんは……百歩譲って良いにしても、他の男子には絶対に貸しちゃだめだからな。制服だけじゃないぞ、ジャージや靴下もだ!」
「……」
「貸してくれた女の子にも伝えておくこと! いいね!?」
「はひ……」

 よし、これで和奈が不用意な危険にさらされることもないだろう。一安心だ。
 と、そこでようやく和奈の異変に気が付いた。
 顔の朱色が先ほどよりも濃くなっており、唇がわなわなと震えている。
 必死すぎて、距離感を見誤ったようだ。
 肩から手を離し、和奈から距離を取る。

「あ、ごめん。心配なっちゃって」
「うんうん、こっちこそ軽率だった。ごめんね」

 和奈は俯きながら、伸ばした左腕の肘の部分を右手でさすっている。

「逢沢さんのことを考えてくれてありがとう」

 僕は口元を手で覆って和奈から視線を外す。
 気まずい雰囲気が僕たちを包んでいた。

 その雰囲気を伺うように、開いている扉から、ひょっこりと覗いてくる影が一つ。
 顔だけ覗いているのは、逢沢さん(過去の僕の姿)だ。
 眉間にしわを寄せ、少し眼光が鋭くなっているように見える。

「……イチャイチャしてる」
「「してない!!」」
「ハモってるし。ふーん、そーなんだー」

 和奈と顔を見合わせて、すぐに視線を逸らす。
 なんだ、この気恥ずかしさ。
 そんな僕らを逢沢さん(過去の僕の姿)は、ジト目で眺めていた。


……


 気を取り直して、逢沢さん(過去の僕の姿)のファッションショー(女子用制服)が始まる。
 司会はもちろん和奈だ。
 僕はどこにいたらよいかわからないから、和奈の隣にいることにする。
 部屋の入口から赤色の縦長な絨毯が敷かれていた。
 あんな絨毯あったんだ。
 龍介の家には何回も来ていたはずなんだけど、知らなかった。

「それじゃあ、エントリーNo.1! ブレザー!!」

 和奈の合図とともに、逢沢さん(過去の僕の姿)が現れた。ファッションショーのモデルの真似をしながら歩いてくる。

「きゃああぁ! 可愛い! 目線ちょうだい!」

 早速隣の人が限界化している。
 やめて、スマホで写真撮らないで。
 ランウェイの上にいるのは、中身は逢沢さんなんだけど、外見は僕なんです。
 残るのは僕の女装写真なんです。しかも女子の制服を着ている僕なんです。
 もしインターネットやコミュニケーションツールで共有された暁には、僕の痴態がインターネットに刻み込まれてしまう。

 涙目で、逢沢さん(過去の僕の姿)を見る。

 ナルシストっぽくなってしまうから思わないようにしていたのだが、制服に身を包んだ逢沢さん(過去の僕の姿)は可愛いと思った。

 紺色のブレザーに白色のブラウス。
 チェック柄の灰色のベストに同じ模様と色のスカートがひざ下までを覆っている。
 首元には、ベストやスカートと同じ色のリボンが付けられている。
 逢沢さん(過去の僕の姿)には大きめなのか、手の甲の半分までブレザーやブラウスの袖が来ていて、少しダボついた印象もあるが、それが彼女(彼?)の小動物的な魅力を増幅させているように感じた。

 僕の目線に気が付いた逢沢さん(過去の僕の姿)が、くるくると回って見せた。
 スカートが遠心力に従ってふんわりと横方向に広がる。灰色のスカートには、彩度の低い緑色のチェックが入っていた。
 落ち着きや気品を感じさせる服装で、子供のような行動を取ると、そのギャップにまた魅力が高まったような気がした。

「どう?」

 逢沢さん(過去の僕の姿)が、心配そうに聞いてくる。

「うん、よく似合ってる。可愛いよ」
「そ、そう。……へへへ」

 逢沢さん(過去の僕の姿)は恥ずかしそうに、髪の毛を触っている。
 逢沢さん(過去の僕の姿)が普段、男子の制服を着てくれてよかったとしみじみ思った。
 性別を勘違いする人が続出するわ、これ。

「和奈、可愛い?」
「可愛いよぉ! 世界で一番かわいい!」

 和奈が逢沢さん(過去の僕の姿)の制服姿を見て盛り上がっている。
 二人とも手を合わせてぴょんぴょんしている。あらまぁ……。

「よし花音! 写真撮ろう!」
「うん!」
「……それはやめて欲しいな」

 僕の消え入りそうな声は、盛り上がる二人には届かなかった。
 頼む、SNSで共有しないでくれ。


……


「エントリーNo.2! セーラー!!」

和奈の合図とともに、逢沢さん(過去の僕の姿)が現れた。再びファッションショーのモデルの真似をしながら歩いてくる。

「きゃああぁ! 可愛い! 目線ちょうだい!」

 前回と同じように、早速隣の人が限界化していた。
 だから、スマホで写真撮らないでってば。僕の女装写真が後世に残ってしまうだろ!

