第1話

文字数 6,941文字

世界の漁獲量が1990年代から9000万トン程度で安定しているのに対して、日本の漁獲量は1990年の1100万トン程度から右肩下がりで、2015年は300万トン程度です。どれくらいの日本人がこの事実を知っているでしょうか。また、どれくらいの日本人が「日本漁業の一人負け」の原因を知っているでしょうか。
日本人が魚を食べなくなったことは大した理由ではありません。日本人が最も魚介類を消費したのは2001年で一人あたり年間40.2㎏です。1990年代を通じて日本人は大量の魚介類を消費していたのに、1990年から日本の漁獲量は減少しているからです。
ところで、1911~1915年の魚介類消費量が年間わずか3.7㎏です。100年前の日本人は「かつてない魚離れ」していると言われる現代日本人の15%程度しか魚介類を食べていなかったのです。
事実として、日本人が魚を大量に食べ始めたのは太平洋戦争後になります。戦後に深刻な食糧難にみまわれた日本に、肉や卵を生産する余裕はありませんでした。国民に動物性タンパク質を供給するには、漁業以外の選択肢がなく、日本は国策として漁業を推進しました。戦後の水産消費の増加を支えたのは、冷蔵庫の普及とコールドチェーンの確立です。これにより、漁村以外でも新鮮な魚が食べられるようになりました。
太平洋戦争前までの「伝統ある日本文化」に魚食はほとんどありません。大量の魚食は戦後に一時的にブームになっただけで、明治時代あるいは平安時代の日本人と比べたら、現在の日本人は魚を何倍も消費しています。
ところで、1990年以降、日本の漁獲量が減っているのに、どうして日本人の魚介類消費量は同様に減少しなかったのでしょうか。その答えは、もちろん、魚介類を輸入に頼るようになったからです。
日本人が魚を獲れなくなっても、海外から買ってしまうくらい、現代の日本人は魚好きなのです。残念なのは、最近は日本以外の国でも魚を多く食べるようになったため、魚の単価が高くなっていることです。そのため、日本は魚の輸入量は増えていないのに、輸入金額は上昇しています。
日本の漁業は衰退産業で、就業者数も右肩下がりです。しかし、こんな国は日本だけです。世界のほとんどの国では、漁獲量はこれまでも、これからも増えるし、漁業産出額も増えると予想されています。なぜ海洋学的には極めて恵まれている日本漁業だけが、こんな情けない未来になってしまうのでしょうか。その答えは単純明快で、日本だけが魚の乱獲を止めないからです。

ノルウェーはアイスランドと並んで、ヨーロッパの中では魚介類を日本人並みに消費する漁業国です。1960年代の油田の発見で財政が潤ったノルウェー政府は、既に儲からない産業になっていた漁業に莫大な補助金を与えました。結果、1970年代にノルウェー漁業は「補助金漬け→過剰な漁獲努力→資源枯渇→漁獲量減少」と日本と同じ状況に陥ってしまいます。
1960年代後半から、北海ニシンが減少するにしたがって、漁獲率が急上昇しました。資源が少なくなると、漁業者は頑張って獲ろうとするので、漁獲圧が強まるという悪循環です。1970年代後半には北海ニシン漁は崩壊寸前までいったため、それまで年間の漁獲率が7割だったものを、いきなりほぼ禁漁にしました。国民に馴染みのある魚が獲れなくなったので、当然、漁業は大混乱に陥りましたが、これにより首の皮一枚で北海ニシン漁は崩壊から免れます。禁漁の効果は1980年代には目に見えて現れて、資源量は回復していきます。現在、北海ニシンは1年くらいの乱獲では崩壊しないでしょうが、過去の失敗を繰り返さないため、漁業者たちは漁獲規制を遵守しています。
一方で、1960年頃に北海道のニシン漁は崩壊し、それは60年後の現在まで続いています。理由は乱獲して、資源が減少していたのに、政府が厳しい漁獲規制をかけなかったからです。
本当にバカな話ですが、まだ続きがあります。乱獲は漁獲量を減らすだけではなく、魚の単価自体を下げます。下にノルウェーでのサバの生産量と生産額のグラフを示します。
