醜い王妃シャルロッテと彼女の愛した国王陛下

文字数 7,408文字

「王妃、シャルロッテ・エアレーズング! 民を抑圧し、搾取し、国に飢えと貧困をもたらした罪で、国王と同じく斬首刑を言い渡す! 元王妃をここに!」

「殺せ! 殺せ!」
「王族はみな殺せ!」

 革命軍に任命された新たな裁判官、()右大臣バルトロメウスにその名を呼ばれた十七歳の醜いアタイは、両脇から左右の腕を抱えられ、引きずられ、そして断頭台の前に立たされた。

「何か言い残すことは?」

 言い残すこと?
 決まってンだろ。
 ひとつしかねえよ。

「くたばれ、〇〇〇〇野郎」

 ぺっ。
 あわれ、顔を近づけた元右大臣の眉間に、アタイの唾が張り付いた。
 けっ、ざまあみやがれ。

「な、なんと無礼な、なんと野蛮な!」
「王国守るため戦ってきた兵士達を無惨にも()()()()()()クーデター起こしたテメエらに言われたかねえんだよ」
「な、な、な……」
「何が三月革命だ、何が民主化だ。そうやってテメエのカネになる為なら戦争だってやる、ドブネズミ以下のゲス野郎だってンだよ、テメエら革命軍は」
「ええい、だまれ、だまれ醜い王妃め! もう二度と汚い口を叩けぬよう、この女の首を、早く落としてしまえ!」

 ぐい。
 アタイは断頭台に頭を押し付けられた。

 あっはははははは!

 醜い、アバタだらけのアタイは笑った。
 たぶん、人生でいちばん、誇らしげに。
 胸を張って。

 笑ってやったよ。

「みんな、見てろよ、あんたらが正義だって信じてたものが、どンだけ残酷か! どンだけ馬鹿げてたか! 見てなよ、今からアタイが──」

 どんっ。
 ギロチンは落ちてアタイの首が宙を舞う。

 あーあ。
 くっそだせえ人生だったなあ。

 父さん。
 あんたが言ってたほど、王宮、別に悪くなかったよ。
 みんな良い奴すぎてさ。
 みんな最期までにこにこしてさ。
 王妃様はなにも心配要りませんよとか言ってさ。
 なんかつまんねえの。

 母さん。
 あんたが王族に一生懸命身体を売って嫁がせたアタイの王様、さっき死んじまったよ。
 アタイのこと綺麗だって言ってくれた、世界でたった一人のあの人だよ。
 いつもにこにこお人好しでさ。
 右大臣なんかに騙される、あの馬鹿野郎だよ。
 断頭台でも笑ってたよ。

 父さん。
 アタイ、死んじまったよ。

 母さん。

 アタイ、死んじまった──

 ……

「聞こえますか」

 ……

「聞こえますか」

 あ?
 誰だあんた。
 てか、ここどこだ?

「聞こえますか」

 わー!

 あ、なんかあそこでアタイの首が掲げられてる。
 けっ、ばかじゃねえの、あンなやつらのことみんな信じちゃってよ。

「聞こえますか、シャルロッテ・エアレーズング陛下」
「聞こえてンよ、うっせえなっ」

 平手打ちしてやろうと手を振りあげて、気がつく。
 あれ?
 あれ……?

「アタイ……首……くっついてる?」
「そうですね」
「え、死んでないの? アタイ?」
「いいえ。陛下は二分と四十八秒前に、頚椎断裂で崩御なさいました」
「え、えええええ?」
「ご安心を。もう一度やり直す機会を提供させていただきたく、馳せ参じました」

 アタイは、跪くその声の主を、改めて見直した。

「申し遅れました。私、ミソラと申します」

 ミソラぁ?
 ヘンな名前だなあ。
 なんか、赤毛でくせっ毛のアタイとは違った、見慣れない真っ黒い髪の毛に……なんだ、赤いフチの……薄いガラス細工で出来た……なんつったかな、メガネ? それをつけてる。

「本来は別の役目を仰せつかっておりますが、この度担当の者が不在のため、代理を。お許しください。……どうかお見知り置きを」
「……で、やり直すって、ナニ?」

 アタイは不信感満載で聞く。

「陛下とこの国が間違えないよう、もう一度やり直せます」
「けっ」

 ばっかじゃねえの?

