第4話 ロードレース

文字数 1,533文字

 1992年6月26日 鈴鹿サンデーロードレース

 パァァァァァァァーン!カァァァァァァァーン!ブォォォォォォーン!グォーーーーー!
 鈴鹿サーキット南コースのストレートをロードレーサーRS 125ccが次々と駆け抜けていく。
 晃司もその中に居た。
 カァァァァァァァーン!、、 ストレートは伸びている。
 グォーーーーー!、、 コーナリングはマシンを上手く曲げられず遅い。
 ブォォォォォォーン!、、 スロットルに比してエンジンが吹けていない。

 タイムは59秒台。今日も予選落ちだ。決勝通過タイム54秒は遥か彼方。
 ストレートは早いが、コーナリングが不味くタイムが伸びないのが欠点だ。
 晃司は大学卒業後、定職に付かずに自分探し。と言えば聞こえは良いが、、
「他に何もしたいことがないから」という理由で鈴鹿市に居を構えて職を転々としていた。
 働いた稼ぎは、ほぼ全て125ccロードレースにかかるレーサー、運搬車、メンテナンスにかかる費用等に消えていた。
 この1年間、走行時間だけが伸びてノービスライセンスにはなった。ただ、それだけだ。

 走行後、何かから逃げるようにサーキットに留まっている。
「ドゥーハンしばらく欠場するらしいぜ!オランダGPの予選で大怪我したんだって!今年はぶっちぎりで総合優勝やったのになぁ、、、残念!」
 レース仲間の大樹はドゥーハンを推している。
「シュワンツチャンス!でも、勝つか転倒か、、、好きなんやけど、、正直無理かなぁ。」
 晃司はシュワンツの天才的なライディングが大好きだ。
「ウェイン・レイニーが3連覇は難しいやろな。去年の転倒から今ひとつやし、、シュワンツがようやくチャンスだな!」
「500ccは130kgの車重で200馬力って、、、あんなモンスター誰も操れるわけないよなぁ。」
「俺ら125cc 75kg 32馬力でも必死でマシンにしがみつくもんなぁ」
「まあスライドしてもハンドル抑え込んで、足で制御できるな!」
 程遠い世界最高峰の500ccクラスの話題は、格好の現実を忘れられる話題だ。そして、大樹の様な仲間と話せる時は孤独が癒える。

 その夜、誰1人いない社宅兼用の12畳はある英会話教室に寝そべっていた。
 ジィージー リィーリーン ジィージー リィーリーン
 静かな部屋に、虫の囁く声が響き、不安が頭をよぎる。
 、、来週こそ契約を取らないと、流石に相原所長に見放されるかも。
 働きながらレースをやっているから。という理由で、相原所長は新規契約の増えない晃司の給与を下げずにいた。 
、、さ、明日の練習をしよう!
「奥様、子供さんにチャンスをお与え下さい。お試しの子ども英会話教室で、お子様の可能性を広げるお手伝いをさせて下さい!お子様のより良い人生の為に、、、」
 ふと、英会話教室の壁に貼ってある「Giraffe」の文字が目に入る。
「何だったっけ?」
 晃司は、外国語大学を卒業した自分がその意味を想起できない事に焦った。
「この意味は、きっと、、、」どうしても想い出せない。

 キリンは、平和やバランスを象徴することで知られている。まさに、晃司に欠けている事、その物だった。
 
 ビィリーーーーン!目覚まし音が響く。
「ヤバイ!いつ寝ていたんだ?」直ぐに今日のスケジュールを確認した。
 走りながら、生の食パンを咥え、ジャケットを羽織って、レーサーを積んだトランスポーターに飛び乗った。車は一気に飛び出し、風を切って走り出す。
 慌ただしく駐車場に車を停め、トランスポーターから降り、すぐに会社の建物に向かって歩き出した。
 心が、一層急ぎ足をつける。

 レースだけではなく、仕事にもイエローフラッグが振られている。
「今日こそは勝負だ!誰にも負けるわけにはいかない!」
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登場人物紹介

武田 晃司  物語の主人公  20代の引きこもり、職業を転々と遍歴し、結婚、子供が出来た事を機に福祉業界で様々な人に遭遇していく。

武田 千晴 短大卒業後、事務職を転々とした後、晃司と結婚。子供を授かる。晃司の影響を受けて福祉業界へ転職。

木武 弘 22歳 ブラストの速さはピカイチ。何でも早いのが好き。車好き。女遊びは毎日。

今森主任

株式会社エオス勤務。

相原ゆう子

ミネルビ学院四日市営業所所長。若い頃の武田の上司であった。武田の人柄の良さを見抜き、庇っていた。


水谷ゆかり

主婦、2児の母。半日パートで営業職を務める。英会話教室の営業トップの成績。

松田梨花

19歳。高校卒業後、特別養護老人ホームに勤める。祖母と暮らす。結婚を考えていた男と喧嘩し、晃司にちょっかいを出す。

青田施設長  介護現場から立ち上げの管理者。大学卒業後、紆余曲折あり特別養護老人ホームに勤務。介護だけでなく、認知症の対応、対外的な対応に定評あり、施設長に抜擢されている。

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