生産量は横ばいなのに、生産額は上昇しています。これは油としての利用だけでなく食用に供されるようになったからでもあり、世界的に魚食の需要が増加しているからでもありますが、「品質向上」させたからでもあります。
品質向上させる方法はいろいろありますが、一番簡単な方法が稚魚ではなく成魚になってから獲ることです。
0才のブリは1㎏あたり100円にしかなりません。しかし、3才以上のブリは1㎏あたり1500円以上にもなるのです。2008年のブリ0才魚の漁獲高は約3600万尾で生産額は40億円でした。しかし、0才の小さいブリを漁獲せずに、3年後に大きくしてから獲れば、体重は9倍に増えて、重量あたりの単価も15倍に増えるのです。成魚になる間に自然減で4割に減ったとしても、漁獲重量は3倍、生産額は50倍になります。
なぜ漁業者は3年が待てないのでしょうか。二束三文の稚魚を獲るよりも、大きくしてから獲った方が儲かると知っているのに、なぜそうしないのでしょうか。
やはり、それは公的機関による漁獲規制が機能していないためです。完全な早い者勝ちの世界になっているのです。意識の高い漁業者が魚の成長を待って獲ろうと思っても、他の誰かに獲られてしまいます。一部の仲間に禁漁を呼びかけても、他の連中が破ってしまったら、意味がありません。特に経済的に厳しい漁業者は、数年先まで待てません。自分が一時的に逃した稚魚の大群を、もう一度自分が獲れる可能性は1%もないのです。

1997年から、ようやく日本でもTAC(総漁獲枠)制度が導入され、日本で大量に獲れる魚種のほとんどはTAC制度が敷かれました。にもかかわらず、どうして乱獲で漁獲量が減っているのでしょうか。理由は次の二つにあります。
1、科学を無視した漁獲枠の設定
2、漁獲枠を守っていない
どちらも本当に情けない理由なのですが、一つずつ検討していきます。
1、科学を無視した漁獲枠の設定
一般にTACは、科学者が資源の持続性の観点から乱獲の閾値(OFL)を求め、生物学的許容漁獲量(ABC)を提言し、総漁獲枠(TAC)を決めます。必然的に、OFL≧ABC≧TACとなるわけですが、日本はOFLを求めていない上、ABC<TACという理論的に矛盾する設定までしています。それどころか、水産庁が2001年から2002年にマイワシでTAC>資源量(>OFL)という、あり得ない設定までした前科があります。
資源量、つまり海にいると推定されている全てのマイワシの総量以上に、総漁獲枠を設定しているのです。もしあなたがお金のつかみ取り競争に参加して、「この箱の中には全部で26万円入っている。次の人も遊んでもらうために、最大でも取れる量は34万円までにする」と言われたら、その矛盾が気にならないでしょうか。
漁獲枠は漁業有識者が集まる水産政策審議会で決まります。その委員の多くは、漁業団体に天下った水産庁のOB連中だそうです。会議自体は非公開ですが、後日、議事録は公開されます。この意味不明な漁獲枠の設定を決めた議事録を調べてみたら、水産業の中尾管理課長は2002年のマイワシ漁獲量は「過去最低のTAC」で、「対前年比1割減」と、まるで「これでも少ない」かのような発言をしていたようです。資源量以上に漁獲枠を設定している根本的な間違いは、委員の誰も指摘しませんでした。こんな人たちが日本の「漁業有識者」なのでしょうか。
2、漁獲枠を守っていない
水産庁は漁獲枠をまともに設定していないだけでなく、せっかく税金を使って設定した漁獲枠を守らせる気もありません。日本の漁獲統計は、漁業組合の報告を集計するだけです。実際の水揚げと報告内容が一致しているかを誰も確認していません。その気になれば、いくらでも不正は可能です。
日本の漁獲統計の不正確さが顕在化したのは、2005年のみなみまぐろ保存委員会の年次会合です。オーストラリアは日本の市場調査で、TACを大幅に越えるミナミマグロが流通していることを統計で指摘しました。
その統計に表れている明らかに過剰な日本のミナミマグロの流通量は、どこから来たのでしょうか。日本政府が調査しなかったので確実な証拠はありませんが、輸入魚は必ず税関で数量を確認するので、日本漁船による不正漁獲による可能性が濃厚です。