「もうとっくに間違えてるんだよ」
「エアレーズング王を斬首刑に処したからですか」
「……そのずっと前からだよ」
「はい、『そのずっと前』から、やり直すことが可能となっております」

 そのミソラ……とかいう奴は、手にした紙をぱらぱらとめくっている。

「具体的には……三年九ヶ月と十八日、五時間十五分前からです」
「三年……九ヶ月だって……?」
「はい。陛下が王妃として十四歳で王宮にお輿入れをなさいました、その日からでございます」
「……ほんとに、ほんとにその日から、やり直せるの?」
「はい。間違いございません」

 コイツが言ってることは、正直信用できない。
 ……けど、あの馬鹿が……
 あのひとが、死なずにすむってンなら。

「……わかった、やってやンよ」

 ありがとうございます。
 そういうと、赤メガネのソイツは、ぺこりと頭をさげた。
 これまた、馬鹿みたいににこにこした笑顔で。

 なんか、拍子抜けだなあ。

 そんなこと、考えてたら、眠くなってきた……

 ……

「──ッテ。シャルロッテ」

 あん?
 なんだよ、うっせえな。

「シャルロッテ。大丈夫かい」

 ──あ。

 柔らかい金髪。
 紫がかった、青く澄んだ瞳。
 もう二度と会えなくなったはずの。

 大好きな大好きな、アタイの愛しいエヴァの顔が、目の前にあった。

「だ、大丈夫……だよ……じゃなかった、です」
「良かった」

 エーヴァルトは背中に回した腕で、アタイを起こした。

「コルセットがキツかったかな。だから女性のコルセットは禁じようと、大臣にも言っておいたのに」
「あの……」
「ん? どうしたんだい?」
「今日、何月何日だっけ……でしたかしら?」
「はは、そんなに緊張してる? 参ったな」

 アタイの愛しいエヴァは、左目の下あたりをぽりぽりとかいた。
 アタイがすごく好きな、彼のクセ。

「九月一日。君と僕にとってとても大事な日になるはずだ」

 ああ、神様……じゃなかった、ミソラ様。
 ほんとに……
 ほんとに……

「エヴァ……ああ、アタイ……わたくしのエヴァ」
「おおっと、はは。わかってる。僕も愛してる」

 ぎゅーっ。

「会いたかった。会いたかったです……」

 ああ、あったけえ……あったけえなあ……

「どうしたんだい、今日は? いつもの威勢は?」
「……こうさせてくださいまし」

 アタイ、好きだったんだ、あんたのことが。
 世界で、あんたただひとりだけなんだよ。
 こんなアバタだらけの酷い顔したアタイを、綺麗って言ってくれたのは。

 ……

 挙式は、あっという間に終わった。
 いや、実際長かったンだけどさ。
 頭ン中の思い出と、全く同じ二回目の経験って、不思議とあっという間に感じるものなんだよな。

「愛してる、シャルロッテ」
「アタ……わたくしも、エーヴァルト……」

 当時は真っ赤で何をしたか全然頭に入ってなかった言葉も、今のアタイにゃ、染みるもンだねえ。

「ん……」

 誓いのキスが、甘くアタイの頭ン中を惚気させてくれる。
 短い口付けだったけれど、アタイの時間が止まる。
 さっき首を落とされた夫は。
 誰よりも優しい愛を、唇越しに注ぎ込んでくれた。

 わあっ。

 拍手が大聖堂の女神が描かれた天井まで届く。
 同じ歓声でも、こうも違うものなんだな。
 ヒトを殺した時と。
 ヒトを祝福した時は。

 ……

「おい、ブサイク女」
「ブサイク女ー」
「お前の母ちゃん、城で身体売ってんだって?」

 ちげえよ、メイドやってんだよ。

「ぎゃはははは、メイドだって! 夜のお世話もお任せ下さい、国王陛下ーっ!」
「ぎゃはははは!」
「ぎゃはははは!」

 だまれよ、母さんのこと、悪く言うなっ!

