犬のフン

文字数 761文字

犬のマチルダは、飼い主のマックスからとても厳しい躾けを受けて育った。
3歳である。
マチルダは、成長すればするほど、自分は気高い犬になっていくという感覚を、言語化できないまでも感じていた。
だから、厳しい躾けはむしろ心地よかった。


ある日の散歩道である。
マチルダは誰よりも美しい所作で歩くことに余念がない。
他の散歩犬たちは、マチルダを見て吠える。
それが好意的であろうとなかろうと、マチルダはまったく気にしない。


またある日の散歩道である。
マチルダの目線の先に黒い犬が飼い主と立ち止まっていた。
よく目を凝らすと、その黒い犬はフンをしている。
他の犬が道端でフンをするところを、マチルダはその日初めて見た。
マチルダは思った。
なんと情けない犬なのだ、と。
しかし、次の瞬間、マチルダは大変なショックを受けた。
その黒い犬の飼い主が、いいうんちが出たね、とやさしく微笑みながら、フンを手が汚れないように袋で拾い上げてそれを縛り、ウェストポーチに入れたのだ。
マチルダはなぜかわからないが、異様なショックを受けたのだ。


その日の夜である。
マチルダはずっと今日のことを思い返していた。
そしてついに気づく。
マチルダがいままで厳しい躾けを受けてきたのは、飼い主のマックスがフンを片付けるのをめんどうがったからじゃないのか、と。
他の犬は道端でフンをすることを許されているのに、自分はそれを許されていない。
この不公平感によって、マチルダの頭は爆発寸前だった。


翌朝である。
飼い主のマックスが出かけようとしているところを、マチルダは見送るかのように玄関に駆け寄った。
マックスがうれしそうに声をかけ玄関を出て扉を閉めようとした瞬間、マチルダはギリギリの隙間をぬって走り出た。
マックスは驚きのあまり、かたまる。
マチルダの姿はもう見えない。
そして、二度と帰ってこなかった。
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