 再び涙目で、逢沢さん(過去の僕の姿)を見る。

 もう言ってしまおう、純粋に可愛い。

 紺色を主体としながら、胸ポケット、袖、セーラーカラーに3本の青色のラインが平行に入っており、中心で揺れる青色のスカーフが良いアクセントになっている。
 紺色の長いスカートは膝を完全に覆い隠している。
 素朴だが、それ故に幼さが出る逢沢さん(過去の僕の姿)の魅力を際立たせる服装だろう。

「……」

 やばい辛くなってきた。なんで僕は、僕の中学時代の女装姿を解説しなければならないんだ。

「どう?」

 逢沢さん(過去の僕の姿)が、心配そうに聞いてくる。

「がばい゙い゙でづ」
「なんで泣いているの?」

 逢沢さん(過去の僕の姿)がきょとんとした表情を浮かべた。
 もういい、ほっといてほしい。

「和奈、可愛い?」
「可愛いよぉ! 世界で一番かわいい!」

 和奈が逢沢さん(過去の僕の姿)の制服姿を見て盛り上がっている。
 二人とも手を合わせてぴょんぴょんしているのだ。

「よし花音! 写真撮ろう!」
「うん!」

 即座にパシャパシャと撮影会が始まる。
 僕はきっと侘しい顔をしているに違いない。これが若者を見守る老人の気持ち……。

 と、撮影会の様子を見ていて、ようやく気が付いた。

「和奈? なんで制服着てるの?」

 僕の質問に、「げっ」という顔をする和奈。
 そう、和奈はいつの間にか、先ほどまで逢沢さんが着ていたブレザーの制服に着替えていた。

「なんか、花音のファッションショー見てたら、着たくなっちゃって」

 和奈は目線を泳がせながら、左右の手を開き、指を合わせて離すを繰り返す。

「今更だけど……似合う……か「可愛い!」
 不安そうに上目遣いをする和奈に対して、思わず食い気味に返してしまった。

「即答だね」

 と、和奈は照れ笑いを浮かべた。

 ……そんなん、可愛くないわけない。

 同じ服装でも、着る人が違えば、印象も変わる。

 中学時代の制服は大きめのサイズを買うことが多いと聞くが、和奈にとっては、今の制服が適正サイズなのだろう。
 ゆったりとしたシルエットに、動くと膝が少し見えるぐらいのスカート丈。
 制服により気品さ、丸みを帯びたショートボブの髪形により真面目さを感じさせ、和奈の魅力を強く引き出している。

 これを可愛いと言わずして、何を可愛いというのか。

 「うんうん」と頷いていたら、和奈の隣から爆弾が投下された。

「どっち?」
「え?」

 和奈の隣にいる、逢沢さん(過去の僕の姿)が僕を真正面に見据えてくる。
 あ、これ、危ない空気になってきた気がする。

「どっちがかわいい?」

「そんなどっちも可愛いに決まってる」

 こういう時は、どっちもいいで返す。これが大事。
 正直、どっちも可愛いですし。

「湊! どっちの方が好き?」
「あれ、和奈? どうしてそんな真剣な目で……」
「佐藤君、これは真剣な話。あと、制服の話だから」
「そ……そう! 制服の話だから! ブレザーかセーラーの話だから」
「和奈、落ち着いて。逢沢さんもだよ。僕の好みなんて聞いてもしょうがないじゃないか」

 和奈が首を振る。

「違うよ湊、これはとても重要な質問だよ」
「答えないと、罰ゲーム」
「なんで!?」

 真剣な表情をした二人にぐいぐいと迫られる。じわじわと追い込まれていくのを感じ、恐怖が沸き起こって来る。
 どっち選んでも角が立つ……こんな状態、長いこと居られない。

「ぐぬぬ……」

 二人ともまつ毛長……って、そうじゃなくて!!

 こんなことがあろうかと、二人の気を逸らす秘伝の技を思い出しておいてよかった。
 なるべく大きく口を開き、目をかっぴらいて、驚いた表情を作る。
 そして窓の外を指さして。

「あ! UFO!」
「え!? 嘘!?」
「どこ!?」
「馬鹿め!!」

 視線が外れた瞬間に、僕は二人の包囲網を抜け出し、家を飛び出した。

 こんな古典的な罠に引っ掛かるなんて、……っていうか逢沢さんはUFOよりもとんでもない現象(タイムスリップ)を経験しているでしょ。こんなことに引っ掛からないでよ……。
 なんか同じ経験をした身としては、悲しくなるわ。


……


 夜になったのを見計らって、僕は再び龍介の部屋に戻った。
 流石に二人はいなくなっていた。

 ホッとしたのもつかの間、見計らったかのようにスマホが振動する。
 和奈からクラス内のコミュニケーションツールに投稿があったらしい。

 タイトルは『罰ゲーム(本人希望&本人承諾済)』。

 背中から嫌な汗があふれ出る。まさかと思い、添付写真を開いた。

 直後、僕は悲鳴を上げる。
 その悲鳴は近隣一体に響き渡り、野良犬と飼い犬が遠吠えと間違えて鳴き返していたそうだ。
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