「君、どうしたんだい? こんなところで……」
「あ、いや……」

 母さんのこと、迎えに来ただけだよ。

「綺麗な目だね……そうだ、今から舞踏会においで、ね?」
「ええっ?」

 はあ?
 何抜かしてンだこいつ?
 頭沸いてンのか?

「陛下、探しましたぞ」
「やあ、バルトロメウスくん。メイド長を呼んでおくれ。この子に今晩の舞踏会のドレスをしたてさせてくれたまえ」
「は、はあっ?……こ、困ンだよっ、離せよっ」
「あ、きみ! 待って」

 待って。

「まって、行かないで!」
「大丈夫、話し合いをしてくるだけさ」
「あんたが居なくなったら、わたくし、アタイ……」
「ふふ、いつも君はそうやって泣くね。私だけが、その優しさ美しさを知っている」
「なら──!」

 なら、行かないでよ。
 おいてかないでよ。

「判決、斬首刑! 元国王を断頭台へ!」

 おいてかないで。
 おいてかないで。

 ……

「おいてかないでぇぇええ!」

 わあっ。

 すごい絶叫で飛び起きた。
 自分でもびっくりするくらい。
 ……おのれ、バルトロメウス。夢の中にも出てきやがって。
 せっかくやり直したんだ。
 もうギロチンは御免こうむり。

「……どうした? 大丈夫かい、私のシャルロッテ」

 二人とも素っ裸ででかいベッドで寝ていた。
 これから三年間、夫婦一緒に寝ることになる、アタイ達だけのベッド。

「泣いているのかい」
「……いいえ。なんでも……ありません」

 いや、アタイだけなら、いい。
 でもこの馬鹿だけは。
 ……このひとだけは。
 絶対に守らないと。

「おいで、怖い夢でも見たんだろう」
「陛下……アタイの……わたくしのお話……聞いてくださいませんか」

 ……

「バルトロメウスが? ……はっはっは」
「なンだよ、嘘じゃねえって」
「いや、いや、それはないよ」

 こ、こいつ……信じてくれやしねえ。
 馬鹿野郎、こちとらギロチンで首もぎ取られてンだぞ。

「ほんとだって。アイツ、優しそうに見えるけど、裏ではどんなことしてるかわからねえんだよ」
「シャルロッテ」
「なンで信じてくれねえの? だからあいつがクーデターを……」
「シャルロッテ」
「なンだよ!」
「しー。私は、君のお話を聞くのは好きだよ。声も好きだ。その喋り方だって、好きだ。……でもね」
「……でも?」
「まだ何もしていないひとを、疑ったり、貶めるのは、どうかな?」

 バッカやろー、そんな、そんな甘ぇこと言ってっからハメられるんだよ!

「……陛下はアタイのこと、信じてくれねえんだな」
「そんなことはない。……わかった。バルトロメウスの傍に密偵をひとりつかせよう。大丈夫、プロ中のプロだ、本人にも気づかれないさ」
「……ありあとね……」
「さ、おいで、私の愛しい君。その愛らしい顔をよく見せておくれ」

 拗ねて口をとんがらせたあたしの口を、やさしく、やさしく塞いだ。

 ……

「バルトロメウス、これは一体どういうことだ」

 アタイの陛下が怒ってる。
 アタイが見たことの無い、顔で。

「陛下、これは……その……」
「私にひと言もことわらず、西の砦になぜこれだけの兵をあつめた?」
「へ、陛下のお耳にわざわざ入れるようなことではありません。これはただの練度向上のための訓練でございまして」

 バルトロメウスはもう既に落ち着きを取り戻しつつある。
 このまま優しいこいつを懐柔しようってンだろうけど、そうはいかねえよ?

