第2話 チュートリアルガチャ

文字数 5,241文字

 俺は住んでいた部屋とこの世界にやってきた。
 確かに緑に囲まれているが、部屋があるのは冒険が少し楽になるのでラッキーと思っていた。
 だが……。

「だ、大丈夫?」
「うん…… ちょっと部屋が無くなっただけだから」

 先程まで確かに存在していた部屋は青い光の粒となり跡形もなく消え去っていた。
 残ったのはボロボロのシャツにボロボロのスボン、そしてスマホだけである。

「結構大事な物もあったんだけどな……」
「まあ、なんて言うか…… 私ができることはないけど、大丈夫! 人生そんなもんだから!」

 全く慰めになっていないが、確かに無くなったものを悔いても仕方がない。
 今は現実になったリアサガを楽しむことにしよう。
 そう決断し、リリアーナの顔を見つめる。
 嫁キャラじゃないが、とても可愛い。
 これがフェネスちゃんになったら一体どうなるんだよ!
 ずっと見つめていると少し恥ずかしくなったので額を注視する。

「もう大丈夫?」
「…… まあ、一応」
「良かった〜、じゃあ改めて画面のガチャというところを押してみて」

 マカロンは渋々従う。
 数々の闇を見てきたそのボタンを押すと、画面が切り替わる。
 そこではキャラや武器が一定時間毎に現れは消える。
 そう、この画面こそが数々の歴戦の猛者達の心を屠ってきた墓場である。

「ここでは、宝石というアイテムでガチャを引くことができるんだよ。 最初は無料だから引いてみて」

 チュートリアルの最初のガチャ。
 これは、最高レアリティのキャラが確定である。
 だが、ガチャから出てくる星の数は強さと関係ない。
 例えばガチャでは星1から星3のキャラが排出されるが、星1のキャラが星3のキャラより強いことはよくある。
 その理由としては、育成すれば最終的に全てのキャラが星5になることができるからだ。
 だから、狙うのは一点。
 女の子である。
 これから苦楽を共にするのだから花は大事。
 むさ苦しい男など論外。
 故に例外を除いて、パーティは女の子にするべきである。
 
「はあああああぁぁぁぁぁ!!!!!」
「あはは…… 気合入ってるね」

 微笑を浮かべるリリアーナを横目に指に気合いを溜める。
 絶対に引き当てるのだという思いでボタンを勢いよく押した。
 すると、画面に虹色の魔法陣が浮かび上がる。
 そして、初めて見る光景を目の当たりにする。
 そう、画面内か画面外かの選択画面が出たのだ。

「なんだこれ?」
「どっちか選んでみて」

 そう言われ画面外を押す。
 すると、魔法陣がすぐそこに現れる。

「うおー! すげー!」

 光が徐々に人の形を帯びてくる。
 あまりの眩しさに目を瞑り、やがて光はおさまる。
 一体誰が来たのかそんなワクワクしながら目を開けるとそこには、ハチマキをつけて筋肉モリモリの木槌を持った30後半であろう顎髭の生えたおっさんがいた。

「待たせたな。 俺がいれば怖いものなしだぜ!」

 そんな聞き慣れたセリフを口走る。

「まじかよ……」
「お前が俺を召喚したのか」
「引き直しで」
「俺がいるからには…… え?」
「引き直しシステム発動!」

 勿論、そんなシステムはない。
 だが、万が一の可能性にかける。

「まあまあ、マカロン@ファルフェネスは愛しき最愛の嫁くん、そんなこと言わずにさ。 きっと、仲良くなれるよ」
「そうだぜ、人のことよく知りもしないで言うもんじゃないぜ。 俺は鍛治士のゲンゾウ・サカノウエだ。 よろしくな」

 そういう意味で言ったわけじゃないが、どうやら無いらしい。
 此処でごねても仕方ないので納得する。

「…… よろしく」
「そんな顔すんなよ。 えっと…… 長げぇからマカロンと呼ぶぞ」
「…… うん」
「マカロン@ ファルフェネスは愛しき最愛の嫁くん、笑っていればきっといいことがあるから笑顔だよ」
「うん」

 可愛いキャラを引けなかったのは残念だったが、リリアーナという美少女に励まされると、そんな暗い気持ちも吹き飛ぶ。
 ああ、美少女って素晴らしい。

「これからよろしくね。 ゲンゾウ・サカノウエさん」
「水臭ぇ、ゲンゾウでいいぜ」
「わかったよ、ゲンゾウ」

 サカノウエ・ゲンゾウ
 リアサガの中で23番目に物理攻撃力が高い。
 防御系のスキルを2つ、攻撃系のスキル1つとタンクにもなる優れたキャラである。
 そして、男である。

