本編

文字数 4,995文字

……ちょっと、ちょっとそこのキミ。
ん?
こんにちは。
うん、こんにちは。

……はじめましてだよね?

俺に何か用?

もちろんさ!

重大な用事があって、ボクははるばるやって来たんだ。

へぇ、何かな?

教えてよ。

うん、突然のことでなんだけど……

キミは明日、この世から消えてしまうんだ。

……ふぅん、そうなんだ?


教えてくれてありがとう。

じゃあ、俺はこれで……

はい、もうちょっと話を聞いて。

今帰ったら損するよ?

いやぁ、もう十分。

それじゃあね。

信じてもらえた試しがないから、こっちも慣れたもんだよ!

とにかく、まずはもう少しだけ話を聞いてみないかな?

んー、でもねぇ。

正直、キミの言うことを信じる根拠がひとつもない。

その根拠を今から見せてあげようっていうんだ。

ちょっとは付き合ってみてもいいんじゃないかい?

根拠?それはちょっと気になるな。

一体何をするつもりだい?

お、乗ってきてくれたね。

じゃあちょっと、ボクの身体に触れてごらんよ。

どれどれ?
すかっ……すかっ……
驚いた、全然触れない。
ボクも驚いたよ。

一分の躊躇いも遠慮もなく、即座に胸を揉みにきた人間はキミが初めてだよ。

そうかい?
誉めてないよ!


……まぁ、これで分かってもらえたと思うけど、今キミと話をしているボクには実体がない。


異なる次元から干渉するために、姿と声を直接キミの脳内に届けているんだ。

異次元人……?

それがまた、何で俺のところに?

とりあえず信じてみる気にはなってくれたようだね。

ボクが来た理由はふたつ。


ひとつはキミが明日、消えてしまうことを伝えるため。


そしてもうひとつ、そんなキミに「手紙」を残すチャンスを与えてあげるためだ。







……手紙?

助けに来てくれたんじゃなくて?

残念ながら、キミが明日消えてしまうことは決定事項なんだ。

どうあがいたって覆せない。


だからせめて悔いが残らないよう、キミが大切な誰かに最後の気持ちを伝えられるよう、事前に伝えて手紙を書かせてあげようってわけさ。

手紙ねぇ。

電話でいいんじゃないか?

電話じゃダメだよ。

顔が見えないとうまく気持ちが伝わらない。

話をするとき、表情が見えるっていうのは何より重要なんだ。

じゃあ直接会って話をすれば?
面と向かって自分の気持ちを全部伝えるのって難しいんじゃない?


せっかくのチャンスなのに、言い残したことがあったらそれこそ悔いが残るよ。

むぅ……
ね?だからこその「手紙」なのさ。
なるほど……
さぁ話はまとまった!

キミは誰に、どんな手紙を残したい?

うん。そんな相手、俺にはいない。
えぇっ!?
残したい言葉なんかも特にない。

誰にも知られず、ひっそりと消え去るよ。

ちょっと、ここまで話を聞いてそれはないんじゃない?
時間を取らせて済まなかったな。
謝られても仕方がないよ!

出てきちゃった以上、ボクも手ぶらじゃ帰れないんだから!

そういえば今気付いたけど、ボクっ子だったんだねぇ。
そこは反応するところじゃないよ!

……ああ、ヘンな人のところに来ちゃったなぁ。

仕事をするなら、相手はよく選んだ方がいいぞ。
うるさいよ!


……ほら、何かあるでしょ?

「そういえば、昔仲の良かった友達がいたなぁ」とか「初恋の子、随分会ってないけど今はどうしてるのかなぁ」とかさぁ?

ないんだなぁこれが。
もっとよく考えてよ!
そうは言われてもなぁ。

無い袖は振れないし?

袖が無いなら見つけてきてよ!

時間はまだあるんだから、頑張って!

う~ん、でも俺に残された時間は今日一日しかないんだよね?

悔いが残らないように、もっと他のことをしておきたいなぁ。

あー、もうわかったよ!


キミは好きにしたらいい。

ボクがそれに付いていくから、手紙を出したい相手を思い付いたら教えておくれよ。

んー、まぁ、別にいいけど?
よし、望みは繋がった!

さて、どこにいく?