「そうかい、じゃこれはなんだってンだよ!」

 アタイが大臣を集めたテーブルに叩きつけたのは、一枚の紙。兵団長に宛てた、王都包囲網と王宮への攻撃指令書。
 ご丁寧に、このオッサンの名前と印が押してある。

「テメエがこの国にクーデターを仕掛けようってしてた、決定的な証拠だろうがっ!」
「くっ」

 バルトロメウスの額にみるみる脂汗が浮かぶ。

「この醜い醜いアバズレが! きさまがいなければ俺がこの国のリーダーになれたのにっ!」

 そう叫びながら、剣を抜いてアタイに斬りかかってきた。
 でも。

 きんっ。

 四メートル後ろに、バルトロメウスの剣は吹き飛んで、床に刺さった。

「私に対するクーデターなら、百歩譲って目をつぶろう。しかし、私の美しい妻を貶める発言、断じて許さん」

 目、つぶるんかい。
 けど、こいつの目は本気だった。

「バルトロメウス、国王エーヴァルト・エアレーズングの名において、その任を解いた上、然るべき法の裁きを与える」
「う……ううう……」

 剣を鋭く突きつけるアタイの世界でいちばん好きな夫。
 どさり、と力無く膝から崩れ落ちる哀れな小物。

 こうして、アタイはループ人生にケリをつけたってわけ。
 めでたし、めでたし。

「さ、この事はもう済んだ。行こうか」
「え?」
「はは。君は本当にマイペースだね。今日は君の十五歳の誕生日じゃないか」

 あ、そうだった。
 アタイ、()()()()()()()一日が過ぎるのがあっという間で、誕生日とか気にしたことも無かったんだった。

「行こう、私のシャルロッテ」

 さっきまで、命の危険があったとは思えない、優しい笑顔。
 ああ、こいつ、やっぱ好きだわ、アタイ。

「……ん」

 手を握り返してくれるその温かさは、本物だった。

 ……

「王妃さま、ばんざい」
「王妃さま、ばんざい」

 屋根のない馬車に乗ったアタイたちを、王都のみんながお祝いしてる。
 王国もクーデターの危機から脱したし、アタイ、満足だよ。

「なあ」
「なんだい、シャルロッテ」
「これからも、ずっとアタイのそばに居てくれるかい」
「はは。何言ってる。当たり前じゃないか」

 手を振りながら、アタイのエヴァは笑う。

「ずっと。ずっと一緒さ。このパレードも、毎年開こう。国のみんなに祝ってもらおう」
「……ん……」

 アバタだらけでブサイクなアタイを、みんなが褒めたたえて、お祝いしてくれている。
 隣には、世界でいちばん好きなひと。

「王妃さま、ばんざい」
「王妃さま、ばんざい」

 ああ、しあわせ。
 ああ、しあわせ。
 ああ、なんて──

 だーん。

 ……

「お疲れ様でございました」
「なにが」
「陛下はこの国をクーデターから救い、亡きエーヴァルト王の意思を継ぎ、これから女王としてこの国を統治なさいます」
「女王」
「ええ。陛下の存在が、この国のみならず周辺国にも多大に良い影響を。戦も無くなり、数多の命を救うのです」
「だれが」
「陛下であらせられます。シャルロッテ・エアレーズング女王陛下。これで、私の代役としての務めもおわり」

 パレードは大混乱。
 逃げ惑うひと。
 恐怖を顔に浮かべたひと。
 あいつが犯人だと叫ぶひと。
 ピストルを持った、男。
 あいつは知っている。
 バルトロメウスの側近だった。

 全てが切り取られた絵画のように静止して、止まっている。

 アタイのエーヴァルト国王陛下は。

 額から血と脳漿を吹いて、膝立ちに崩れ落ちている最中。
 アタイの手を握ったまま。

「……せ」
「はい?」

 ──やり直せっつってンだよ!
 このクソメガネがぁぁ!