「これで分かったかな? マカロン@ファ――」
「マカロンでいいよ」

 効率を考えた上での発言とはいえ、人生の中でそんなセリフ――しかも美少女に――を吐いたことがなかったので、後から恥ずかしさが増してきて、目を合わせられない。

「うん、わかったよ。 マカロンくん」

 断られないか心配だったが、笑顔で了承してくれる。

「さて、気を取り直してガチャのシステムは分かってくれたかな?」
「なんとなく…… 画面内はスマホの中で召喚され、画面外はさっきみたいに召喚されるということか」
「そう、当たり! 話が早くて助かるよ。 それじゃあ次は早速戦闘だよ!」
「任せとけ、俺が全部倒してやるからよ」
「スキップで」

 真顔でそう答える。

「「え?」」

 それには2人とも驚いている。

「スキップで。 もしかしてできない?」
「いや〜、できるけど経験した方がいいよ。 戦闘は危ないし」
「そうだぜ、怖いなら大丈夫だ。 俺がいるからよ」

 マカロンはチラッとゲンゾウを見る。
 リアサガでは強さの指標としてキャラごとにステータスの他にスキルというものを3つ保持している。
 ゲンゾウのスキルはというと初心者にとってはありがたい、そうこの上なく。
 だが、上級者になればPVPがないリアサガの世界では防御系スキルは死にスキルとなる。
 そして、男である。
 戦闘のやり方など熟知しているので、正直なところいらない。

「もしも、戦闘をクリアしたらプレゼントがあるよ」
「…… プレゼント?」

 その魅惑の言葉につい反応してしまう。

「そうだよ、内容はねとあるキャラの確定ガチャチケットだよ」
「か、確定ガチャチケット⁉︎ そ、それは一体……」
「ふふ、それはね…… えっと、ファルフェネス? というキャラだよ! どう、やりたくなってきた?」
「リリアーナ様、私の無礼な発言お許しください。 私、マカロン@ファルフェネスは愛しき最愛の嫁は全身全霊を持って戦闘をやらせて頂きます」

 気づけば、リリアーナの足元に膝まづくマカロンがいた。
 あまりの変わり身、それにはリリアーナとゲンゾウも苦笑いを浮かべる。

「あはは、すごい手のひら返し……」
「マカロン、その長ったらしい名前どうにかならんのか? 意外と不便だろ?」
「どうにかなるのか?」
「無理だよ」

 リリアーナにそう笑顔で言われる。

「やっぱりか、まあ変えれたとしてもこの名前好きだから変えないけど」
「なんとなくだが、お前のことがわかってきたよ」

 ゲンゾウは諦めたようにそう呟く。

「さて、それじゃあ早速始めちゃうよ! まずはマカロンくんはクエストボタンを押してみて」

 リリアーナに言われた通り押すと、ノーマルとイベントの2つの項目が現れる。

「ノーマルクエストとイベントクエストがあるけど、どういうものかわかる?」

 ノーマルクエストは常時開催、イベントクエストは期間限定というのは当たり前の知識だ。
 
「もちろん」
「それじゃあ、ノーマルクエストを押してみて。 そこに1章と表示されてるはずだよ」

 マカロンは慣れた手つきで、さっさとボタンを押す。
 1章しか表示されていないのは意外と新鮮味があっていい。

「そこまで行ったら1章の第1話、始まりを押してみて」
「うん」

 何というか、フェネスちゃんを除けば、リリアーナも悪くない気がしてきた。
 胸は意外とあるし、顔は可愛い、そして気さくに話してくれる。
 いいな、もし、この世界にあるなら好きな女キャラランキングで上位に組み込むだろう。
 そんなポテンシャルを秘めている。

「押したみたいだね。 それじゃあここからはモンスターを探すよ」
「よし、任せとけ。 俺がすぐに見つけてやる」
「その必要はないよ。 マカロンくん、右上のマップというところを押してみて」
「マップ? これか?」

 小さくマップと書かれたボタンを押すと画面一杯に広がる。
 そこには自分を含む3人の現在地と、少し離れた場所に赤く光る点が表示される。
 こんな機能は前はなかったが、きっと現実にするために仕方なく追加した機能だろう。