そうだなぁ……







……おいキミ。
ん?どうしたんだい?
悔いが残らないように他のことがしたいと言っていたと思うんだけど……
うん、言ってたね。
じゃあなんでキミは公園のベンチに座ってぼーっとしてるんだい!?
うん。よくよく考えてみたら、やっておきたいことなんか全くないなぁって。
時間のムダだった!
まぁ俺に残された時間だ。

無駄に過ぎても問題ないさ。

ボクの時間がムダになってるの!
ああ、なるほど。
納得したなら案を捻り出してよ!
はっはっはっ、どんなに絞っても雫も出ないよ?
なんでだよ!?
何でかと聞かれても仕方がないんだけど……

正直に言うと、絞り出すのが面倒くさい。

そう言わずに頑張ってよ!

ボクを助けると思ってさぁ!

ん?そういえば、手ぶらじゃ帰れないとか言ってたけど何かあるのかい?

営業ノルマじゃあるまいし。

まさにその、営業ノルマがあるんだよぉ!
えっ、どういうこと?
ボクらはキミのような、明日消えてしまう人の心を満たすことによって上からの評価を得ているんだ。
上?
上は上!そこは気にしなくていいの!


とにかく、このままキミが何もせずに消えてしまったら当然ボクの評価は上がらない、それどころかマイナスだよ!


しかもきっと、こっちに来るのに掛かった交通費も出やしない!

赤字だ赤字!

交通費が?かかるの?
結構なお値段がね!
むぅ、そう言われると悪い気がしてくるなぁ。
でしょう!?

じゃあなんとか頑張ってよ!ボクのために!

う~ん……しかし、善意で言ってくれてたわけじゃないんだなぁ。

そこは何だかがっかりだ。

善意でご飯は食べられないよ!

そしてタダより高いものはない!

打算があるからこそ信用できると覚えておきなよ!

覚えておいても使う機会は残ってないけどね。
今役に立てればいいさ!
まぁやるだけはやってみるけどね。

結果がご期待に添えるとは限らないからね。

お、その気になってくれたね?

大丈夫、ボクも手伝うからさ!







じゃあまず「誰に手紙を残すのか」、そこから考えてみよう。
そうだなぁ……
たとえばそう、ご両親。

キミの親はご健在なのかい?

両方とも元気に生きてるよ。

多分。

多分って。
年に一回ぐらいしか実家に帰らないしなぁ。

用がないから連絡も取らないし。

なんだ?キミはご両親が嫌いなのか?
いや?別に嫌いじゃあないし、生んでくれたことについても一応は感謝してるつもりだよ。

ただ、好きかと聞かれると「別に?」って感じかなぁ。

それって感謝してるって言えるのか……まぁこの際、その適否については目を瞑ろう。


その感謝の気持ちを手紙に残したらどうだい?

う~ん……でも感謝といっても、「さんきゅー?」って程度だからなぁ。

あらためて手紙にするほどでもないというか……

自分の誕生への感謝がその程度とは、とんでもないヤツだなキミは。
大体みんな、こんなもんだとは思うけどね。
そんなことはないよ!


まぁ正直に言ってくれたことについては素直に感謝しよう。

下手に取り繕って心にもない手紙を書かれても困るからね。

あ、嘘を書いても分かるんだ?
バッチリね。

だからくれぐれも嘘は書かないように。

最終手段はそれかなぁと思ってたんだけどなぁ。
はいはい、余計なことは考えない!

親がダメなら次は女の子だ。

……ダメ元で聞くけど、今までに彼女がいたことは?

残念ながら、いたことはないなぁ。
じゃあ初恋のコなんかはどうだい?
初恋がなかったとは言わないけども、特にこれといって引きずってはないね。
じゃあしばらく会ってない友達は?

子供の頃に引っ越していった幼なじみとか。

特に深いエピソードのある友達は……ねぇ。
さっきから淡々とし過ぎじゃないか?

もう少し頭を捻って思い出を絞り出してみてくれてもいいと思うんだけど?

うん、まぁ結局のところ何にもないんだよね。
なんにもない?
うん、何にもない。

何もないっていうのは、幸せなことや楽しいことがないっていうんじゃない。

辛いことしかなかったってことでもない。


何て言うか、そう、起伏がないんだ。

またキミはよく分からないことを言い出すな。
人生というのは往々にして波があると思うんだ。

右肩上がりに進んだり、調子を落として下がったり。


そんな上下が俺にはない。

生き死にだってそうだ。

俺にとっては真っ直ぐな平行線。


だから明日消えると言われても、特に何も感じないんだ。

それについてはキミの生い立ちやら何やらの、非常に根深いものが関与しているのかい?
んー、別にないと思う。
……それじゃあ逆にお手上げだ。


理由があるならそれを解決しようもある。

いや、理由はきっとあるはずだ。


だけど、それをキミ自身が自覚していないとなるとどうしようもない。

ごめんね。

精一杯やってはみるつもりだったんだけど……

……いーや、まだだ!