 びしっ。
 アタイの平手打ちが、ミソラの頬を打った。

 かしゃん。
 赤メガネが飛んだ。
 エヴァの、血みたいに。

 ……

「え、パレードは中止にする?」

 突然のアタイの申し出に、エヴァは目を丸くする。
 そりゃそうだよな。
 ごめんな。
 でもアタイ、あんたに死んで欲しくないんだよ。

「あ、ああ。ちょっと、そんな気分じゃなくなっちまってよ」
「シャルロッテ、この準備にどれ程の民の税が……」
「だよな、わかってンだ、アタイも。でもお願いだよ、頼むから……」

 アタイは手を取って目を合わせる。

「……お願い……」
「……わかった。きっと、なにか理由があるんだろう。君を信じるよ」

 そう言うと、にっこりと笑った。

 ……

 その晩、貴族を招いたパーティの席で。
 アタイのエーヴァルト国王陛下は、血を吹いて倒れた。

「アンタみたいなブサイクに盗られるくらいなら、盗られるくらいなら!」

 招かれていた大公の娘が取り押さえられながら泣きわめいている。
 アタイに一目惚れしたあいつがフった、婚約者だった。

 頬に付いた血が、口元に流れ込んできた。
 ぶどう酒より、あたたかだった。

 ……

 晩餐会は中止にした。
 アタイの誕生日も、民には伏せるように言った。
 アタイのエーヴァルト国王陛下は、にっこり笑っていいよ、と言った。
 バルトロメウスは失脚させた。
 大公の娘には、新しい男を見繕った。
 誕生日は、()()()()()、王妃の部屋で祝うことにした。
 アタイは、細心の注意を払った。
 なんとか誕生日を乗り越えた。
 ほっとした。
 肩の力が抜けた。

 それから、二年の間、何も無かった。
 隣の国と戦争を始めた以外は。

 アタイは気付かなかった。
 エヴァを守ることばかりに気を遣っていたから。

 アタイのエーヴァルト国王陛下から笑顔が、いつの間にか消えていたことを。

 ……

 いつの間にか、エーヴァルト国王陛下は、隣国の宗教を否定し、戦争をしかけ、人々を王国の収容所に送った。

 いつの間にか、エーヴァルト国王陛下は、世界の全部を敵に回していた。

 いつの間にか、エーヴァルト国王陛下は、国の旗を変えていた。
 逆さ鉤十字(ハー〇ンクロイツ)が中央に描かれた、あの忌まわしい旗に。

 ……

 そして、戦争はあっという間に負けた。
 王宮は包囲され、降伏も時間の問題だ。
 アタイの愛するエーヴァルト国王陛下は、王宮下の防空壕にアタイを呼んだ。
 そしてソファで一緒に、隣に座った。
 アタイは、ここに来てもまだ、気づいていなかった。

 もう、エーヴァルト国王陛下なんて。
 アタイのエーヴァルト国王陛下なんて。

 この世のどこにも居なくなってしまっていたことに。

 ……

「ええ。陛下の存在が、この国のみならず周辺国にも多大に良い影響を。戦も無くなり、数多の命を救うのです」

 ……

「君、どうしたんだい? こんなところで……」
「あ、いや……母さんのこと、迎えに来ただけだよ」
「綺麗な目だね……そうだ、今から舞踏会においで、ね?」
「いいえ。陛下。それには及びません」
「はは。気にしなくて──」
「さよなら」

 あっ、待って。
 アタイが、愛しのエーヴァルトの声を聞いたのは、それが最後だった。

 ……

 王国は栄えた。
 エーヴァルト国王陛下と大公の娘だった王妃様は、おしどり夫婦として国内外に知れ渡った。
 優しい王妃様の献身により、エーヴァルト王は優しい王だと皆が胸を張る。
 アタイも、鼻が高い。

 そのアタイはさっき、死んだ。
 離婚された母さんが過労で死んで、その二十日後だった。

 ここ数日。
 ろくに物を食べていなかった。
 物乞いをしに大通りを歩いていたところ、国王陛下の馬車に轢かれたのだ。

「どうした?」

 アタイのエヴァが馬車から顔を出す。

「いいえ、何かにぶつかったようですが……なんでもなかったようです」

 馬を引く男はそう言うと、馬車の端で倒れたアタイに気づきもせずに、馬車を走らせた。

 アタイは満足だった。
 最後にエヴァの顔が見れたから。

 アタイは満足だった。
 とても幸せそうに見えたから。

 とても。

 ……

 アタイ、十四歳。
 六ヶ月と八日のことだった。


【完】
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