「開いたね。 それじゃあ、赤い点のところに向かって出発しよう! えいえい、おー!」
「えいえい、おー!」

 リリアーナに続いてそう叫ぶが、ゲンゾウは何もせず立ち尽くしてる。
 やるんだ、ゲンゾウ。
 そう目で訴えると恥ずかしながらもゆっくり手を動かす。

「…… ぉー」

 ゲンゾウの声は殆ど聞き取れなかったが、あれが彼の最大限なのだろう。
 そんなことがあったにも関わらず、気づかないリリアーナと話しながら楽しく赤い点の場所に向かう。
 途中からはゲンゾウも参加して信頼関係が強くなった気がした。
 やがて、5分ほど経ち赤い点がある地点に着く。
 そこには醜悪な見た目の化け物。
 片手には棍棒を持つ、クソ雑魚モンスター。
 ゴブリンが姿を現した。
 その数は3体。

「さあ、相手は最弱と言われるゴブリンだけど、油断しないで。 マカロンくん、戦い方はわかる?」
「ああ、大丈夫さ。 行くぞ! ゲンゾウ! リリアーナ!」

 そう言いスマホを弄る。
 画面には小さくなった2人のキャラが、同じ大きさになったゴブリンと対峙している。
 下にある写真のように上半身だけを切り抜かれたゲンゾウをタップするとスキルが3つ、攻撃と防御と書かれたものが表示される。
 とりあえずは、様子見としてゲンゾウのスキルの1つとして加工防壁を押そうとすると、リリアーナが叫ぶ。

「マカロンくん、来るよ!」
「へ?」

 そんな素っ頓狂な声をあげ、顔を上げると鬼の形相でゴブリン達がこちらに向かってきていた。
 それをリリアーナが1体、ゲンゾウが2体引き受けて防ぐ。
 
「ターン制だろ⁉︎ 何攻撃してきてんだよ!」

 慌てながらも冷静を取り戻すと、加工防壁を強く押す。
 命令が行われたのか、ゲンゾウはゴブリンと距離をとり、手に持っている木槌を地面に叩きつける。

「オラァ!」

 すると、薄く透明で巨大な壁がゲンゾウの前方に現れる。
 加工防壁の効果は2ターンの間ダメージを半減するが、狙われやすくなるというものである。
 早速効果が出たのかリリアーナが引き受けていたゴブリンがゲンゾウに向かって飛び出す。

「頼んだぜ、リリアーナ。 こいつらの攻撃は俺が引き受ける」
「うん、わかったよ。 さあ、マカロンくん指示をお願い」
「それじゃあ……」

 先程と同じようにリリアーナのスキルを発動させようとするが、ここで1つの考えを思いつく。
 今までは画面の中のキャラに命令を下していた。
 だが、今は画面外。
 つまり、こんな面倒なことをせずとも口で命令すればいいんではないか?
 その可能性は非常に高い。
 会話のできるキャラクター、ターン無視してきたゴブリン、いつもなら受けていた攻撃を防いだこと。
 マカロンは楽しくなってきたのか笑みを浮かべ叫ぶ。

「リリアーナ! セイントスラッシュだ!」
「わかったよ!」

 そう言ったリリアーナは黄金の剣を顔の横に持ってきて構えると、剣から眩い光を放ち始める。

「とりゃあー!!!」
 
そして次の瞬間、彼女はゲンゾウが引き受けているゴブリンの1体の頭から縦に斬りつける。
 セイントスラッシュは単体攻撃であり、属性に光を付与する攻撃スキルである。
 リリアーナが距離を取ると、ゴブリンはゆっくりと左右に2つ分かれ、大量の赤い血が溢れる。
 かなりグロいが、こういうゲームをやってきたからあまり抵抗はない。
 それよりも血が出たことに驚いた。
 いや、そうか。
 生物を殺したのだから血が出るのは当たり前だ。
 そんなことをやってるうちにゴブリンは2体になったと思ったら1体はゲンゾウが素手で殴り殺している最中であった。
 素晴らしい連携だ。
 血だらけになったゲンゾウと剣に血を滴らせているリリアーナと俺が残りの1体を追い詰める。
 
「思い知ったか、ゴブリン。 ターン制限を無視してくるから悪いんだよ!」

 そう言うと、スマホから2人に攻撃の指示を出すのだった。
 


 


 



 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み