「16歳の話」

文字数 1,912文字

 私は先月16歳になった猫で名前は「ちび」。
 三毛猫の母とで外で暮らすトラ柄の父との間に生まれたメスの猫。

 この家に来ることになった、16年前の日から今日までの事を少しだけ話すわね。


 私は孫の男の子と暮らす、80代の老夫婦の家で7匹のうちの1匹として生まれたの。
 老夫婦は母猫以外にも叔父、叔母にあたる5匹と暮らしていたから私達を加えると13匹になってしまったわ。
 広い庭もない所にその数では猫達が可哀想だと、私達は乳離れした順に里親に出されることになってしまったの。

 その家で一緒に暮らしていた孫の男の子、当時6年生の誠二君が親戚や友達に声を掛けて回り、昨日1匹、今日2匹と言う感じで子猫達が次々に貰われていった頃、私はまだお乳が必要だったの。
 それから2週間後にようやく乳離れした、痩せて弱々しい見た目の私を心配して一度は飼うことにした老夫婦も他の猫達にいじめられているのを見て考えを変えたみたいだった。

 翌日、小さな段ボール箱に入れられた私が連れて行かれたのは、動物愛護団体が運営する施設で引き取り手のない動物を預かって里親を捜してくれるところだったの。
 

 手続きを終え、施設の職員に引き渡された私は段ボール箱の縁に小さな手を掛けて精一杯身を乗り出し、
「ミャァ~、ミャァ~」弱々しい声で一緒に帰ると訴えたけど、
「ごめん…」誠二君は辛そうな表情で涙を流しながら後ろを向いたわ。

 私はそれを見て泣くのを止め、施設の窓越しに何度も振り返る誠二君の寂しそうな後姿を黙って見送るしかなかった。


 午後になって里親探しの譲渡会が始まるとすぐに、
「ネコちゃん、お腹空いてるの?」私は小学生くらいの女の子に声を掛けられたの。
 その子は痩せている猫が気になったのか2人の女の子と共にケージの中の私を心配そうな顔で見詰めていたが、やがて目の前からいなくなった。

 その女の子がこの家の二女で当時4年生の晴香ちゃんだったの。

 その後、母親と共に再び私の目の前に現れ、
「このネコちゃんがいい!」と指差しながら嬉しそうに言ってくれたのよ。
 早速、ケージから出された私は女の子の温かい胸で優しく頭を撫でられ、その時からこの家族の一員となったの。

 それから16年間、皆と共に成長しながらそれぞれの人生を見ていくことになったわ。


 仕事を生き甲斐にしていてあまり休みが取れないお父さんと、躾に厳しく子育てに熱心なお母さんの間には3人の姉妹。

 長女の名は佐知子ちゃんで6年生、真面目で怒りっぽく成績抜群だけど運動は苦手なタイプよ。
いつも勉強に忙しくて餌をくれたことはないけど、私が1人ぼっちで寂しい時はその柔らかい手で優しく撫でてくれたわ。

 二女は里親探しの施設で私を選んでくれた晴香ちゃん、4年生だった彼女は運動神経は良いけど勉強嫌い、学校ではいたずらばかりしている問題児だったわ。
家には居着かずいつも外で遊んでいたけど、出掛けない日は一日中私と遊んでくれるの。

 そして、小学校に入ったばかりの末っ子は由紀ちゃんという名の気分屋さん。
いつも家に居て、お腹が空いたと鳴けばすぐに餌の缶詰を開けてくれたし、私が病気になると添い寝をして看病してくれたわ。


 上の子2人は既に結婚し、長女には2歳の男の子と生まれたばかりの女の子がいて三女は働き始めたばかりで独り暮らし。
3人共もうこの家では暮らしてないけど、年の暮れになると必ずここへ帰ってくるわ。
 皆、先ず私の所へやって来て、優しく頭を撫でながら色んな事を話してくれるの。

 私はいつもの縁側で日向ぼっこしながらそれを聞くのが大好き。


 今年もあっという間に12月、もうすぐあの3人がやって来るわ。

 何を話してくれるのか楽しみだけど、今年は私からも一言だけ言わせてもらうわ。
「あの時、痩せっぽっちの私を選んでくれてありがとう」と。
上手く伝わらないかも知れないけど、精一杯気持ちを込めて「ニャァー」と鳴いてみる。

 なぜなら来年、私はもうここにはいないから。

 人とは違い、わたし達は分かっているの。
 自分達がいつまで生きられるのかを…。
 ハッキリではないけど、来年が無い事くらいは分かるの。

 だから今年はいつも誰かの側で甘えるつもり。

 撫でられながらその優しい手の感触を覚え、
 賑やかな笑いを聞きながら皆の笑顔を目に焼き付け、
 そして夜になったら、そっと布団に潜り込んでその温もりを確かめる。

 そうして皆のことを記憶に刻んで、その瞬間(とき)に思い出すの。
 そうすればきっと、1人の旅立ちも寂しくない…。


 そろそろ3人が帰って来る頃だから、縁側の日向で待つことにするわ。



                           終わり
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