まだ時間はある!

今までの人生に起伏がないというのなら、今からそれを作ればいい!


さぁ、街に繰り出して思い出を作るんだ!

ムチャクチャ言うなぁ。
そこ!最後まで諦めるな!
はは、まぁいいや。

どうせすることもないし、最後まで付き合うよ。

行くぞーーー!!!







……もう日も暮れてきたねぇ。
ダメだったか……
まぁダメで元々だったしね。
もっと頑張りようがあったんじゃないか?

結局ブラブラ遊び回っただけで……

なんの出会いもありゃしない!


ナンパのひとつでもやってみなよ!

ははは、俺が?

ありえないありえない。

諦めの言葉はやってみてから言ってくれ!
ふふふ……でもまぁ、今日は久しぶりに楽しかったよ。
楽しませるために回ったわけじゃないよ!

手紙を書く相手を見つけるためだ!

……それなんだけどね、ちょっと心当たりが思い浮かんできてね。

手紙、書いてみようと思うんだ。

!本当かい!?

この際なんだっていいよ。

どんなに薄い内容だって、無いよりはマシだからね!

何だかひどい言われようだけど、まぁいいや。

紙とペンは……

ああ、それならこれを使ってくれ。
お、さすがに用意はしてるよね。

さて……

ちなみに誰に宛てるんだい?
それはヒミツ。

書く内容もね。


手紙なんて、送った相手以外が読むべきものじゃあないしね。

それもそうだね。

ボクとしても手紙を書いてくれさえすれば、それでいい。







……さて、できた。
お、できたかい?
……そういえば、これってどうやって送るの?
はははっ、まさか切手を貼ってポストに出すわけにもいかないだろう?

ほら、ボクに貸してみな?

はい、どうぞ。
よしよし、これをこうしてと……
そんなに小さく折り畳んじゃうの?
つっかえるといけないからね。

さぁ、あとはこれをこう……

ぱくり
食べた!?
ふむふむもぐもぐ……
ごっくん
なるほどね。
そして飲み込んだ!
確かに嘘偽りのない、心のこもった手紙だ。
その手紙はお腹の中に入っちゃったみたいだけど……それをどうやって届けるんだい?
心配ご無用!

キミの手紙はボクの中で適切に処理されて、排出されたのち然るべき相手に渡ることになるからね。

なんだか汚いなぁ。
汚いことなんかしてないよ!

ヘンな想像はしないでくれ!

いや、だって……あ、れ?
がくんっ
なんだか、身体に力が、入らな……
ああ、うん、そうなるね。
えっ、でも、俺が消えるのは明日じゃあ……
そうだね。

それについてはボクはひとつ、キミを謀っていた。

……
キミは消えるから手紙を書くんじゃない、手紙を書くから消えてしまうのさ。
ぇ……







そう、さっきボクが飲み込んだ手紙、実体がないボクが触れてキミも触れる。

あれこそが異なる世界を繋ぐ鍵、俗に言うところの悪魔の契約書さ。




もう声も出せないかい?

まぁ明日消えるというのもあながち嘘じゃあない。


さっきの手紙は、これからゆっくりと時間をかけて消化するからね。

キミの命が尽きるのも、夜が明ける頃だろう。




ああ、心配しないでくれ。

契約だからね、キミの命を吸い尽くしたあと、手紙はきちんと届けるさ。


割りに合わないかい?

でも契約だからね。

双方の合意があれば、対価は釣り合っているのさ。




……なんで最後に笑顔なのかな?

まぁいいや、じゃあね。

















…………
…………
……やぁ。
随分とヘンなものを食べさせてくれたものだ。

あまりの気持ち悪さに吐き出しちゃったよ。

そうなの?
まったく!

一体どんなことを書いたらこんなに不快な手紙になるんだい?

手紙は届けてくれなかったのかい?
キミの命も戻しちゃったからね。

契約は御破算だ。


……それとも何かい?

吐瀉物まみれの手紙を届けてほしいのかい?

いや、それは遠慮しておこう。
まったく、つくづくヘンなやつに当たったもんだ。

おかげでこっちは大損だよ!

そう?俺は楽しめたけど。
ふんっ、じゃあね!

もう会うこともないだろうけど、精々悪魔には気を付けることだね!

ああ、ありがとう。
ばいばい!







うん、ばいばい……
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