さらに、2007年8月にはサバ類の漁獲高が漁獲枠を超過しましたが、水産庁は漁業者に自主的な漁獲枠停止を要請したのみでした。つまり、取り締まりをしなかったのです。その結果、最終的な2007年のサバ漁獲量は漁獲枠を6万トンも超過しました。漁獲のほとんどがサバなのに「アジなど」「混じり」という名前で報告する例もあったようで、実際の超過漁獲高は6万トンでは済まないと推測されます。
またもやですが、2008年にはマイワシの漁獲枠が2倍近くも破られてしまいました。しかし、なんらペナルティはありませんでした。漁獲枠を無視して、獲った者勝ちです。漁獲枠を遵守した正直者だけがバカを見ます。
漁獲枠の不正を未然に防ぐには、水揚げ、競り、小売りなど、複数の段階で魚の流れを記録して、それらをつきあわせる必要があります。また、違反には厳罰で対処しなければいけません。
ここまでで日本のTAC制度が無意味であることを十分示せたと思いますが、まだ欠点があります。TAC制度がオリンピック方式を採用していることです。

世界ではIQ方式、もしくはITQ方式が一般的です。漁獲枠配分がいまだにオリンピック方式なのは日本くらいです。
IQ方式とは、漁業者あるいは漁船ごとに漁獲量を割り振る制度です。ITQ方式は、その割り振られた漁獲枠を金銭取引きできる制度です。オリンピック方式はヨーイドンで漁業を開始して、全体の漁獲量が漁獲枠に達したら終了する制度です。オリンピック方式は分かりやすいように思うのですが、現在ではIQ方式またはITQ方式がオリンピック方式より漁業の生産性を高めることが明確になっています。
実例を見てみます。カナダの銀ダラ漁業は1981年~1989年までオリンピック方式で管理され、結果、年間出漁日数が毎年短縮しました。1981年には245日だったのに、89年にはわずか14日になったのです。早い者勝ちなので、漁業者は解禁と同時に全力で獲ろうとします。全ての漁業者が少しでも早く多くの銀ダラを獲るために、船への設備投資を繰り返して、漁期が10年で10分の1未満まで激減したのです。
結果、漁業が経済的に厳しい状況に追い込まれました。全体の漁獲高が増えるわけでないのに、船への設備投資はかさむので、その分だけ利益は減ります。また、獲った魚の事後処理をゆっくりする暇もありません。急いで処理をして、次の網を入れることになります。魚の扱いは雑になり、質と価格が下落します。
オリンピック方式は、加工業者にとっても不利です。解禁直後に大量の水揚げがあるので、加工業者は加工ラインを増やす必要があります。しかし、そのラインが活用されるのは1年のほんの一時期に過ぎません。船だけでなく加工場の設備投資もムダになります。
消費者にとっても不幸です。漁期が短くなれば、新鮮な魚を食べられるのは1年の一時期だけです。それ以外の時期は、冷凍物しか小売店には並びません。
オリンピック方式で早獲り競争しても、漁業者、加工業者、消費者の誰も得をしません。得をするのは、船のエンジン会社や加工工場整備会社くらいではないでしょうか。
カナダの銀ダラ漁業でIQ方式が導入されると、これらの問題は一掃されます。
ところで、興味深いことに、オリンピック方式の時代、漁獲量が漁獲枠をわずかながら常に上回っていました。もちろん、日本のように漁業者や漁業組合が嘘の報告をしたり、政府が取り締まらなかったりするわけではありません。ちゃんと守っているのに、こうなるのです。なぜなら、これまでの漁獲量の推移から漁獲枠に達する24時間前に漁の終了を告知されるのですが、その最後の24時間にこれまでの推移を遥かに上回るほど、全ての漁業者が頑張ってしまうからです。
IQ方式で、各漁業者に漁獲枠を割り振っておけば、漁業者は一匹一匹の魚の質を上げることに専念します。加工場の要望通りに、1年を通して収穫するようになります。消費者も1年365日、新鮮な銀ダラが食べられるようになりました。
ところで、ディスカバリーチャンネルにカニ漁業のドキュメンタリー番組「deadliest catch(ベーリング海の一攫千金)」があり、大ヒットしてシーズン15まで放送されています。シーズン1の2004年はオリンピック方式でカニ漁船が行われた最後の年だったので、ITQ方式に漁業が切り替わる記録映像にもなっているそうです。
