白い虎

文字数 899文字



 小さなオンナノコが手をふった。向かっていくと、少女は大きな目を見開いて、あたしを見上げた。
 小さな靴、短い手足。麦わら帽子をかぶった頭は丁度一口サイズで、だからエサとして丁度いい存在だった。
 丁度いいエサが、今目の前で手をふっている。

 気づけば十三時だった。本日二度目のイベントタイム。分厚いガラスの向こう、鉄格子をそのままに、複数の人間が姿を現した。
 定時。毎日この時間になると、同じような格好をした人間が、あたしのエサやりにやってくる。公募一瞬でその定員が埋まってしまうのだから物好きなものだ。それほどまでに「自分より力あるものに施しを与える」のは楽しいのだろう。
 鉄格子の隙間から、戸惑いがちに肉が差し出される。あたしは係の合図とともに、それに手を伸ばす。

 プライドを掲げたのは最初だけだった。侵食する飢餓に耐え切れず、一口口にした段階で、あたしが大事にしていたものは一瞬にして崩れてしまった。落ちるのは、あっけないくらい簡単だった。
 昔、旦那の狩りがうまくいかず、食べられない日が続いたとしても「周りの生き物に恐れられる存在である」という自負があったから、背筋を伸ばしていられた。でも今は、騒ぎ立てる数々の細い生き物からの施しを受け、世話をされ、何の目的もなく息をする。旦那も、子供も、この狭い世界の中で永遠に施しを受け続ける。子供の子供も、そのまた子供も、きっと。

 あたしの口の大きさに驚いた子供が、すぐ後ろにいる母親に抱きついて泣き出した。耳をつんざくようなひどい騒音。
 うるさい。終わったなら早く連れて行って頂戴。
 フラッシュ。皆が皆、フィルターを通してあたしを見る。小学生の男の子でさえ、ガラスに手をつくことなく、うれしそうに画面を覗く。
 フィルターを通して、ガラスを通して、いくつもの障害物の上に焦点を結んだものを、何の疑いもなく信じる。幸せですね。
 幸せですね。

 エサとひきかえに失ったもの。
 目の前で手をふる少女。小さな麦わら帽子。あたしは両目でしっかり獲物を捕らえると、大きく口を開けた。
 少女は「わぁ」と手をたたいた。




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