そのカニ漁業ですが、ITQ方式になってから炭素消費量が半分未満になっています。オリンピック方式の時代は、常に時間との戦いで、エンジン全開が必須でした。ITQ方式になってからは、漁場に急ぐ必要がなくなったので、漁期が12倍に伸びたにもかかわらず、ガソリンの量もエネルギー効率も劇的に改善したのです。オリンピック方式は、地球環境の面でも悪いことが分かります。

ここまでの漁業記事を読んでもらったら、日本漁業がIQ方式(あるいはITQ方式)を導入しない理由が分からないのではないでしょうか。
この改革に反対している勢力は、漁業者たちと、漁業者たちと慣れ合ってきた水産庁です。補助金で儲かっている水産庁はともかく、乱獲規制で利益が増えるはずの漁業者まで、なぜ反対するのでしょうか。漁業者は消費者に質の高い魚を届けたい気持ちはないのでしょうか。
残念ながら、その答えは「漁業者は長期の利益増を理解できない」し、「漁業者は消費者に質の高い魚を獲ることよりも、早獲り競争で勝つことしか考えていない」になります。しかし、これは日本の漁業者に限った話ではありません。漁業先進国であるノルウェーでも、漁業者はIQ方式の導入に猛反対しています。他の国でも、意識が高い漁業者が自発的に漁業改革をした例は見当たらないそうです。
では、漁業規制導入の原動力はなにかというと、国民世論です。非漁業者が乱獲の継続を許さなかったのです。海は漁業者の専有物ではなく、国民全体の共有物だとの認識が社会に浸透していたのです。自然保護団体が政治に強い力を持っていることも、乱獲規制を可能にした理由の一つです。
日本人もノルウェー人同様、大量の魚を食べます。ノルウェーやアイスランド以外の欧米の国と比較したら、日本人は何倍も魚を消費しています。そんな日本なのに、なぜ乱獲規制の国民世論が盛り上がらないのでしょうか。
それは乱獲によって漁獲量が減っている、という当たり前の事実を国民が知らないからではないでしょうか。実は、漁業者もその問題を認識していません。2010年に農林水産省が漁業者に聞いたアンケートで、資源が減少している原因として51.5%が「水温上昇による環境変化」と応えて、乱獲と答えた漁業者は30.2%です。
自分たちが犯人だと認めたくないので見て見ぬふりをしている可能性もありますが、漁業者ですら本当に知らない、と私は推測します。それくらい日本での乱獲の実態は伏せられています。
事実、マスメディアは「日本人の魚離れ」を嘆く記事を40年前から載せ続けています。しかし、上記にあるように「日本人が魚離れしているから日本漁業が衰退している」説はデタラメもいいところです。
なお、当初は猛反対していた外国の漁業者たちも、IQ方式やITQ方式を導入して、収入が増えてからは、むしろIQ方式やITQ方式を積極的に支持するようになったそうです。また、一時期は湯水のように垂れ流していたノルウェーの漁業補助金も、現在はほぼ消滅しています。一方、日本では漁業者一人あたり150万円以上もの補助金がつぎ込まれているのに、漁業は先細りです。
3000人もいる日本水産学会の会員のうち、漁業改革に積極的に関わっているのはごくわずかです。専門家ですら、日本漁業維持のために乱獲規制の声をあげないか、あるいは乱獲規制が必要なことを知らないようです。このまま日本漁業が衰退すれば、水産学会の存在意義も小さくなるはずなのに、研究者たちはなぜ行動しないのでしょうか。
ある乱獲規制の声をあげる学者は2000年頃から漁業改革に関わっており、当初、乱獲規制の導入はそれほど難しいことではないと考えていました。漁業者にとっても消費者にとっても明らかな利益があり、その上、海外での成功例が山のようにあったからです。しかし、2021年現在でも、水産庁はIQ方式やITQ方式を導入しない理由をHPに堂々と載せています。
こんなメリットしかない漁業改革もできないようなら、日本は終わりです。乱獲規制を支持しない日本人なら魚介類を食べる資格はない、と私は思います。
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